3 プロジオ研究所・颯間研究室 イツミ
「……」
き、消えた!?
「……っ、今のが、もしかして超能力!?」
あんな当たり前に、人が目の前から消えるなんて……。アニメや映画の世界みたいだよ。そんな人達ばかり、ここにはいるんだろうか? ……なんて、ものスゴい所なんだろう。
『颯間研究室へ到着しました、正面のドアへ進みパネルにタッチしてください…―――』
ドキッ
いつの間に着いてしまったのか、球体が、一つの白いキューヴの建物の前に止まっていた。
ここに、あの人がいる……。
ドキドキする胸を押さえて、アタシは、髪と服を整えて球体の中から降りた。アナウンス通り、正面のドアのパネルにタッチすると……。
『照合確認、ようこそ颯間研究室へ…―――』
言うなりドアが開き。目の前にもう一つドアが現れた。
「……ものスゴく、厳重なんだな」
ドアにはパネルがなく、インターフォンのみが設置されていた。
「……緊張するな」
押して、しばらくすると……。
バタンッ、ガタガタガタンッ!! とドアの向こうで、騒がしい音が聞こえてきた。
なんなんだろう? 超能力の実験とかかな?
不安に思っているアタシの目の前で、音もなくドアが開いた。
「はいっ、どなた?」
ドアが開くなり目の前に現れた人は、あわてたようにそう言った。髪はボサボサ無精髭はのびたまま、くだびれた白衣を引っ掛けて、何とか立っていると言う感じのおじさん? だった。
「……っ、あの~、颯間さんと言う人に呼ばれて来た、佐藤五美ですが……」
間違って、ないよね?
「えっ!? 来てくれたの? ……今日って何日だ? ち、ちょっと待ってて? ……イヤ、中に入って、今お茶入れるから!」
そう言った、おじさんは、足の踏み場もないくらい積み上げられた分厚い本の壁の隙間をぬって、部屋の奥へと行ってしまった。
「……」
入れって、この古い、ホコリの臭いのする本の山の中に、だよね?
「……お邪魔、します」
それより颯間さんは、ドコにいるんだろう?
積み上げられた本の背表紙には、『多次元概念論』『超常現象と科学歴史Ⅶ』とか『特殊能力者と深層心理③』『世界超能力者ファイル20××』『ジェファード博士研究ファイルⅣ』など、難しそうなタイトルが書かれていて……。本棚ないのかしら?
この古そうな本たち全部、超能力についての本ばかりなんだろうな、きっと。こんな風に置かれているってコトは、当たり前に読んだってってコトで、アタシは、その膨大な量に感心してしまった。
そして、おじさんの消えた細い通路を進み、なんとか広い所へ出た。
そこには、低いテーブルと向かい合ったソファが置かれていて、なんとかその周りだけは、本が置かれていない状態になっていた。
テーブルの上に、入れたばかりらしい冷たい麦茶が置かれていて、でも、おじさんの姿はない。
どうしよう?
「……あのう?」
「あぁ、……すぐに行くから、もう少しだけそこで待ってて?」
不安になって声をあげてみると、こもった感じの声がドコからかして、仕方なく、アタシはソファに座って待つことにした。
「……」
高く積み上げられた本に囲まれた空間が、不思議と心地いい。見上げると、天井に近い位置に窓が作られていて、良く晴れた青空が見える。
外の暑さが、嘘のように感じてしまうくらい、ここは快適な空間だった。
突然、ガタガタッと、本の壁の向こうから騒がしい物音がした。
なんだろう? と音のした方へ、本で出来た道を進もうとした時。目の前に、白衣が迫って来て……。
えっ!? ぶつかる?
アタシは、耐えるためにギュッと目を閉じた。大きな壁みたいな、白衣にぶつかった反動で倒れそうになる身体を、何かが支えてくれる。
「えっ?」
「……っ!」
あ、れ? ……痛く、ない。
「大丈夫?」
「……あっ、はい」
顔を上げると目の前に、心配そうな颯間さんの顔。それが、あまりにも近くて、アタシの顔まで、カァっと熱くなった。つかまれた両肩に、颯間さんの大きな手から伝わる熱を感じる。
颯間さんの真っ直ぐな視線が、更に恥ずかしくて……。
「……?」
何故かそのまま、ずっと見つめられ続けているから、どうしていいのかわからない。
なんで、こんなに見られているの?
ドキドキと高鳴ってしまう心臓は、こんなに至近距離で見られているせい。彼の濡れた前髪の先につく雫が、落ちそうで落ちない。その奥の眼差しが……。
「……っ」
見とれそうになる自分を無理矢理制して、あわてて口を開く。
「……あのっ! ……もう、大丈夫ですから」
離して下さい、見ないでください。心臓が、もたない……。
「―――…えっ!? あぁっ、……ご、ゴメン」
我に返った颯間さんが、あわてて、アタシを放す。
ほんのりと石鹸の香り、颯間さん、まさか今シャワー浴びた? もしかして、あのヒゲのおじさんが颯間さんだった?
「……あのう、アタシをここへ呼んだのって、何だったんでしょうか?」
汗だくだった自分が恥ずかしくて、颯間さんから離れながら、アタシは聞きたかったことを口にした。
「あぁ、そうだったね、取りあえず座って?」
颯間さんが勧めるソファに、アタシは、取りあえず座った。向かいのソファに、ゆっくりと颯間さんが座る。
「この前の日の、話をしたくて」
「この前?」
と言うと、初めて会った、あの日のこと?
「そう、あの日キミは、子供を助けた」
「……」
目の前に座る颯間さんが、意味深そうに言葉を切り、アタシを一瞬見た。
ドキッ
その大人っぽい仕草に、アタシの心臓は、更にうるさくドキドキし始める。
「……キミは、きっと無我夢中で子供を助けようとした、……その時のことは覚えている?」
「はい」
あの時、アタシは一瞬見えた、間に合うかも知れない道を、必死で走った、……と思う。後になって、不思議ちゃん過ぎて、誰にも言えなかったことだけど。
「……ただ」
「ただ?」
「……」
この人なら、こう言う研究をしている颯間さんなら、笑わないで聴いてくれるかも知れない。
「……声が、聞こえたんです」
「どんな声?」
低くやわらかい颯間さんの声に、いざなわれるようにアタシは目を閉じて、記憶の先のあの声を思い出そうとした。
「……『今なら、まだ間に合う!』って、知らない人の声、男なのか女なのか分からない……」
「それで?」
閉じたまぶたの向こうから、落ち着いた、颯間さんの声が響く。
「……それで」
アタシは、目の前に、一瞬見えた道を必死で走った。
「道が、見えたんです」
「道?」
「はい、そこ以外は、時間が止まっているみたいな、……白い道」
「それで、君は、どうしの?」
ゆっくりと問いかける声。
「まだ間に合う! と思って、……必死に走りました」
身体中、ヘンな違和感がして、気付いたら……。
「気がついたら、俺の腕の中だった?」
「―――…っ!!??」
颯間さんの言葉に、アタシは、一気に身体中の体温を上げて目を開いた。真っ直ぐにアタシを見つめていた、颯間さんと目が合い、あわてて視線を落とす。
な、何なのこの人、さっきから、じぃっと見つめて来て、ムチャクチャ恥ずかしいんだけど?
「瞬間移動」
「えっ?」
テレ? ……テーション?
「瞬間移動、キミが体験した、キミの持っている能力の名前だ」
「……アタシの、能力の名前?」
颯間さんは、無言でゆっくりと頷いた。
「全然、説明せずに、ここへ来てもらったけれど、ここは超能力について研究している施設なんだ」
「ここへ来るまでに、乗って来た乗り物のアナウンスで、ちょっとだけ聞きました」
「あぁ、そうだったね、俺はここで、未発達の能力を持つ子達の能力訓練や心理面のケアを主に行なっている研究者なんだ」
「……」
不意に、さっき出会った女の子の顔を思い出す。
「……あの、アタシの能力って、どんなものなんですか?」
確か、瞬間移動
「うん、人によっての個人差はあるけれど、別の空間を利用して、瞬間的にAからBへ移動出来る力だ」
「……」
ま、漫画とか映画でしか、見たことも聞いたこともない話。そんな力を、アタシが持っているだなんて……。
「あの時の他には、こんな風に白い道が現れたことはない?」
颯間さんが、真っ直ぐにアタシを見て言った。
「……はい、多分、アレが初めてです」
「じゃあ他に、変わった経験をしたことはない?」
変わった経験?
アタシは、もっと幼い頃の記憶を頭で思い浮かべてみる。
「……えぇと、……よく思い出せないけど、ないと思います」
「変わった夢や場所の記憶はある?」
夢?
「……思い、当たりません」
「……そうか」
颯間さんは、そうつぶやいたきり、スッ、と押し黙ってしまった。
「……?」
えぇと……。
「……あのう、颯間、さん?」
どうしちゃったんだろう?
「……」
頭のいい人って、たまに集中力がスゴくて、こんな風になるって漫画とかで読んだことあるけど、颯間さんも、そう言う人、なのかな?
「颯間さん?」
顔の前で手を振ってみても全然気付かない。スゴい集中力。
でも、そのおかげで、颯間さんの整った顔をじっくり見てしまった。スッっと、通った鼻筋、意外と長いまつ毛、精悍な頬のライン、キレイなアーチを描いた眉。触れたら、どんな感じだろう?
「えっ?」
頬に触れる数ミリ手前で、颯間さんが我に返った。
「あっ、気付いた」
「えっ!? ……あれ? 俺、固まってた?」
ワケがわからない感じで、キョロキョロとまわりを見て、颯間さんがつぶやく。
「はい、急に黙っちゃうから、どうしようかと思いました」
「本当にゴメン……、今後の君のことをちょっと考えてて」
「今後?」
「あぁ、しばらくここに通う気はない?」
「ここ、ですか?」
何故か、嬉しいと思う自分がいて、正直変な気分だった。
「あぁ、君の能力についての説明と、自覚したばかりでコントロールが効かないと私生活に影響が出てしまうから、そのための訓練も兼ねて」
「……」
何かがハジマル予感がした。
「今の生活に、負担にならないくらいでいいんだけど、どう?」
そう言った颯間さんの笑顔が、とても素敵に見えたから、胸の鼓動がドキドキと大きく波を打ちはじめる。
「……はい」
アタシは、気付いたら颯間さんの申し出に、頷いてしまっていた。