行軍
俺はクロード男爵の兵に混じって戦争場所への進軍を開始した。
戦争と言えば戦うところだけがフォーカスされがちだが、大部分は移動だ。
当然、大人数で一斉に行動すればさまざまな問題が発生する。
まず、物資の問題。
何ヶ月も戦い続けなければならないなんてザラにあり、そのための水と食糧は大量に準備しなければならない。
そうしなければそもそも軍事行動など不可能だからだ。
水魔法を使う手もあるが、魔法を使える人は少なく貴重だ。
戦闘にも魔法を使わなければならないので、普通に水瓶に大量の水を入れたり、個人の水筒に入れて持ち運ぶ必要がある。
馬車は基本的にこういった物質の運搬に使われる。
また、野生の魔物や動物から襲われることもあるので野営の時には注意が必要だ。
特に炊き出しで良い匂いが拡散されるため、魔物が寄ってきやすくなる。
だが、これは悪いことばかりではなく、食べられる魔物や有用な素材を持つ魔物が襲ってきた場合には在庫の補充や兵の臨時収入になったりする。
寝ずの番をする人はそれに加えて移動中に寝れる権利、つまり馬車に乗れる権利がもらえるため、実は行軍中の不寝番は人気があったりした。
もちろんこれだけじゃない。
一番厄介な問題はトイレ問題だった。
人間、食べれば出すものは出さざるを得ない。
でもトイレットペーパーなんてない。
紙は高級品で庶民が使えるようなもんじゃないのだ。
だから竹や葉を使って拭き、使用後は便と一緒に埋めるのだ。
ただでさえ大人数での行軍は遅くなるのに、トイレ休憩で穴を掘って埋めるという作業が頻発するので、さらに行軍が遅くなる。
ここで俺が開発した思わぬ魔法が活躍することになった。
塹壕魔法だ。
人が数人入れて隠れられる横長の穴を一瞬で用意できるこの魔法はトイレとして使うのに最適だったのだ。
自分でそれに気付いて使っていたところ、他の兵に見つかって、クロード男爵経由で正式に塹壕魔法もといトイレ魔法を何度も使うことになってしまった。
ただ兵士達には大好評で、特に少数の魔法が使える女性兵達には大層喜ばれた。
なんだかんだこんな手伝いをしていたので、兵士全員に顔を覚えられたのだった。
数日行軍したところ、伝令役としての初任務が言い渡された。
他の軍との合流地点へ先触れとして向かう事になったのだ。
あと半日ほどで到着することを伝えて欲しいと言付かった。
その際に、伝令兵であることを分かるように、クロード男爵の家紋入りのマントを付けるように言われた。
このマントで身分が保証されるようだ。
俺は早速、光速移動の魔法を使って移動を開始した。
気持ちゆっくりめで移動したが、1時間も経たずに合流地点へ着いてしまった。
あまり早く動きすぎて接近時に敵と勘違いされてはかなわないので、進行方向に軍勢が見えてきたところで通常のランニングに切り替えたのだ。
走って軍勢に近づくと一瞬こちらを警戒した目で見てきた兵もいたが、家紋入りのマントを羽織っているのを見て、伝令だと気付いたのだろう、すぐに警戒感を引っ込めた。
俺は最後尾にいた輜重隊の護衛兵と思われる兵士に話しかけた。
「すみません、私はクロード男爵の伝令兵です。軍到着の先触れとしてまいりました。この軍の責任者様はどちらにおられますか?」
「クロード男爵のところの伝令兵か、若いのに大変だな、ご苦労さん。じゃあ俺が天幕まで一緒についていってやるよ。」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。」
そうして僕は護衛兵とともに各部隊の隊長が集められた天幕へ案内された。
「失礼します!」
「ん?伝令か。どこのものだ?」
「はっ!私はクロード男爵様の伝令役となります。クロード男爵様の軍勢がここまであと半日の地点まで来ましたので先触れに参りました!」
「そうか、思っていたよりも素早い到着だな。伝令ご苦労!休んで良いぞ」
「はっ!ありがとうございます。失礼します」
俺は部隊の隊長と思わしき人に報告を行うと天幕を出た。
「お疲れ、じゃあ伝令休憩用のテントはこっちだ着いてこい」
先程の護衛兵がテントまで案内してくれる。
食事も用意されているようだ。
そのまま寝てもいいという事で俺はお言葉に甘えて食事を食べた後、眠りにつくのだった。
日が暮れる頃にクロード男爵様の軍勢がこの軍と合流したようだ。
俺は夜になってから目が冴えてしまったので、一度軍勢から少し離れて森の中に入っていく。
普通夜の森は危険だが、子供の頃同様、暗闇でもはっきりとものが見えて、自身も黒に染まって音もなく移動出来るため、俺にとってはまったく危険ではない。
ある程度離れた位置につくと塹壕魔法を強めに使って自分がすっぽり収まるほどの深さと広さを持つ穴を作った。
続いて岩の簡易家具を作る魔法で広めの岩の箱を作る。
最後にその箱の中に水魔法で集めた水を注いで、さらにその水を魔力を熱エネルギーに変換する形で温める。
そう風呂の作成だ。
数日間水浴びも出来ずに歩き通しだったため、流石に体が汚れて気持ち悪かった。
だが、行軍中に風呂なんて入れないし、みつかったら何を言われるか分かったもんじゃないので、伝令後の俺がしばらく離脱しても問題にならないタイミングを見計らって風呂を作ったというわけだ。
ゆっくりと風呂に浸かって夜空を見上げれば満天の星空が広がっており、風呂の心地よさも相まってすっかりリフレッシュすることが出来た。
風呂から上がった俺は、子供の頃に攻撃魔法の失敗として習得したドライヤー魔法を使って身体を乾かして着替える。
最後に塹壕簡易拠点を土で埋める魔法を使って見た目を元に戻し、木のみを集めて食べながらゆっくり自軍に戻るのだった。
数日が経過して軍勢の規模が大きくなっていくと平原の先にこちらとは雰囲気の違う軍勢が姿を現した。
あれが敵国の軍勢なのだろう。
詳しい話は聞いていないが、ドイチル国に対してクロイス国が侵略戦争を仕掛けてきているのだろう。
こちらは野戦築城を進めており、簡易的な砦を作って陣地に篭って応戦するようだ。
俺が陣地に訪れた時には砦には見えなかったが次々と陣地構築が進められていき、今では立派な野戦用の砦が完成していた。
敵が確認出来たことで戦争の方針が各部隊に通達される。
基本的には専守防衛。
陣地に寄って戦い、敵を撤退させることが目的だ。
敵の方が数が多く、およそ700人ほど。
こちらは500人程度だが、陣地が完成している分こちらが有利だろう。
俺は伝令兵なので、クロード男爵の言葉を素早く色々な場所に伝える必要がある。
そのため、クロード男爵の近くに配される事となった。
いよいよ初陣であり、周囲の兵もまた戦争が始まる予感に緊張感を漂わせている。
だが、俺は既に野盗との戦いを経験しているため、それほど緊張を感じていなかった。
もちろん油断はしていないが、自分なら軍が負けたとしても必ず生き残れるという確信がある。
自分には熱だろうが運動エネルギーだろうが魔力に変換して自分の魔力に変換してしまえる力があるのだ。
それに一人なら光速移動で瞬時に包囲を突破することも可能であることから、生き残る事に関してはかなりの自信を持っている。
だからだろう、適度な緊張感を胸に初めての戦争が始まるのを静かな気持ちで待つ事が出来たのだ。