02話 旅立ち
そうだ。
この世界を渡り歩いてみよう。
私はそう思い始めていた。
阿婆擦れ、色情、淫乱、淫売、痴女、売女。
周りからはそんな言葉で呼ばれている。
誰だってそんな噂の魔術師になんか、自分の大事な家族を弟子入りさせる筈がない。
実際の私は、性に奔放ではない。
どちらかと言えば、性に関しては奥手だ。
女性の身体で性交した経験がないから、怖い。
自慰はしないのかと聞かれれば、している。
性交が怖い理由は、自慰だけでも頭の中が真っ白になるのに、したら私はどうなってしまうか分からないからだ。
だから好きな相手が出来るまで、自慰で十分だ。
それにだ。
制約スキル『羞恥』の条件を満たすには仕方ない。
私のしている格好を理解して欲しいとは言わない。
でも、私の格好だけで判断しては欲しくない。
中身もしっかりと見てから言って欲しい。
私が望むのはそれだけだ。
◇◇◇◇
気づけば私ももう三十歳。
この世界に転生してからそんな月日が経っていた。
いまいち歳をとったと実感が湧かない。
多分それは私がエルフのせいだ。
外見は十五歳程で止まってしまっている。
エルフは何百年と生きる長命の種族だ。
実は私、純血のエルフの両親の間の子供なのだ。
だから小さい頃、千年は生きると言われていた。
私の住んでいたエルフの集落はもう存在しない。
一部の悪い人間達が、純血のエルフを狙って集落を襲撃してきたのだ。
何故なら、純血のエルフの身体は不老長寿の薬になると信じられており、非常に高値で取引されていたからだ。
その頃、私は既に集落を出ていて無事だった。
この街に来て、魔術士として修行に勤しんでいた。
だが、私の両親は人間達と戦って命を落とした。
他にも多くの集落の人達が抵抗し、犠牲となった。
襲撃の話を聞いたのは、その日の夜の事だった。
冒険者ギルドの討伐依頼にオルディアと共に出掛け、街へと戻ってきた際に、オルディアがその話を耳にした。
とりあえず、冒険者ギルドに報告を済ませると、私は取る物も取り敢えず集落へ向かおうとした。
すると、オルディアが私についてきてくれたのだ。
数日かけ集落につくと、建物は破壊されたり燃やされたりしており、酷い有様だった。
そこにはエルフの遺体は一つも無く、抵抗され殺された人間らしき死骸だけが放置され、動物や魔物の餌になっていた。
恐らく、純血のエルフの集落なので、遺体も全て持っていかれてしまったのだと、私は悟った。
何か両親の痕跡でもと、私は実家のあった場所へ。
実家の前の辺りに、夥しい血がついた長剣と、宝石部分が割れた杖が落ちていた。
その近くで、母の耳飾りと父の耳飾りを見つけた。
状況的に見て、魔法剣士の父と魔術士の母が応戦していた跡だと判断するに至った。
二人の耳飾りは形見として大事に保管している。
集落から街まで帰る私の足取りは非常に重く、一週間程かかってしまい、オルディアには迷惑をかけっぱなしだった。
それでもオルディアは、私を優しく慰めてくれた。
◇◇◇◇
「ティリエス?俺と結婚しよう!!」
オルディアに話したい事があると言われ、彼が定宿にしている宿屋の部屋まで私は来ていた。
「えっ!?なんで…私なんですか!?もっと…オルディアのお嫁さんに相応しい女性、いっぱい居ますよね?」
何故私がそんなことを言うのには理由があった。
本名はオルディアス=グエスディエルと言った。
しかも名門の貴族グエスディエル家の長男だ。
騎士という職は貴族に連なる者か、使用人のみだ。
「俺はティリエスじゃないとダメなんだよ。」
友達以上恋人未満の関係を長く続けたせいなのか。
オルディアも私も依存関係が出来てしまっていた。
肉体関係は一切ない、二人の不思議な関係だった。
「なら…私の初めての相手して頂けますか?」
この世界でオルディアは晩婚の部類に入っている。
年齢だって私より上の筈だ。
だから私も、オルディアの事を色々考えていた。
「ティリエス?これまで何度、俺がお前を求めても、ダメですって言い続けてただろ?こんなにあっさり受け入れて良いのか?」
「これは私の本音ですから聞いて下さい。本当は私、初めての相手はオルディアじゃないと嫌なんです。」
「何だよ…。やっぱりあの時、無理矢理でも結婚しちまえば良かったんじゃないかよ!!」
あの時とは、私の故郷が襲撃さえた時の事だろう。
生きる気力を失っていた私は廃人のようだった。
唯一の心の支えはオルディアだけだった。
だから、結婚をゴリ押しされていれば、今頃は子供も居たかもしれない。
「オルディア…きて?」
◇◇◇◇
ようやく二人は宿屋のベッドの上で一つになれた。
私も女の悦びを味わってしまい、止まらなかった。
二人の気持ちが完全に重なり合ったのを感じた。
オルディアから私を家族に紹介したいと言われた。
朝起きた時オルディアの隣に私が居たらと返した。
そしてオルディアは私の唇を自分の唇で覆った。
朝方まで、色々な体勢でオルディアと愛し合った。
◇◇◇◇
私はオルディアに腕枕をされてベッドの上にいる。
流石にオルディアは疲れたのか私よりも先に寝た。
「(オルディア…。ごめんなさい。『睡眠』。)」
私はオルディアに向けて魔法を唱えた。
これで私が腕から頭を退けても起きる事はない。
何故だろう、私の目から涙が溢れ出て零れ落ちる。
「オルディア…。昔から大好きだったよ…。」
オルディアを見ると胸がギュッと締め付けられた。
「私だって、本当は離れたくないよ…。」
これは私自身で決めた事だと自分に言い聞かせる。
ギュウウウウッ…
ずっと出来ずにいたが、心残りはしたくなかった。
私は自分からオルディアを思い切り抱きしめた。
「ごめんね…。私、もう行かなくちゃ…。」
オルディアの体温を感じつつ私は身体を起こした。
でもこれ以上は私を蔑むこの街には居られない。
ベッドから私はそっと降り、床の上の防具を拾う。
そして、私の寝ていた場所へ手紙をそっと置いた。
チュッ…
そして、去り際にオルディアにそっと口づけした。
オルディアが起きる頃には私はこの街には居ない。
少し酷な話かも知れないけれど、私の選んだ道だ。
この街の住民達は私の事を必要としていなかった。
私の事を必要としてくれる街を探して、旅立つ。
────オルディアへ
私が駆け出しの魔術士の頃、冒険者ギルドの討伐依頼に一人で挑み、殺されかけた私を救ってくれたのが、オルディア…貴方でした。
その日から、貴方からの提案で私は一緒にパーティを組むようになりました。
今まで、色んな事ありましたね。
一番、貴方に気持ちが傾いた出来事はやはり、一緒に私の故郷の集落に行ってくれた時でした。
失意のどん底で生きる気力を無くした私を、一週間付きっきりで傍に寄り添ってくれましたね。
隙あれば自殺しようとする私を、必死で止めてくれました。
今の私が居るのは貴方のおかげです。
貴方からの付き合って欲しい、結婚して欲しいという申し出を、毎回断ってしまってごめんなさい。
本当は、すぐにでも貴方と一緒になりたかった。
でも、貴方はこの地を治める名門の貴族グエスディエルの長男です。
この街で良くない噂の私と一緒になれば、ご実家にご迷惑がかかるのでいけないと思いました。
なので、好きな気持ちを押し殺しておりました。
でも、もう私はこの街を出ることにしました。
世界を渡り歩いて、私の力を必要としている場所で頑張ろうと思います。
良くない噂がある街では弟子も誰も来ませんし。
だから、追いかけて来ないでとは言いません。
貴方が私を本当に必要であればそれに応えます。
この世界で一番貴方の事が好きでした。
では、お元気で。
ティリエスより。愛を込めて。────