3話 少年
御伽話のように、神様がやってきて何か異能を授けてくれる、なんてこともなく、私はいつものようにトボトボと家に向かって歩いていた。
「それにしても、あの子、まだ異能が出ないんだって?」
近所の人が私を見ている。
「そうらしいわね。もう5歳になるというのに」
ひそひそと噂話をしている。
「あの子以来じゃないの? ほら、あの、竜美一族の……」
「ああ、凪とかいうあの子でしょう」
呼ばれた名前に、私の胸はドクンと大きく脈打った。その名前に、私は覚えがあった。竜美凪それが私の前世での名前だったのだ。
もうとっくの昔に捨てた名前なのに、どうしてこんなにも胸を締め付けられるのか。
私は前世から何にも変われてはいないんだ。
私は泣きたくなるのを必死に我慢した。しかし、抑えたいと思うほどに涙はボロボロと頬をつたい落ちてゆく。
「はあ、名門の名前の方が泣きたいんじゃないかしら」
ーーなんでそんな意地悪を言うんだろう。私はあなたたちに何もしていないじゃない。今回もこんなふうに扱われちゃうんだ。
一人で歩いていると、こんなことがよくあった。うちの家門への僻みがあるのだろう。
しかし、直接会うことができない人々はこうして小さな子供が一人で歩いている時を狙ってわざとそういう話をすることで、鬱憤を晴らしているのだろう。
いつものことだ。我慢しなきゃいけないのに、涙は止まってくれず、視界は涙で歪んでゆく。私は一度立ち止まり、ごしごしと着物の袖で涙を拭っていた、その時だった。
「あの。それはあんまりじゃないですか」
1人の見慣れない茶髪の少年が私の噂話をしている婦人たちの方に向かい、抗議していたのだ。
そのはじめての出来事に私は目を見開いた。
婦人たちも、まさか抗議されるとは思ってはいなかったようでたじろいでいる。
「ちょっと、お前、いきなりなにさ」
「よくそんな酷いことを子供に言えたなって言っているんですよ!」
そう自分のように怒ってくれる彼に私は涙した。
はじめてだった。私を庇ってくれる人が出てきてくれたのは。
私を悪く言う人たちは、今世での家族の前では怖くて、私一人の時だけあんな酷いことを言ってくる。だから、今世での家族は私がこんなこと言われているのを知らないのだ。しかし、私はそれを打開しようと両親にこのことを伝えようとは一度も考えたことがなかった。
『なんでそんなこと言うんですか』
そう前世で抗議をしたことがある。家族にもこんなことを言われたと相談したことがある。
しかし、帰ってきたのは『名門の子供だというのに、異能を使えないからよ』という町人たちからの開き直った言葉と、『お前が異能を使えればみんな黙るようになるさ』という家族からの励ましにもなっていない言葉だけだった。
だから、諦めていたのに。
「もうそんなこと、言わないでくださいね」
彼は私の悪口を言っていた婦人たちを睨みつけると、私の手を引き歩き始めた。
私はただその少年に連れられるまま歩いた。