異世界転生から戦争にいくまで
気付いたら俺、千堂 学は開拓村の子供になっていた。
薄らと前世の記憶があるが、思い出は思い出せない。
エピソード記憶が無いんだなという考えが頭をよぎる。
エネルギー、E=mc²、時空、エネルギー保存の法則、ビッグバン、エントロピー増大の法則。
よく分からないがそんな言葉が頭に浮かぶ。
だが、これらの意味の分からない知識はこの場所で役に立つ事は無いだろう。
何故ならこの開拓村には科学も無ければ、文字を書ける人や計算が出来る人なんて少数派だ。
科学や数学が発展していない場所でこんな知識なんの役にも立たない。
村にある家は木造で高床式住宅のように土台の上に家が建っている。
まるで古代にタイムスリップしたようだ。
だが、ここが古代ではなく異世界であることには気づいていた。
何故なら村人が魔法を、シガーライターのような熱を指先に灯している魔法を使っているのを見た記憶があるからだ。
魔法を使える者は貴重らしい。
件のライター男は村長の息子で、特別だから使えるんだと自慢していた。
ただ、魔法を使うたびに指に火傷をするので、滅多に使いたがらないのだが…
俺の家は木こりの父と村の畑を共同管理している母、まだ二歳児でなんの役にも立たない俺の3人家族だ。
上に二人の兄が居たそうだが、二人とも病気で死んだらしい。
医療もまともに無いこんな村では、風邪すら致命傷になりかねない危険がある。
生命力の弱い子供には劣悪な環境だと言わざるを得ないだろう。
俺はとにかく死にたく無いと強く思った。
そしてせっかく異世界に転生したのなら魔法が使いたいと。
だが、魔法が使いものになるかは甚だ疑問ではある。
魔法使いは希少だが、魔法の使い方を誤れば自身をも飲み込む災禍となる、だからこそ選ばれた人間にしか使うことを許されていないのだとライター男は鼻高々に村の子供達に語って聞かせていた。
毎回魔法で指を火傷しているのは、誤った使い方じゃないのだろうか?
そうは思うが使ってみたい気持ちは膨らむし、村の子供達は魔法使いごっこを一度はやるくらいにはメジャーな憧れ対象である。
なので、俺も早速魔法使いごっこを始めた。
といっても、異世界転生小説の定番である魔力を知覚するための瞑想トレーニングからだ。
体の中に意識を向ける。
呼吸、熱、鼓動。
前世でも感じた人間がもつエネルギー。
特に前世と変わらないように感じる。
チャクラや気は丹田とかいう臍の下から湧き出てくると前世で聞き齧った気がしたので意識を臍の下に向けてみる。
特に何も感じないので、力を込めてみたり、逆に脱力したりと色々試してみたが、何も掴めなかった。
まぁ、瞑想なんてすぐに効果が出るもんじゃないんだし、と考えて呼吸や熱に意識を向けたりしていると、いつの間にか寝てしまったらしい。
気付くと朝になっていた。
とりあえず瞑想は、魔法が使えても使えなくても頭のトレーニングとして良いという前世からの知識に従って寝る前の日課にすることにした。
それから数週間は何も変化がなかったが、ある日村の子供達と遊び疲れてクタクタになった日の夜。
眠気を我慢しながら瞑想していると、息を吸うたびに体に空気と一緒に何かが染み渡る感覚を覚えた。
その感覚に意識を向けると、喉が渇いた時に飲む冷たい水のように、清涼感とともに体に溶け込んでいくのを感じる。
前世にはなかった感覚。
これが魔力なのか?
俺はいっそうその心地よい感覚に意識を向ける。
そして、あまりの心地良さに気付いたら朝になっていたのだった。
これはきっと魔力に違いない!
と新しい発見にワクワクした俺は、昨夜の体験から魔力は空気中に漂うもので、きっと前世でマナと言われていたものに違いないとあたりをつけた。
そのため、日中でも呼吸に意識を向けて、魔力(仮)に意識を向けてみることにした。
ふだんは意識していなかったので感じなかったが、僅かに清涼感を感じる気がする。
あくまで気がする程度で、あまりはっきりとは感じられなかったが、運動して疲れてくると清涼感が強くなることを発見した。
だからとにかく動き回って疲れてみることにした。
せっかくならとランニングや筋トレも建物の影に隠れてやってみる。
流石にこんな見たこともないトレーニングをしていたら気が触れたのかと正気を疑われてしまうので、あくまでこっそりとである。
そしてやはり疲れると呼吸から取り込む清涼感が強くなった。
もっとはっきり感じたいと、深呼吸をしてみると、体全体に清涼感が染み渡るのを感じる。
それと同時に疲労感も薄れてきた。
澄み渡った清涼感の中でとりわけ強い感覚がする場所に意識を向けてみる。
この清涼感を動かせないかと試してみると、清涼感は暖かさに変わり、自分が意識した方向に少し動くのを感じた。
しかし、すぐに体の暖かさと混じり合って分からなくなってしまう。
夜まで続けていたが、結局すぐに分からなくなってしまうのだった。
それから数日が経ち、魔力(仮)を操る時に熱が体の熱と混じってしまい、分からなくなる感覚について深く考えていたのだが、いまだになぜかは分かっていなかった。
ただ、逆にこの熱をどうにかできないものかと考えて意識を向けた時に体の中にあった熱が少し動いた気がしたのだ。
俺はもしやと思い、清涼感を動かそうとするのではなく、体の中の熱を動かしてみた。
するとこの熱は明確に体温とは違う熱さだったことが動かしたことで理解できた。
これは前世でいうオドがこの熱という名の魔力の正体なんじゃないかと考えるようになる。
マナという清涼感溢れる魔力を取り込んだ結果、体の中にあるオドという魔力に溶け込んで分からなくなる。
だからいつも動かしている途中で分からなくなっていたのではないかと気づいたのだ。
それからというものこのオドを動かすことに腐心する日々が続いた。
このオドは体の一部に集中させると力が増したり、疲労回復が早まったりするようで、清涼感を得るためのトレーニングと並行して行うことで疲れを感じずにいつまでも運動できるようになることに気が付いたのだった。
そんなことを繰り返して1年がたった。トレーニングしながら魔力の探求などやっていたからだろう、体には筋肉がつき、明らかに他の子供よりもがっしりとした体形になっていた俺をみて、父親は3歳の俺に薪割りの手伝いをさせるようになった。
身体強化魔法と呼んでいる力を強くする魔法と鍛え上げた筋肉で3歳児とは思えない膂力を発揮して苦も無く薪を割る俺を見て父は不思議そうな顔をするも、寡黙であることから特に何も言わずに手伝いが増えたくらいの感覚で接してくれていた。
今世での俺の名前はもちろん千堂学ではない。
父は俺をハヌマーンという名前を付けた。
生まれた時の俺が猿に似ていたからそんな名前を付けたらしい。
ランニングがてら森の木のみを回収する俺を見て村の連中は名前に負けない猿っぷりだと言っていた。
ある日森でいつものように果物を集めていた時に、ふとこれって俺が求めていた魔法だっけ?という疑問が湧き上がってきた。
身体強化は確かに便利だけど魔法っぽくない。
もっと火を出したり、岩を銃弾のように飛ばしてみたいんじゃなかっただろうかと思い至った。
ただ、火を出すのはやけどの危険があることはライター男を見て知っていたので、岩を出してみたいと考えた。
手のひらサイズの岩を出すだけなら危険はないだろうと考えて、体中から熱を集めて手のひらに岩を生みたいと強く強く念じてみる。
身体が疲れと脱力感を感じるころ、手のひらに違和感があるのを感じて開いてみる。
するとそこには3粒の砂が生成されていた。
これだけ疲れることをして経った3粒の砂…!
全身が疲労感に包まれる中、魔法というのは使い物にならないんじゃないかという疑問を深めてしまうのだった。
それから何日も砂粒を生成する日々を過ごしていたのだが、一向に魔力があがって砂粒が増えるということがない。
生成できるのは決まって1~3粒の砂粒。
これでは何の役にも立たないと絶望感を感じていた。
しかし、いや待てよと考える。
前世の知識を信じるならエネルギーから物質を生成するのはとてつもないエネルギーが必要になるのではなかっただろうか。
だとすると体中にあるオドを絞り出して作れたのが3粒の砂粒だったことにも納得がいく。
なら、エネルギーを別のエネルギーに変換するのはどうだろうと考えた。
そして手のひらに熱を集めて、運動エネルギーに変換するイメージをしてみると…
なんと!小型扇風機程度の風が発生することが分かったのだった。
だが、結局攻撃魔法にはならないことに幻滅してしまう。
これではドライヤー魔法にしかならないと、その日はしょげながら帰宅するのだった。
何度か魔法の練習をこっそりしているものの、手から扇風機程度の風を出せるくらいの魔法しか使えない日々が続いていた。
そこで発想の転換を試みることにしたのだ。
前世を思い出した時に頭に浮かんだE=mc²という言葉。
これは物質からエネルギーにエネルギーから物質に変換できることを表した数式だったはずだ。
では、「自分の肉体の一部を魔力に変換したらどうなるんだろう?」
ハヌマーンは危険かもしれないその発想にたどりついてしまった。
たどり着いてしまったからには試さずにはいられない性格のハヌマーンは、けど慎重を期しておなかに少しある贅肉のほんの少しを熱に変換できないか試してみた。
するとすぐさま膨大な熱が体の中からマグマのように湧き出し、削れた脂肪部分から痛みを感じる。
その熱を無理やり手のひらまで誘導して運動エネルギーに変換すると、バン!というでかい音とともに体は後ろへ吹き飛び、目の前にあった枯れ木がへし折れている様を目にするのだった
この脂肪を魔法に変換するチカラを身に着けてから明らかに体の中にある魔力量が上昇したように感じる。
強制的に大きな力を扱ったことで肉体がそれに適応し、より多くの魔力を自然に扱えるようになったのかもしれない。
しかし、この力はかなり危険だ。
体の中にマグマが沸くような熱を感じたことも、魔法発動時に反動でひっくり返ったことも、枯れ木とはいえ目の前の巨木がへし折れたことも
一歩間違えれば大惨事を起こしていた可能性がある。
この力は慎重に扱わなければならない。
そう自分に言い聞かせて、肉体を魔法に変換するチカラは以前よりもさらに小さな範囲
それこそ針で刺したようなくらい小さな領域を変換する形で練習するようにした。
それでも今までに比べて大きな力を発揮できるが、破壊的なエネルギー量にはなっていない。
今はこのエネルギーのロスを失くし、音に変換されないように
可能な限り小さく、細く、静かに発動することを目指した。
そうして完成したのがハヌマーンが指弾と呼ぶ魔法。
指の先から圧縮された運動エネルギーを飛ばすだけのシンプルな魔法だが、至近距離であれば岩に小さな穴を穿つほどの威力を発揮する。
ハヌマーンはこうして、明確な自分だけの武器を手に入れることになったのだった。
こうしてハヌマーンは、魔法の真髄とは物質とエネルギーの変換であり、魔力は自由にエネルギーを別の形態へと変換出来るものであると認識した。
ライター男は指先に魔力を貯めて熱エネルギーに変換しているのだろうと思い当たる。
しかし、エネルギーを変換しているだけなので、無制御で変換されたエネルギーは自身にも危険をもたらす。
だからこそ魔法は誤った使い方をすれば身を滅ぼすと言われているのだと理解した。
そしてエネルギー変換が魔法の真髄なら周囲のエネルギーを魔力に変換することも出来るのではないか?
新たな発想が生まれて、また実験の日々に心を躍らせるのだった。
——
あれから時が経ち、10歳になった。
今だに村人には魔法が使える事は内緒にしている。
ムキムキな体と、いくら働いても疲れない様子を見て、無意識に魔法を使っているんじゃないかと思われているが、自分でもよく分からないと誤魔化している。
今では木こりである父親と同じ仕事をさせてもらいながら日課の木のみ集めランニングも続けている。
最近は体外と体内で魔法を使う時の違いというものが分かってきた。
体の中にあるオドをオドのまま使う時には、エネルギー変換ではなく、肉体の強化や回復の促進といった作用が中心であるが、体外では主にエネルギー変換がメインであるこの違いがなんなのかはいまだに分かっていないが、この違いは重要で、体内でのマグマが噴き出すような熱を体内にとどめておいても扱いに苦慮することはあれど、それで肉体にダメージがあるものではなかったのだ。
また、マナについても勘違いしていた。
マナは空気中から肺へ取り込むのだと思っていたのだが、エネルギーを魔力に変化することを思いついてからは、体のどこからでも魔力に変換して取り込む事が出来たのだ。
例えば光や空気中の熱を魔力に変換し、体に取り込んだり、外部からの運動エネルギーをも魔力に変換してしまえるのだ。
これに気付いたきっかけは、木のみ集めランニングをしている最中に野生動物に出会ってしまった事だった。
イノシシのような見た目で真っ黒い毛に覆われた動物とバッタリ会ってしまい、驚いた黒イノシシ(仮称)がこっちに突っ込んできたのだ。
俺は咄嗟に身体強化を発動し、より多くのエネルギーをオドに変えて出力をあげようと咄嗟に周囲からエネルギーを吸収しはじめる。
体は黒に染まっていき、周囲の温度は低下するが、肉体の強度は上がり寒さは感じない。
そして黒イノシシを受け止めた時、黒イノシシが持つ運動エネルギーすら魔力に変換して勢いを殺しながら肉体を強化することに成功したのだ。
その黒イノシシは、指弾で仕留めて、しばらく家の食事が豪華になった。
そしてこの経験から、魔力からエネルギーに変換するよりも体外のエネルギーを魔力にする方が、便利だと気付いたのだった。
その日は朝から父親の仕事を手伝うことになり木のみ集めランニングが出来なかった。
暗くなり、夕食を食べた後も運動のしたりなさを感じた俺は両親に断りを入れて木のみ集めランニングを開始した。
夜の森は危険だ。
というのは常識だが、密かに魔法の真髄をマスターした(と思っている)俺にとっては、さほど危険ではない。
走る時には音エネルギーをすぐさま魔力に変換して取り込むので、音が出ない。
目にオドを集めることで視力を底上げして、暗闇で分からないという事が無い。
極め付けは、自身の体に当たる光エネルギーを魔力に変換してしまうため、目以外の部分は闇より暗く、動物が見ても黒い何かが通り過ぎたとしか映らないだろう。
つまり昼間よりもむしろ発見されにくい分、安全だとすら言えるのだ。
しばらく木のみを集めていると、村の方から赤い光と僅かな歓声が聞こえてきたのだった。
※小説として残酷な描写があります
俺は村の異変について最初は、祭りか?という平和ボケした考えが頭をよぎった。
だが、そんな筈はない。
そんな予定は聞いていないし、祭りなら先月やったばかりだ。
村のお祭りなんて収穫祭くらいで、年に一度が精々なのだ。
じゃああの赤と歓声は…?
と考えて背筋が凍る。
野盗の襲撃だ!!!
しかも歓声を上げたという事は、村は既に制圧されてしまった可能性がある。
おれは身体強化の強度を引き上げて、集めた木のみも捨てて全速力で村に舞い戻っていく。
——
これは、俺がまだ幼かった時に見た地獄。
仙魔の傭兵と呼び畏れられた俺の原点。
変えられない悪夢だ。
——
村にたどり着いた俺が見たものは、焼け落ちた俺の家と地面に横たわる父親だったモノ。
女子供は村長の家に集められる様子。
命乞いをして聞き届けられずに首を切られたライター男。
その光景を見て頭が沸騰するかのようだった。
だが、頭は冷静だった。
いや、冷静なように感じていたが、その時の俺はただ目的(やつらを排除する)に向かって必要な手順を実行していっただけだ。
重力と空気抵抗を魔力に変換する。
音もなく屋根の上に登り、唾液を魔力に変換していつもより強力にした指弾を野盗の頭に放つ。
野盗は一人、また一人と倒れていく。
誰も俺を見つけられ無い。
それはそうだろう。
高所から音もなく、闇に黒く溶け込んだ俺がスナイパーよろしく不可視の弾丸を放っているのだから。
野盗を仕留めるたびに移動する。
屋根の上を飛んで渡る。
まるで月にいるかのように体が軽い。
この移動方法にはコツが必要だったが、すぐに慣れた。
野盗は恐慌状態に陥っていた。
それはそうだろう。
音も気配もなく、次々と仲間の頭に穴が開いて倒れていくのだ。
慌てて逃げようとしているが逃すわけがない。
村人が受けた苦しみの報いを受けさせなければならない。
そうやって俺は淡々と「敵」を「処理」して回り、全滅させたのだった。
野盗への対処を終えた俺は、村長の家に向かう。
そこには村の女集と子供達がいた。
扉を開ける音に怯えた様子を見せたが、入ってきたのが俺だと知って母親は俺に抱きついて泣いていた。
おれは母さんが泣き止むのを待ってから生き残りのみんなに状況を説明する。
俺は魔法が使える事、その力で野盗を倒した事を告げた。
「肝心な時に村にいなくてごめん」
そう謝る俺に村人達は慰めの言葉をかけてくれる。
「もう駄目かと思ったけど、ハヌマーンが助けてくれて良かった」
「いなかったものは仕方ないよ、助けてくれてありがとうね」
「お兄ちゃん、父ちゃんの仇を討ってくれてありがとう」
自分達も辛いはずで、恨み言を言っても仕方がないにも関わらず村人達は俺に気を遣って優しい言葉を投げてくれたのだった。
翌朝、野盗や野盗と勇敢に戦って散った村の男衆を葬い、今後の方針を話し合う事にした。
普通に考えればこの村はお終いだ。
働き手たる成人男性を全て失ったのだから。
だが、畑仕事はこの村では女性の仕事だった。
男衆は狩りや木こりなどの危険で力仕事が必要なものを担当していたからだ。
そのため、食べていくだけならしばらくは大丈夫そうである。
この土地は肥沃で、食べられる木のみもたくさんあるため、直ぐに困窮することはないだろう。
また、男性が全滅したわけではなく、子供達は生き残っているのだ。
将来的にも希望は残っている。
しかし、領主様から命じられていた森の開墾は絶望的だろう。
そこで俺と村長の夫人だった人が、領主様のところへ話をしに行くことになったのだった。
前世の記憶にある小説の領主はロクでも無い輩が多いという偏見があったため、表面には出ないようにしつつも内心は警戒していた。
しかし、村長夫人の話を聞いた領主のクロード・フォン・アレクセイは、夫人の話に涙を流し「守れなくてすまない、貴女達だけでも無事で良かった」と寄り添うように話してくれた。
俺に対しても「よくぞ、村人を守った!」と激励してくれて、思わず目頭が熱くなってしまった。
そして村が落ち着くまで開墾は兵士が代行すること。
しばらくは兵士が村を守ることを約束してくださった。
また、俺に対しては、村を守りきった手腕を見込んで傭兵として雇われないかと提案いただいた。
傭兵として働けばお金が稼げる。
お金が稼げれば母親の助けになると考えた俺はこの提案に飛びついたのだった。
クロード男爵視点
ワシは、クロード・フォン・アレクセイ。
アレクセイ町と周辺の村を取りまとめる男爵である。
昨今、ワシが所属しているドイチル国と敵対国家であるクロイス国との政情不安により、国境付近で小競り合いが多発している。
その結果、その戦場近くの村から逃げ出した者が野盗に身を窶すということが起きた。
この地は戦場から離れているものの、村を襲いながらこちらまでやってきたのだろう。
野盗に襲われたという話をイセラ村の村長夫人から聞くことになった。
ワシは彼女の心に寄り添い、涙を流しながら夫人を慰めた。
デカい街の領主などは、村民など雑草のように生えてくる下賎なものと決めつけて粗略に扱うこともあるそうだが、ワシのような小領主がそんなことをすれば、町や村で悪評がすぐに広まって村八分のような状況になってしまう。
村人を粗略に扱うなんて考えられないことだった。
また、この開拓村に任せていた開墾作業は、領地を広げるためかつ雇用を生むための重要な事業であったため、一旦は訓練しかしていなかった私設兵の仕事としてあてることを決めた。
ついでに村に滞在して、独身の兵士に出会いの場を提供しつつ村を守る抑止力にすることを決めた。
村としても未亡人ばかりでは立ち行かなくなってしまうだろうし、再婚のきっかけになってくれるかも知れないと考えた。
夫人の隣には、妙にガタイが良い少年が一緒に来ており、夫人が落ち着いてから話を聞くと、魔法が使えて、その魔法を使って野盗を全滅させたという。
その話を聞いて、少年を激励しつつも私は危惧を抱いていた。
野盗とはいえ村の男衆を制圧するだけの実力を持つ野盗をたった一人で全滅させるなど正直信じられない話だ。
しかし、このガタイと彼が醸し出す雰囲気、そして何より野盗が来て夫人達が無事であったことから真実なのだろう。
つまり彼は覚醒者と呼ばれる、誰に習わずとも魔法を使えるようになったものだという事だ。
得てして覚醒者は、魔法への理解が独特で普通の魔法使いでは考えられないような魔法を使うことがあるという。
このような爆弾になりかねない存在を放置することは領主として出来ないと考えた私は、昨今の情勢不安への対策と、村への援助の一環という建前で、彼を傭兵として雇うことにしたのだった。
——
クロード男爵に傭兵として雇われた俺の最初の任務は、ゴブリン狩りだった。
兵士の一団とともに近くの村で目撃されたという森に向かう事となった。
ゴブリンは繁殖力が強く、哺乳類のメスならどんな生物であれ、自分の子供を作らせる事が可能な種族で、繁殖行動時に母体に渡しているのは単一生殖用のカプセルであると考えられている。
そのため、子供に栄養を送る母体さえあれば繁殖が可能なのだ。
つまりゴブリンは全てオスだとかつては考えられていたが、どちらとも言えない、またはメスしかいないと考える方が適切かも知れない。
そんなゴブリン達は人間にとっても敵対的な生物で、人間の子供ほどの知能を持ち、道具を使い、雑食性で毒でなければなんでも食べる性質から人間の女性は繁殖用に、男性は食用にする目的で襲ってくることから忌み嫌われている。
今回の討伐隊は、クロード男爵の御令息であられるクレイブ殿が指揮を執られる。
クレイブ殿はハヌマーンの10歳年上、つまり20歳の次期領主様だ。
今回は箔付けの意味もあり指揮を執るようだ。
連れている兵士も歴戦の猛者ばかりで、万が一が無いように対策されているのが分かった。
そんなクレイブ殿がハヌマーンに話しかけてきた。
「君が父上の言っていたハヌマーンか、村を壊滅出来るような実力を持つ野盗を魔法で壊滅させたとか。私は今回の指揮を執るクレイブだ。君の活躍には期待しているよ。」
「ありがとうございます、クレイブ様。私は村や母親を助けるために少しでも活躍して稼がなければなりません。今回のゴブリン討伐でも誠心誠意頑張らせていただきます。」
「村の子供で傭兵と聞いていたからもっと破天荒な感じかと思っていたが、ずいぶんと礼儀正しいじゃないか。気に入ったよ、せっかくだ。私と訓練してみないか?」
「光栄です、胸をお貸しいただけるなんて望外の幸運です。」
「ハハ、そんなに大したことじゃないさ。じゃあ次の休憩所で少しやろうか」
そうして休憩所まで着くと早速とばかりに訓練することになった。
次期領主様なのに鍛錬は欠かしていないらしい。
ここまで歩き通しだったのに疲れた様子も見せていない。
もちろん俺もオドによる回復もあって疲れなどまったくない。
「ではまず、魔法を見せてくれ。あの枯れ木に向かって魔法を二人で放って威力を見せ合おう。あ、炎の魔法はやめてくれよ。火事になってしまうからね。」
「ではまず私から手本を見せよう」
「水よ、大気に宿るその大いなる力を集いて、ここに顕現せよ。一つところに集え、浮遊せよ。そして我が前より疾く駆け抜けて穿つのだ!
ウォーターアロー!」
クレイブが詠唱すると顔ほどの水が現れて拳くらいの大きさに圧縮されたと思った瞬間に枯れ木に向かって発射された。
水は枯れ木を穿ち真っ二つに折れてしまった。
俺は自分との魔法の違いに驚かされるのだった。
クレイブの魔法は、俺が実現が難しかった物質の生成をやってのけているように見えた。
また、正規の魔法とは詠唱が必要であった事に驚きを隠せない。
「さぁ、次は君の番だよ。」
クレイブに促されて独自の魔法を使う。
あえて音を大きくして威力を下げつつ、枯れ木に向かって指弾を放つ。
パシュッという音が鳴り、枯れ木に小さな穴が空いた。
威力が低いように見えたのだろう。
兵士達はそんなもんだよなという顔をしている。
しかしクレイブだけはこの魔法の有用性に気付いたようだ。
「これは… たしかにこのような魔法が使えるなら野盗など相手にならなかっただろう」
「どういう事ですかい、坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめてくれと言っているだろロッシュ爺…」
いつまでも自分を子供扱いする傅役に文句を言いつつも気にした風もなく説明を続ける。
きっといつものことなのだろう。
「普通魔法には詠唱が必要だ。無くても使えなくはないが、魔法が暴走して自分に返ってくるリスクが高まる。だから魔法を習うものはまず詠唱を覚えることから始める。しかし、彼は無詠唱で魔法を使い、しかもその精度は高い。
それだけじゃない、最小限のコスト、最小限の威力で持って的を貫いている。
防具がないところにこれを食らえばただでは済まないだろう」
「たしかにそれができりゃあ野盗程度、どうにでも料理出来ますな。
なるほど無駄のない魔法だ。」
俺はクレイブ様の観察眼に舌を巻くのだった。
「過分な評価、ありがとうございます。ですが、私の魔法は独学ですので、詠唱も分からないなか、安全に敵を倒せる方法を模索しただけですよ。」
「クレイブ様のように高い威力の魔法を安全に使えるわけでもありません。足を引っ張ることが無いように精一杯やらせていただきますのでよろしくお願いします。」
「君は謙虚だね。分かった。本当は君の実力が低ければここで疲れさせて置いていこうと思っていたんだ。父上の命とはいえ、年端もいかない子を戦場に連れて行くのはどうかと思ったからね。それに君は良い子だったからますます連れて行きづらくてね。でも君の実力はわかった。ここまで歩き通しなのに疲れを見せる様子もないし、魔法の腕も良いとくれば子供扱いする方が失礼だ。一緒にゴブリン討伐に行こう」
どうやら試されていたようだ。
俺は魔法で疲労を常に回復出来るので、疲れ切ることは無いが、逆にクレイブ様を疲れさせることになっていたので、認めてもらえて良かった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「ま、坊主も気負わず頑張れよ。死に急ぐなよ。」
ロッシュもまた、一緒に同行することを認めてくれたようだった。
村人の案内でゴブリンが目撃された地点にやってきた俺たちは、ゴブリンがいた痕跡を探す事にした。
兵士達はあちらこちらを探してまわるが、痕跡のようなものは見つけられていなかった。
俺自身も例外ではなく、痕跡を見つけられないままでいた。
ふとした思いつきで、俺は自身の五感を強化してみる。
先ずは視力の強化。
だが、これはよくやっているし、遠くまで見ることがしやすくなる程度であまり効果がなかった。
痕跡に気付く事が出来るかは視力ではなく意識の問題なのだろう。
次に聴覚を強化してみる
兵士達の話し声や衣擦れの音、草木を掻き分ける音はするがそれ以外は掴めない。
では嗅覚を強化する
すると生臭くすえたような気持ちの悪い匂いが山の方に向かって強くなっているのを感じた。
これはもしかするともしかするかも知れない。
俺は音を消して山の匂いが強くなっていると感じる方へ向かってみる。
すると、獣道に入ったところで、多数の足跡を見つけた。
離れすぎるのは問題があると判断して、ここで一度引き返すことにした。
戻った時にちょうど近くにいたロッシュに多数の足跡を見つけたが、ゴブリンかどうか自分には知識がなくて判断がつかなかった事を告げた。
ロッシュはその話を聞いて、村人と二人で俺が見つけた獣道まで来てくれた。
「こりゃあ間違いなさそうだな」
「は、はい、以前ゴブリンが発生した時にみたゴブリンの足跡そっくりです!」
「坊主!でかしたぞ。」
ロッシュはそう言うやいなや、兵士達を呼びに行ったのだった。
ゴブリンの足跡を追っていくと、ゴブリンの巣穴と大量のゴブリンがいる事を発見した。
こちらも大人数。
見つからないように動くことなど望むべくもない。
すぐさま、お互いに存在が露見して戦闘となった。
しかし、古参兵達の戦闘能力は圧倒的で、手に木の棒やその辺の石を持つだけという貧弱な装備しか持たず、知恵も回らないゴブリンではいかに数が多かろうと、大した戦力にはならない。
ゴブリンを次々と駆逐していく。
俺も指弾を後衛からゴブリンが次々に出てくる巣穴に向かって放っていき、増援の量を減らしながらゴブリンからの圧力を減じさせることに一役買っていた。
指弾程度の魔力は、大気中のマナと口の中で無限に湧き出てくる唾液のほんの少しを使えば充分であり、喉が渇いたら水筒から水を飲めば回復するのだから非常に効率が良く、オドによる身体の疲労回復も合わさって、俺の継戦能力は一日中戦い続けても問題ないほどだ。
ゴブリンの数は流石に数が多く。
ゆうに500体以上は倒しているのに巣穴からは次々と出てくる。
前線の兵士達にも疲れが見え始めていた。
そこで、俺は両手を使うことで指弾の発射数を2にして、ゴブリンの殲滅速度を上げる。
するとさらにゴブリンからの圧が減じて前線の兵士が後方の兵士と後退する隙が生まれた。
これにより前線と後方の兵士は位置を入れ替えることに成功。
後方に下がった兵士は休憩を取る事が出来るようになった。
こうして前線は意気を取り戻した結果無事にゴブリンの殲滅を完遂する事が出来たのだった。
「よお、お疲れさん。お前さんすげー魔法使いだったんだな。訓練中の魔法を見て大した威力なんてないって思ってたけど間違いだったわ。あんだけ倒しながら途切れる事なく継続して魔法を撃てるなんて聞いた事もねぇわ。」
「ほんとほんと、坊主の支援のおかげで今回のゴブリン討伐は楽させてもらったわ」
「疲れてきた時に後衛と交代出来る隙を作ってくれたのはマジで助かったわ、あんがとな」
兵士達から次々とお礼を言われ、恥ずかしい気持ちがありつつも嬉しさが込み上げてくる。
仲間に認めてもらえたようで、安心と喜びから頑張ってよかったと胸を撫で下ろしていた。
「ハヌマーン、大戦果じゃないか。やはり父上の見込みは正しかったようだな。」
「クレイブ様!ありがとうございます。活躍出来たようで安心しました。」
「これだけ活躍したんだ。きっちり父上にも報告しておくよ。きっと追加の褒賞も出るから期待しておくといい」
「ありがとうございます!これで母にも楽をさせてあげられます!」
そうして嬉しい気持ちを抱えながら、ゴブリンの火葬を行い、病気が蔓延しないように処理を終えてから帰宅するのだった。
ゴブリン討伐を無事に終え、クロード男爵からもお褒めの言葉と褒賞をたんまりもらえた俺は、町で食料や酒を買い込んでから一路村へと帰宅することにした。
村に到着すると、村は落ち着いた雰囲気を取り戻しているように見えた。
焼け落ちた家は既に建て直されており、畑で働く女性たちとそれを手伝いながら親しく話す兵士達。
女性たちも満更じゃなさそうである。
きっと兵士達が積極的に村の復興に手を貸してくれたのだろう。
村の女性たちもその姿に絆されたに違い無い。
一時は村の存続すら危ぶんでいたが、この分なら遠くないうちに新しい夫婦や子供が誕生するんじゃないだろうか。
そうなってくれたらいいなと考えながら、村長夫人に会いに行く。
村長夫人にあっていくつかのお土産を渡した後、母の居場所を聞いて新しい家に向かう事にした。
その際に夜に会合を開きたいという話を聞いて了承した。
母親に会いに行くと目が合うなり、駆け寄ってきて俺を抱きしめて、無事で良かったといっそ大袈裟なほど喜んでくれた。
父さんもいなくなり、息子の俺も出稼ぎで村にいなかったため心細かったのだろう。
俺はお土産を渡しつつ、町であったことやゴブリン討伐で実力を認められたことなどを語り、母さんが作ってくれた料理に舌鼓をを打っていた。
母さんはそんな俺の様子を優しい顔をして、嬉しそうに聞いてくれていたのだった。
俺はしばらくクロード男爵やクレイブ次期領主様からいただいた、魔物討伐任務や身体強化と疲れ知らずな身体を生かした伝令任務をこなしたり、任務が無い暇な時は村や町で臨時の力仕事をしながらお金を稼いでいた。
もちろん飯のタネでもあり、今や趣味の一環でもある魔法の鍛錬や工夫は今でも行っている。
最近では特に移動が多くなったので旅に便利な魔法を習得した。
水を生成する魔法。
最初に探求したのはこの魔法だ。
クレイブ様が見せてくれた水魔法がどうしても気になったのだ。
クレイブ様は詠唱して水を生成、攻撃に転用していたが、これは本来あり得ないことだ。
どんなに膨大な魔力でも滝のような水、つまり物質を精製することは困難を極める。
不可能とまでは言わないが、あんな簡単な詠唱だけで魔力エネルギーを大量の水に変換するなんて出来るわけがない。
俺とクレイブ様の使う魔法では概念や法則に違いがあるのかと思ったが、異世界ならまだしも同じ世界の中で概念や法則が根本から違う魔法などあり得ないだろう。
ならば何か仕掛けがあるはずだ。
そうしてよく思い返してみれば、水よ、大気に宿るその大いなる力を集いて、ここに顕現せよという呪文は、水を生成しているというよりは、水分を空気中から集めているような言葉ではないかと思いついた。
そこで試しに、マナを使用して掌に水が溜まるように大気中から集めるイメージをすると掌から溢れるほどの水が湧き出したのだ。
やはり水の魔法は生成しているのではなく、大気中から集めているだけだったのだ!
つまり魔法はエネルギーを変換するだけでなく、魔力の届く範囲から何かを集めたり動かしたりする事も出来るという事。
この気付きをもとに、枯れ木を集めて焚き火の準備をする魔法。
砂や岩を集めて固めて椅子やテーブル、簡単な岩のフライパンや釜戸なんかの調理器具を即席で作る魔法なんかを開発した。
少量の火を安全に生成する魔法(魔法を発動しながら自分への熱エネルギーは魔力に変換する)なんかも重宝しているし、重力や空気抵抗を魔力に変換して移動速度を上げる魔法もコツを掴んで光速移動が出来るようになったほどだ。
人や建物にぶつかることもあったが、衝突のエネルギーを魔力に変換してしまうので事故にはならずに済んでいる。
今では俺の光速移動が一種の名物のようになり、仙人みたいな魔法使いさんがいるんだねと密かに話題になっていた。
そうやって順調に知名度と実力を高めていたハヌマーンの元に戦争の知らせが舞い込んできた。
かねてより小競り合いが頻発していたドイチル国とクロイス国が本格的に戦争に突入することになったのだ。
俺はクロード男爵に傭兵として男爵の陣営に力を貸して欲しいと依頼を受けた。
もちろん大恩ある男爵の依頼を断るはずもなく、俺は二つ返事で了解した。
男爵としては俺を戦闘で使用するのではなく、素早い情報伝達が可能な伝令として活用したいというようだ。
まだ準備が必要なので今日明日に出発するということはないが、俺にも準備を整えておくように指示が出た。
しばらくは村に帰れなくなるので、その事を村のみんなや母さんに伝えたり、貯めたお金で防具にマントや鉄の剣にナイフを購入したりと諸々の装備を整えていく。
また、戦争に行くという事で新しい魔法というか、今までの魔法の応用で便利な魔法を生み出した。
砂や岩を集めて簡易的で半円形の防壁を作る魔法
足元の地面を素早く盛り上げる事で自分を空中へ射出し、遠くまで見渡せる魔法
対空中に素早く状況判断するために頭と眼にオドを大量に集めて集中力と視力を高めて時間感覚を引き延ばしつつ周辺状況を細かく把握する魔法
足元の地面をより分けてしまい、簡易的な塹壕を作る魔法
そうやって戦争に役立つ魔法を考えるのが楽しくて、直ぐに戦争に向かう日になってしまうのだった。