まもなくワテレア③
「こんなことになるんだったら、わたしもお留守番するんだったわ。」
ウィンディアはそう言いながらプゥーと頬を膨らませた。けれどもフォンテは相変わらず本に夢中でこちらに気づきもしない。
「分かってる・・・。分かってた・・・。」
父親が何かに夢中になってしまうとああなってしまうことは、ウィンディアも十二分に知っていた。けれども可愛い一人娘が退屈で死にそうになっているのだから、少しぐらいは気にかけて欲しいものだと思うが、あえてそれを口に出すことは躊躇われた。
普段のフォンテはウザいほど、ウィンディアをかまいまくるのである。だが今そうなったらそうなったでウザい。ウィンディアは適度にかまって欲しいのだ。
彼女は、恨めしそうに半目でフォンテを見たが、すぐに視線をまた窓の外へ向けた。
「ふぅ・・・。お外はいいお天気ね。今はちょっと涼しい季節に入ったから、お外で走り回ったら気持ち良さそうね。」
ウィンディアは公爵令嬢ではあるが、その実、外を裸足で駆け回るようなお転婆な少女だった。その証拠に本来なら真っ白いはずの肌は日に焼けて赤く、顔にはそばかすがあちこちにできていた。
一介の公爵令嬢なのに野山を駆け回って育ったウィンディア。
彼女が暮らしていたバルテシア領は、サンヘルム国の北西に位置している。隣国3か国に接する広大なこの領地は、かつてはサンヘルム国の国境を護る要として国王や国民たちから重きを置かれていたものの、現在は隣国3か国と同盟が結ばれて久しく、その役割を薄れさせていた。
加えて特産品と言えば、花卉園芸が主力で、他は綿花や小麦の栽培といった農産物ばかりだったこともあり、他の領地の産業に比べて見劣りするのか、サンヘルム国民からはド田舎という認識をされていた。
けれどもその認識は決して『ああ、田舎を治められるなんて、なんてお可哀想なフォンテ公』といったことにはならなかった。というのも、バルテシア領は王族傍系が治める慣習があることが知られていたし、また先も言ったようにフォンテ自身の人徳ゆえか、彼や彼の娘であるウィンディアを揶揄するような声はなかったのである。つまり世間一般から揶揄されたのは領地が田舎だということだけである。
田舎すなわちそれは何にもないわけではなく、雄大な自然に恵まれているということである。屋敷の庭や窓からそんな光景が目に付けば、幼い子供は外へ出て駆け回りたいものである。ウィンディアももれなくそんな子供の一人であった。
公爵令嬢ではあったものの、彼女を咎める者はわずか3人しかいない。ウィンディアは3人の目を盗んでは森や野山へと繰り出すような少女だった。
何度言っても聞かないウィンディアに諦めたのか、妥協したのかは謎だが、マニエラ、エイドリアン、ジョセフの3人は、ウィンディアに年齢の近い従者の子供たちを遊び相手に付かせて、かつ公爵令嬢だと思われないように、平民の装いをさせることを条件に、それを許すようになった。
こうして元気いっぱいに育ってしまった公爵令嬢ウィンディアだったが、今回のように長い旅に出るのは、彼女が物心付いてからは初めての出来事だったのである。
【作者より】
【更新履歴】
2025. 3.14 Fri. 15:42 再掲
2023.10.12 Mon. 1:31 読み上げアプリ向け修正
2023.9.3 10:41 Sun. 再掲