敗走
しばらく気持ちを整えていると、大きな声が聞こえてきた。
「敵が進軍を開始!騎馬隊で突っ込んできます!!」
その声を受けて味方側から弓矢での応酬が開始されたようだ。
陣城とはいえ、これは攻城戦なのに、何故騎馬で突撃を?
俺のその疑問は衝撃と悲鳴という形ですぐに回答が出された。
俺が所属しているクロード男爵軍はこの軍内において少数派だ。
供出した戦略は60人ほどで決して多くない。
男爵領自体がそれほど広く無いため、他の男爵も似たり寄ったりである。
そんな寡兵である我々がいきなり最前線に配置されるわけもなく、交代要員として控えにいる状況だ。
つまり陣地の中ほどにいるという事なのだが、そこまで響くほどの轟音と悲鳴が鳴り響いたという事。
おっつけ入った正確な情報によると、敵は騎馬隊に魔法使いを乗せて陣に接近して魔法を次々と放って陣の防御能力を破壊、そのまま半円を描くように自陣へ引き返していったという。
鮮やかなヒットアンドアウェイ。
騎馬に二人乗りすることで機動力は若干落ちるが、一人が移動と回避に集中し、一人が飛来する矢を防ぎつつ詠唱を行い、陣地付近で強力な魔法を放っていくという先方で、敵には損害らしい損害は与えられず、こちらは人的被害こそ少ないものの馬防柵や陣城の壁の一部が破壊されたり、空堀が埋められたりしていたのだ。
元いた世界で言えば、木製の簡易陣地に焙烙火矢を投げ込まれてすぐに撤退されるようなもので、陣に寄って戦い、専守防衛を基本とするこちらとしてはかなり対処に困る戦法だった。
今日はそれを数度繰り返されてこちらの陣地への被害を増やした後、襲撃をやめて自陣へ引き返していった。
こちらはいつまた仕掛けてくるのかと精神を削られ、気が休まらなかった。
この戦法は魔法の弱点である、長い詠唱という隙を無くし、人的被害を最小限に抑えたうえで敵陣への被害と精神的な圧力を与えるようなものなのだろう。
敵が引き返しているところを追おうにも、相手はスピードに乗った騎馬であり、敵陣には騎馬隊を守る兵が展開されている。
下手に追撃してしまえばこちらが手痛い被害を被ってしまう。
クロード男爵軍は戦闘には参加しなかったため被害が無いが、日が暮れた後の陣城の補修をさせられる事になったのだった。
陣城の補修作業においても俺の塹壕魔法は活躍した。
敵が埋めていった空堀を再び掘って、土を積み上げることで以前にもまして防御力が上がったほどだ。
とはいえ、焼け落ちた木などは俺の魔法ではどうしようもないため、空堀だけ作って撤収。
穴を掘るのは体力的にきついから助かったと補修組の兵たちには感謝されたが、防御力の低下は否めない。
俺は一抹の不安を抱えながら次の日を迎えるのだった。
そして翌朝、俺の不安は現実のものとなる。
昨日と同様に敵はヒットアンドアウェイ戦法を駆使してくるのだが、こちらの陣営の被害が昨日より明らかに増えているのだ。
当然だ、空堀以外の防御能力は著しく減少しているのだ。
人的被害も増加している。
こちらは大きな被害を受けているのに相手には大した被害を与えられていない。
その現実を前に自軍の兵士の士気が落ちていくのが目に見えて分かった。
まだ二日目だが、こんな防備で戦え続けることへの不安感、打って出れず一方的に被害が増していくことへの鬱屈感が自軍を蔓延しているのを感じる。
今日はなんとか防ぎきれたが、いつまで防ぎきれるのか…
俺も不安を感じずにはいられなかった。
そしてまた陣城の修復に駆り出された次の日、この日は今までとは違い、一騎の魔法騎士が近づいてきた。
その騎士は高らかに一騎打ちを望んできたのだ。
ただでさえ自軍の士気低下が深刻な状況でこの提案。
断ることは出来ない。
断れば決定的に士気が崩れ去る状況だからだ。
逆に相手はこの一騎打ちに勝つことで、士気を完全に崩して雪崩れうって陣城に攻撃することで最低限の被害で迅速にこの陣地を突破しようとしているのだろう。
逆に相手が負けたとしても被害は一人だけ、士気は一時的にあげられるだろうが、5分に持っていけるかどうかだ。
つまりリスクも最低限。
敵の強かさに唇を噛む。
「ハヌマーン、撤退準備をする。我が軍の連中にも伝えてこっそり後方へ移動するぞ」
クロード男爵の言葉に驚きを隠せなかった。
「あそこにいるのは猛将として名高いクロイス国の筆頭騎士カルロス卿だ。
武と魔法に優れ、剛雷槍の異名をとる敵のエースだ。
逆に我が軍の魔法騎士は、ナリス伯爵のご子息になるだろう。
かの御仁も弱くはないが、カルロス卿には一歩及ばない可能性が高い。
この一騎打ち、受けねばならぬが受けたとて勝ちの目は薄い。
だとするなら私は自軍の兵の被害を最小限にするべく動くしかない。
分かってくれるな?」
「は、はい。分かりました」
男爵の耳打ちに衝撃を受けるも指示を実行するために走り回ってこっそりと話を伝える。
そして、一騎打ちが始まった頃、クロード男爵軍は陣の後方へ移動した。
しばらくして敵の歓声が聞こえ、総攻撃が始まる音がした。
既に後方にいた別の部隊も退却を開始しており、私達もそれに合わせて敗走していくのだった。