プロローグ:神と人と、そして何でも屋
「成宮さーん! また神様がケンカしてまーす!」
朝の商店街を駆け抜ける少女の声が、どこか呑気に響いた。
曇り空の下、洗濯物の干されたアパートのベランダで、男はため息をついた。
「……朝っぱらからマジかよ。せっかくカレー仕込んでたのに」
エプロン姿の男、成宮 創真は、カレー鍋の火を止めると、迷いなく屋根から飛び降りた。3階建ての建物からである。
だが着地の衝撃はまるで感じさせず、靴音ひとつ立てずに地面に降り立つ。周囲の通行人も「またか」と笑うばかりで、誰も驚かない。
それが、町一番の“何でも屋”成宮創真の日常だった。
この世界には、人と神が共に暮らしている。
……とはいえ、神々は決して全能でも完全でもない。感情的で、気まぐれで、時に人間よりも手がかかる存在だ。
そんな神々の失敗を尻拭いするのも、創真の仕事のひとつである。
現場に着いたとき、すでに通りは一部が凍りつき、雷が建物の屋上に落ちていた。
「またお前らか……」
氷結を操る女神と、雷を落とす天の神――喧嘩常連のコンビが、空中で睨み合っている。
「創真っ! こいつが私のアイス食べたのよ!」
「違うわ! お前のアイスが俺の冷蔵庫に勝手に入ってたんだろ!」
全力の神力で繰り広げられる、どうでもいい冷蔵庫バトル。
創真は心底めんどくさそうに頭を掻いた。
「おい、二人とも――」
声と同時に、地面を踏み鳴らす。
その一撃で、周囲に無音の風圧が走り、二柱の神の動きがピタリと止まった。
「仲裁は一回千円な。あとで払っとけ」
バリバリと光る雷と氷の槍が一瞬で霧散する。
神でさえも逆らえない、“何でも屋”の重み。
神の世界でも人の世界でも、創真の名は知れ渡っている。
なにせ――彼はただの人間でありながら、誰よりも頼りになるからだ。
だが、そんな彼に――この日、小さな変化が訪れる。
空から落ちてきたのは、金色の瞳を持つ、ひとりの小さな少女。
そしてそれは、この世界の均衡を、ほんの少しだけ揺らすことになるのだった。




