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何度目の光景か

『起きろ、拓!』


布団の中で微動だにしない拓を見下ろしながら、俺は何度目かの声をかけた。


(んー…)


返事はあるが、動く気配はまるでない。まったく、毎朝これだ。


『また遅くまでピアノやってたんだろ?楽譜散らばってるぞ』


ちらりと机を見ると、予想通り楽譜が乱雑に置かれている。こいつの几帳面な性格からすれば、余程疲れていたのだろう。

拓は豆柴系の犬獣人で、見た目は可愛いが、中身は全然そんなことはない。いつも面倒くさそうにしてるし、学校もギリギリまで行きたがらない。


「うるせぇなぁ…もうちょっと寝かしてくれよ…」


『ほら、起きろ!』

言い訳を聞く前に、俺は布団を剥ぎ取る。


「寒っ!」


布団を取り戻そうとする拓を軽くかわし、俺はニヤリと笑った。


『いいこと教えてやる』


「なんだよ…」


不機嫌そうな拓を見て、俺は満足げに告げる。


『あと5分くらいで準備しないと遅刻するぞ?』


「は?」


寝ぼけていた拓の顔が、一気に青ざめる。


「なんで早く起こしてくんなかったんだよ!」


『起こしてたぞ?もう20分くらいずっと』


拓は布団の上で頭を抱えた。


「起きればよかったよ…」


だから言っただろ。

ーーリビング


拓をようやくベッドから引きずり出し、リビングへ向かう。そこには、呆れた顔の拓の母さんが待っていた。


「ようやく起きたの?」


拓は気まずそうに笑いながら椅子に座る。


「毎日起こしてもらわないと起きれないなんて、子供じゃないんだから…」

「昨日も遅くまでピアノやって…」


「成人するまでは子供ですぅ〜」


案の定、言い訳じみたことを言い出した拓に、俺はすぐにツッコミを入れる。


『喋ってないで早く準備しろ』


軽く頭を叩くと、拓は渋々ながら準備を始めた。


「へいへい」


まったく、毎朝この調子だ。

ようやく準備を終え、拓は玄関へ向かう。


「母さーん、行ってきまーす!」


「二人とも気をつけてね」


拓の母さんが優しく送り出してくれる。俺は軽く手を上げて応えつつ、拓と並んで家を出た。

さて、今日も一日始まりだ。


ーー外


「寒っ!」


拓が文句を言う。

『当たり前だろ?雪降ってんだから』


拓が昨日から雪を気にしていたけど、まさかこんなに積もるとは思ってなかった。


「雪遊びでもするか?」


『馬鹿か?ただでさえ遅れそうだってのに』


「へーへー、さーせん」


拓が軽く返事をして、俺に続く。


『お前なぁ…明日から起こさねぇぞ?』


「そんな!ひどい!」


拓が大げさに言うけど、実際にはもう言った通りにしてやるしかない。


『いつからおかまになった?』


「今」


『はぁ…』


俺はため息をつく。ほんとに…拓は毎朝こんなこと言ってるけど、いつも起きないんだからな。

俺はさっさと行きたかったため、勢いよく走り出す。

(これで少しは焦るだろうな)でも…


『www お前っw』


拓が盛大に転んだ。雪のせいで怪我はしなかったけど、あんなに転ぶなんて、逆に面白いだろ。


「そんなに面白いか?」


『ごめんってwww』


拓の反応が可笑しくて、思わず笑ってしまう。ほんとに、笑ってないとやってられない。


「はぁ…」


結局、また遅刻しそうになって、俺たちは焦って学校へ向かうことになった。


ーー教室


「すんません!遅れました!」


『遅れました』


俺はただ無言で、拓を見つめる。反省しろよ、って感じでな。拓が教室に入ると、すぐに先生の声が響いた。


「お前なぁ…拓、HR終わったら職員室に来い…」


「なんで俺だけ⁉︎」


拓がぶっきらぼうに返すと、教室中から笑い声が漏れる。

俺も思わず笑っちまったけど、結局、こいつが悪いんだ。遅刻するし、挙句の果てには職員室行きだなんて…まったく、手に負えない。

拓はまた適当な言い訳をして、何とかその場をやり過ごしている。

(あの調子で職員室行っても、また何かやらかすんだろうな)

でも、この後どうなるか、少し楽しみにしている自分もいたりする。


ーー昼休み 屋上にて


『お前、朝から災難だったなw』


「笑うなよ!」


そう言ってる割には、相変わらず、元気そうである。


「今日もピアノ練習したかったんだけどなぁ」


『たまにはやめろってことだろ』


「そうなんかなぁ」


『あ、そだ』


「ん?」


俺が弁当を取り出して、拓に見せる。


『ちょっと見てくれよ』


「なになに?」


拓は気になったのか、目を輝かせてきた。


「作ったのか?」


『そうなんだよ!』


「どーせ冷凍食品の詰め合わせだろ?」


『残念』


「まさか…!」


拓が驚くのも無理はない。俺は料理なんてしなかったからな」


『味見してくれない?』


拓の顔が急に固くなる。流石に嫌だっただろうか。


「お前、俺に毒味させる気か?」


『俺も一回食ってるから大丈夫だって』


「はぁ…」


パクッ。

拓が野菜炒めを口に運ぶ


「美味い…」


俺の料理が美味いだなんて、拓が認めるのも嬉しいけど、ちょっと照れる。


『マジ?』


「マジマジ」


『よっしゃ!』


拓が俺の作った料理を美味いと言ってくれて、かなり嬉しい。俺はよろこびを隠せず、はしゃいでしまった。


「お前さ、料理練習してたのか?」


『ああ、 きょうの○理とか Coo○pad とか見ながら練習してた』


拓は少し引いたような顔をいている。

何か変なこと言っただろうか。

嫌われていなければいいな…。


ーー帰り道


「あぁ…やりたくねぇ…」


拓が隣でダルそうに呟く。荷物を肩にかけ直しながら、だるそうに歩く姿がもう限界ですって感じだ。


『そんな落ち込むなよ、手伝ってやるから』


そう言うと、拓が俺をチラッと見る。


「手伝うったって、お前今日バイトだろ?」


まぁ、そうなんだけど。今日というか、ほぼ毎日バイトしてる。でも仕方ないよな、俺には両親がいないんだから、自分で稼ぐしかない。


『バイトか? 休みの連絡入れといた』


「なんでだよ」


拓が信じられないって顔をする。


「お前の稼ぎが減るぞ?」


『手伝わねぇと、お前やらねぇだろ?』


俺は肩をすくめながら続ける。


『人が怒られてんのとか見たくねぇんだよなぁ』


拓は何でもかんでも後回しにするクセがある。んで、結局ギリギリになって焦って、間に合わなくて怒られる。そういうの、見てるこっちが嫌な気持ちになるんだよな。


「コンビニ寄ってなんか買ってこうぜ」


拓がふっと顔を上げる。ちょうどコンビニの明かりが見えてきた。


『奢りか?』


「手伝ってくれるんだからな、奢りでいいぜ」


よっしゃ、ラッキー!


『よし! じゃあ…あれと…これと…』


「いっぱいは買わねぇぞ?」


『えー?』


「子供かよ…」


拓が呆れた顔をする。ちょっとムカついたので、俺は朝の拓の真似をしてやった。


『成人するまでは子供ですぅ〜』


「お前なぁ…」


拓が苦笑いしながら、パンと肉まんと紅○花伝を手に取る。俺はおにぎりとピザまんとココア。買い物を済ませ、並んで歩きながら家へ帰った。


(俺もだけど、絶対この組み合わせは合わないな…)


ーー拓の部屋


『んで、ここがこうなって…』


「 あ“ー!わかんねぇ”…」


『だから教えてやってんだろ?』


拓のやつ、俺がせっかく教えてやってんのに、全然理解しねぇ。まぁ、想定の範囲内だけどな。


『なんて言ったらいいかなぁ』


頭をかきながら、どう説明すれば拓でも理解できるか考える。せっかくバイトまで休んで手伝ってんだから、しっかり理解させねぇとな。


『そうだ、これが〜になって、〜が〜になるから…』


「あ、そゆこと?」


急に拓が顔を上げる。


「なんだ〜簡単じゃねぇか!」


…最初からそのテンションでやってくれよ。


『はぁ、ようやくわかってもらえた』


思わずため息が出る。


「お前はただ教えただけだろ?」

「なんでそんなに疲れてんだよ」


『お前がバカだから教えるのに苦労したんだよ』


「バカってなんだよ…」


拓がむくれるけど、まぁ本当のことだしな。


『まぁ、わかったからいいじゃねぇか』


「サンキューな、京助」


『おう』


時計を見ると、もう夜遅い。


「やべ、もうこんな時間かよ…」


『終わったんならさっさと飯食えよ』


「そうするわ…」


俺は立ち上がって、帰る準備をする。


「お前、もう帰るのか?」


「飯くらい食ってけば?」


『いや、帰る』


「じゃあな」


『おう、また明日』


いつもなら泊まっていくのに、今日は帰る。なんとなく、今日はそういう気分じゃねぇんだよな。


ーー夜道


外に出ると、夜の冷たい空気が肌に触れる。拓の家の灯りがだんだん遠ざかっていくのを背中で感じながら、ゆっくり歩き出した。

雪が静かに降り始め、歩くたびに足元の雪が音もなく沈んでいく。夜の街灯の明かりに照らされ、雪が幻想的に舞い散っている。

一人で歩く夜道は、妙に静かで、いつもより暗く感じる。


(…泊まってもよかったか?)

雪が降る中でそんな考えが頭をよぎる。だけど、それを振り払うようにポケットに手を突っ込んで、足を速めた。

降り積もる雪の中を歩く足音が、少しだけ大きく響いた。

今日の夜は、少しだけ長く感じそうだった。

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