8 別れの絆 イツミ
とんとん拍子って、こう言うことを言うのかも知れない。って言うほど、アエカちゃんの行動力のおかげで、アタシは、九月の連休にアメリカへ行く飛行機に乗ろうとしていた。
「……」
ライル博士がウチに来て、親に挨拶した時は、正直どうしようかと思ったけど……。
「イツミ~! もうすぐお空の上だね~」
飛行機の窓際のシートに、楽しそうに座るアエカちゃん。相変わらず、可憐で可愛い。
「そ~だね、アエカちゃん飛行機初めて?」
「うん、初めて♪」
「飛行機って雲の上を飛ぶんだよ、アタシその景色が好きなんだ」
「へぇ、雲の上」
キラキラと目を輝かせるアエカちゃんが、普通の子供と変わらなく見えて、とても可愛かった。
「……」
でも、空港に着いたら、アエカちゃんしかいなくて正直びっくりした。アエカちゃんが持ってたチケットで搭乗手続きをして、何とか飛行機のシートに座ったけど……。
「博士ね~、ナンか学会の発表が繰り上がったって、朝一で先に行っちゃったんだ」
あはは……、また、心読まれちゃった。全然イヤじゃないのが不思議だけど。
でも、そのまま二人だけで飛行機に乗るとは、正直思わなかった。アエカちゃんは、けっこうな超能力を持っていて、研究所から出られない立場なのに、誰もついている人がいないなんてヘンな話だ。
大丈夫なのかな?
「……大丈夫、ちゃんと監視とSPの人、周りにいっぱいいるから」
「えっ!?」
アエカちゃんの声があんまり小さくて、よく聞こえなかった。一瞬だけ、つまらなそうな顔でうつむく。
あっ……。
声をかけようとした直後、離陸のアナウンスが流れた。
「イツミ、そろそろ跳ぶね!」
何事もなかったように、アエカちゃんは笑顔で顔を上げた。
「……うん」
飛行機が、ゆっくり滑走路へ移動を始める。
「ねえ、イツミ」
「ん?」
「ユタカとちゃんとお別れした?」
ドキッ
「……」
アエカちゃんにウソ言っても、きっと、わかっちゃうから……。
「……実は、会うの、怖くてお手紙だけ置いてきちゃったんだ」
「そうなんだ?」
アエカちゃんは、前を向いていたけど、どこか違う所を見て返事をした。
飛行機が、最終滑走路に入り加速を始めた。
「もうすぐ飛ぶのかな?」
「うん、走りきった感じがして、ふわっと陸を感じなくなるんだよ」
アタシの言葉通り、走りきった飛行機が、不意に空へ舞い上がる。
「わぁ、ホントだぁ! 面白いね」
嬉しそうに、アエカちゃんが窓の外を見る。飛行機は、どんどん高度を上げて雲の上を目指していた。
「ねぇイツミ、未来ってどんなモノだと思う?」
えっ!?
「……未来?」
「うん」
突然の質問に、アタシは考え込んだ。未来がなんとなく、こんな感じ? と言うモノさえ思ったことがなかったから。
「……明日とか、一年後、十年後の自分のこととか?」
大人になったら、何になる? ……みたいなこと? 考えたことなさ過ぎて、上手く言葉にならないや。
「ん~、例えば、数ヶ月前ユタカと会ったでしょ?」
「う、うん」
颯間さんの名前が出ただけなのに、まだドキッとしてしまう。
「その時は、ボクと会うこともアメリカに行くことも、考えたことさえなかったよね?」
「うん」
正直アメリカ行きは、颯間さんにフラれて、ライル博士に出会ってお話したから決められたことだった。
「たくさんのコトがあって、イツミは今ここにいるよね?」
「うん?」
アエカちゃんは何を、アタシに伝えようとしているんだろう?
「超能力を使って見える未来って、一つじゃないんだよ」
「……」
超能力で見える未来?
「ユタカに会って、研究所にイツミが来たでしょ? そしてボクに会って、博士にも出会った」
「うん」
「でも、イツミは研究所に来ない選択も、あったよね?」
あっ……。
確かに、メモを渡されて颯間さんに興味はあったけど、夏休みでなければ行かなかったかも知れない。
「うん、そうかも……」
「その時にはね、同時に二つの未来が存在していて、見える能力者は二つともの未来を見ることが出来るんだよ」
「……」
それは、どう言う意味なんだろう?
「決められた未来は確かにある、でもね、それは一つじゃないんだよ」
「……」
アエカちゃんの言葉に、アタシの胸がドキドキし始める。
「アエカちゃん、それって……」
アタシと颯間さんのこと?
「……」
アタシ、もしかしてまだ、あきらめなくてもいいの?
「……うん、イツミには二つの未来があるんだよ?」
自分の鼓動が、全身で響いている。
「でも、あと少しで一つの未来に決まってしまう」
「えっ!?」
「……そしてね、ボクの未来も、ユタカの未来も半分なくなってしまう」
えっ!?
アタシは、大人びた顔で言うアエカちゃんを見つめた。
「それって……」
アタシの選択で、見えていたはずの未来の半分が決まってしまうこと?
「……ユタカが今、車で空港に向かっているよ?」
「えっ?」
無表情なアエカちゃんが、別の空間を見つめて言う。
「助手席に、イツミの手紙が置いてある」
アエカちゃんの言葉に、ドキッとする。
「引きとめようとしてるのかな? イツミはもう空の上なのにね?」
遠隔透視?
アエカちゃんは、ここにいて、空港に向かう颯間さんを見ている。
あと少しで閉ざされてしまう、半分の未来。アタシの鼓動が速くなる。
「アエカちゃん、アタシの選択する未来って、聞いちゃダメなモノ?」
「……うぅん大丈夫、イツミが選ぶ未来だから」
「お願い、教えて?」
何故か、ものスゴく嫌な予感がする。
「イツミの選択は二つ、一つはこのままアメリカへ行く未来、もう一つはユタカを助けて日本に残る未来」
「えっ?」
颯間さんを助ける?
「……これからユタカは高速で事故にあう、一つはイツミに助けられる未来、もう一つは引火した車の爆発に巻き込まれて…」
「……っ!?」
全身に冷たいモノが走った。……事故に、巻き込まれて?
「……ユタカの一生が終わる未来」
!!??
「それって、あとどのくらい? どうやって助ければいいの? ……アエカちゃん!」
アタシは、アエカちゃんの肩をつかんで何度も揺さぶった。つかんだ腕が震えている。時間がない、だってもうこんな空の上……。
「アエカちゃん? アエカちゃん!!」
アタシどうすればいいの?
「颯間さんを助けるには、どうすれば?」
全身がガクガクと震えて、アタシは、泣きそうな悲鳴をあげた。
「……イツミ、見て?」
頭を抱えるように、アエカちゃんの小さな手が挟むようにアタシを包む。そして、額にアエカちゃんのおでこが触れる。
!!??
頭の中に、突然、映し出される映像。
颯間、さん?
車の中、イライラしたような颯間さんが運転している。助手席の上に、手紙が開いた状態で置いてあった。それは、アタシが書いた手紙だった。
そして、……あっ。どこで迷い込んだのか、一匹の子犬が路上に立っていた。すでに轢かれた後か、真っ赤に染まる胴体の切れ目から、垂れ落ちる鮮血。震えながらなんとか立っていて……。
『間に合わない!』
颯間さんが、あわててハンドルを切ろうとしたが、ちょうど走って来た左斜線の車に激突してしまった。
『―――…イツミッ!』
颯間さんの声が、頭の中で響いた。
「―――…~~っ!!??」
アタシは、声にならない悲鳴を上げた。
だって、だって……。
「イツミ、急がないとユタカが!」
えっ? 悲鳴にも似た、アエカちゃんの声に震える。
「あっ……」
ヤだ、怖い……。だって颯間さんが、……アタシ、どうすればいいのか、わからな……。
「イツミ!」
小さな手が、アタシの両肩をつかんで揺さぶった。幼さに不釣り合いなほどの真剣な瞳。
「……アエカ、ちゃん?」
「博士の言葉を思い出して、強く願えば、イツミはユタカの所でもドコでも行ける力があるんだよ?」
「……ツヨ、く?」
「そう、イツミにはユタカを助けられる力があるんだよ?」
「……」
アタシ、が? 颯間さんを?
「早く、時間がない!」
「……っ」
颯間さん、颯間さんっ!
アエカちゃんの言葉で、アタシは颯間さんのことを強く想った。頭が、ズキンッと痛くなる。
アタシは、頭の中で、アエカちゃんの見せてくれた映像を思い描いた。あそこへ行かなくちゃ、颯間さんを助けなきゃっ!
颯間さん……、ソウマサン。
颯間さんっ!!
「……あっ」
目の前に、倒れた颯間さんが見えた。まわりの音と言う音が消え、空気の幕のようなモノがアタシの体をすり抜ける。
時間の止まった色のない世界…―――
アタシは、それどころじゃなく目の前に続く長い道を凝視していた。あなたへと繋がる、白い真っ直ぐな道、アタシが作った白い道。
「颯間さん……」
アタシは、真っ直ぐに墜ちるように下に伸びる道へ、ためらうことなく飛び降りた。
はやく、一秒でも速く、あなたのもとへ…―――
墜ちるように続く、白い真っ直ぐな道。音のない白い空間、歪んで止まる景色。
あなたへと続く道を、時間と空間を引き寄せて、アタシは、ただ真っ直ぐに、まっすぐに進んだ。