4 運命と宿命と ユタカ
何度も、何度も、見続けてしまう夢…―――
まだ夜明け前の、朝もやのかかった高速を愛車で走っている。
はやく、もっと速く! 間に合わない、飛行機が行ってしまう。
あせる俺は、最大限のスピードを出すためにアクセルをギュッっと踏みつけた。前方に走る車はなく、いくら飛ばしても進んでいる気がしない。右斜線をずっと、ずっと走り続けた。
はやく、早く!
「―――…っ!?」
どこで迷い込んだのか、一匹の子犬が路上に立っていた。すでに轢かれた後か、真っ赤に染まる胴体の毛から、落ちる鮮血。震えながらなんとか立っていて、ブレーキを踏もうとしてもこのスピート。
ダメだ間に合わない!
あわててハンドルを切ろうとしたが、ちょうど走って来た左斜線の車に激突してしまった。
『イツミッ!!』
ハッ、と目を覚ますと、いつもの天井。積み上げられた本に囲まれた研究室のソファの上。嫌な汗が、額をびっしょりと濡らし、心臓が、まだバクバクと言っている。
「……久しぶりに見たな」
彼女と出会ってからは、初めて見る夢。
「……」
まるで、もう少しだよ? と、言われているみたいだ。
俺は、近くにあったタオルで額の汗を拭い、嫌な感情を吹っ切るため、何度か頭を横に振った。目を閉じると、浮かぶイツミの華奢なワンピース姿と、無邪気に笑う顔。
「……」
勘違いするな、彼女は悪くない……。
ピンポーン、とドアフォンからチャイムが鳴った。時計を確認すると、午前10時を少し回った所だった。
「もうそんな時間か……」
俺は、ボサボサの頭をワックスをつけた手で撫でつけて、白衣のボタンをしめながら、入り口までお客を迎えに急いだ。この時間に来るとしたら、イツミくらいだろう。
アイスクリームくらい、冷凍庫に買い置いておけば良かっただろうか?
「はい、どうぞ?」
解除キィボタンを押し、ドアを開けると……。
「あれ?」
目の前には、誰も立っていない。
「……」
そんなイタズラをするのは、今のメンバーでアイツしかいない。
「出て来い、いるのはわかってるんだからな!」
「ふふふ……♪ イツミじゃなくてザンネン?」
真後ろから、可愛い少女のような子供の声。
「……お前なぁ」
心の声を読むなよ?
無言で睨むと。
「しょうがないよ、ユタカでっかく考えすぎ~」
やっぱり、読んでいる反応だった。
「ハイはい、分かりやすくて、でっかい思考のユタカさんですヨ?」
「そう、ユタカが悪い!」
目の前にいる子供は、キャハハ、と笑うと琥珀色の長い髪を揺らし、白いフリフリのワンピース姿とは不釣合いの不適な笑顔で俺を見上げていた。
「……で? お前が自分からここに来るなんて、めずらしいな」
「うん、気に入っちゃったんだ」
「何を?」
「イツミのこと」
「……」
確かに、めずらしく、楽しそうに笑っている。
「会ったのか?」
「うん! ねぇ、イツミって、ユタカの運命の人?」
「……」
「ずっと、待ってた人?」
「!?」
オイオイ……。
「……お前、俺の夢まで見れちゃうのか? マジで暗室監禁、脳波解析すっゾ!?」
首根っこ捕まえようとしたら、キャーッ! と笑って積み上げた本の真上にテレポートされた。これだから超能力者ってやつは……。
「アハハ……♪ 仕方ないよ、頭の中に流れてきちゃったんだもん、でっかく夢見てるユタカが悪い!」
「ハイはいっ! でっかく夢見てる俺が悪いのね? って言うか、どうやったら小さく夢見れるんだよ?」
「知らなぁ~い♪」
まったく、この研究室でプライベートなんてありゃしねぇ。
「仕方ないよ、僕たちにとってユタカ達が唯一の外界なんだからさ」
「……」
大人びたように笑う顔に、なぜか俺は罪悪感を覚えた。能力の高い超能力者は、コントロール出来ない限り外界から隔離されてしまう。
「……イズル」
「この格好してる時は、アエカって呼ぶんだよ? パパに叱られちゃう」
何かの、ごっこか?
「……じゃあ、アエカ」
「なぁに?」
この子に、なぐさめなんて言っても、なんの意味もないことは分かっていた。
でも……。
「学校へ行けるようになれば、友達がたくさん出来るようになるさ」
「……うん、でもユタカも友達だよ?」
ニッコリと笑う顔が、まるで少女のように可憐で、可愛かった。
あぁ、と返事をする前に、またドアのチャイムが鳴った。
「イツミだ!」
嬉しそうに、イズルは本の上から一瞬で降りてきた。
「はい?」
ドキッ、とする心臓を抑えて、俺は、ドアを開ける。
「こんにちは」
淡いブルーのワンピース姿のイツミが、そこに立っていた。無邪気に笑う顔がまぶしくて……。つい目を細めて見つめてしまう。
「……」
「イツミ~!」
はしゃいでイツミに飛びつくイズルが、一瞬でも可愛い少女に見えてしまうのが、なんとも言えず腹立たしい。でも、こいつから他人に触れるなんて珍しいな……。
「あぁっ、あの時の……?」
「うん、アエカだよ? また会えたね、イツミ」
「アエカちゃんって言うんだ? ヨロシクね」
「やっぱり、イツミは跳べる人ナンだね!」
「あっ、……そう、なのかな?」
イツミは、困ったように俺を見上げる。俺は、仕方なくイツミの頭に手を置いて、かばいながら、イズルの前に立った。
「イズ、……じゃない、……アエカ? 彼女はまだ、能力の自覚がないんだ」
「……ジカク?」
「呼吸をするのとかわらない、お前のようにはいかないんだよ?」
研究所内の色々なサンプル体を知っているイズルなら、幼くてもきっと理解してくれる。そして、その中で自分が特殊で特別な存在であることも……。
「……、そっかぁ」
イズルはガッカリしたような顔をして、床にしゃがみこんだ。
「……ごめんね、アエカちゃん」
見かねたイツミが優しく声をかける。驚いたようにイズルは、イツミを見上げて、彼女の顔をじぃ、と見つめた。
「……」
オイオイ、イツミの心を堂々と読んでるんじゃないぞ? イズル。俺は、心の中でイズルに注意したが、その声も届かないくらい、夢中でイツミを見つめ続けていた。
まさか、イズル…―――
「アエカ、ちゃん?」
不思議に思ったイツミが、イズルの顔の前で手を振ってみせた。
「アエカちゃん? ……大丈夫?」
「……」
「ん?」
「……」
覗き込む、優しい瞳…―――
「……ありがとうイツミ、目覚めたら一緒に跳ぼうね」
我に返たイズルは、にっこりと可憐に笑うと、そのままスルッと消えてしまった。
「……行っちゃいましたね」
「あぁ……」
もしかしてイズルは、未来を、見ていたのだろうか? 彼女の……。
「颯間さん、今日は?」
照れくさそうにはにかんだイツミが、なにやら嬉しそうに俺を覗き込んで言う。
「あぁ、今日は透視の実験をする」
「透視!?」
驚くイツミを応接まで通して、テーブルに何枚かのカードを置いた。
「このカードに記されているマークを当てる、簡単なゲームだ」
「……ゲーム?」
「そう、一つ当たれば、このキャンディがもらえる」
上司のライル博士をマネて言ってみると、キョトンとしたイツミが、プッと吹き出し笑い出した。
「子供扱いしすぎですよ~?」
確かに、ちいさな子供に教える口調だった。そのお陰で、ゲームと言う名の透視テストを、彼女にはリラックスしてやってもらえた。
「……」
ここ数日、俺の研究室に通ったイツミの能力結果は、こうだった。
テレポーテーション30
テレパシー40
念力30
透視50
結果…―――
非常に優れた、潜在的能力の持ち主である。ただし、本人の強い意志によりのみ発動するタイプである。訓練すれば、かなりの能力者になるだろう。
彼女が、望めばだけれど……。
イツミの無邪気に笑う顔を思い浮かべる。いつまで、彼女と俺は、こうしていられるだろうか?
よぎる不安が、イツミの笑顔でゆっくりと頭の奥底へ消えていった。