仕事に生きるわ 生きるために(切実) 1
セオドア・ウォーカー子爵令息との婚約破棄は、手早くチャチャッと終わりました。
私、忙しいので。
実際に婚約破棄の手続きをしたのは、父ですけれどね。
我がビアズリー伯爵家の経済状態は厳しいので、さっさと片付けて働かなくてはなりません。
「アイリス。ウォーカー子爵家との婚約を破棄したから、今まで通りとはいかないな」
「そうですわよね」
「ウォーカー商会で事務の手伝いをしていたのだろう?」
「はい、お父さま。伯爵家の娘が売り子をするわけにもいきませんので。事務と、裏方の商品管理などを受け持っておりましたわ」
「事務か……」
「私、どこへ働きに行けばよいのでしょうか?」
「そうだな……伯爵家の一人娘が働くのだから信用できる所でないと……ん。それでは、サットン商会に聞いてみるとするか」
と、いうことで。
私はサットン子爵家が営む商会で働くことになりました。
◇◇◇
「キミがビアズリー伯爵家の一人娘……」
「はい。アイリスと申します」
サットン商会の取締役室に面接へと参りました。
面接相手は、商会代表であるサットン子爵です。
サットン子爵は24歳。
金髪碧眼の、無駄に顔が良いタイプです。
「ビアズリー伯爵というと、アンズリー侯爵家の……」
「はい。アンズリー侯爵は私の祖父でございます」
「キミが結婚してビアズリー伯爵家を継いだら、父上がアンズリー侯爵になるのかい?」
「はい。そうです」
「では。キミの夫となる人は将来、侯爵家を継ぐことになるのだね」
「はい。そうなりますわ」
おそらくエメリア・ミルズ男爵令嬢は勘違いされているのでしょうけれど。
セオドア・ウォーカー子爵令息は、未来の侯爵さまではありません。
婿に入ることで伯爵位を得て、その後、侯爵になるという道は、私と婚約破棄した時点で途絶えました。
セオドア・ウォーカー子爵令息は次男ですから、子爵位を継ぐこともありません。
ですが、ウォーカー商会は大きな商会で儲かってもいますから、安心しているのでしょう。
今となっては、私に関係のない事ですけれどね。
「未来の侯爵夫人だというのに、キミはサットン商会で働きたいのかい?」
「はい。サットン子爵さまがよろしければ、働きたいと思っております。祖父の方針で、ビアズリー伯爵家はアンズリー侯爵家からの援助を受けておりません。ビアズリー伯爵家の領地は狭く、これといった産業もございませんの。そのため、ビアズリー伯爵家の財政は厳しいのでございます。それに……」
「それに?」
「私は働くことで将来、領地を盛り立てるためのヒントを得たいと考えておりますの」
「野心的だね」
「ありがとうございます」
「ならば、サットン商会で働いてみたらいい」
「ありがとうございますっ」
こうして私は、サットン子爵の元で働くことになりました。
◇◇◇
「アイリス君。キミは字が綺麗だね」
「ありがとうございます、サットン子爵さま」
「それに、計算も早くて正確だ」
「ありがとうございます」
仕事を褒められるなんてこと、ウォーカー商会で働いていた時にはなかったわね。
あら、いけない。
必要のない事を思い出してしまいました。
「これなら帳簿付けも任せられるね。やってみるかい?」
「はい」
私は帳簿付けを手伝いながら、商売に関わる流れを学んでいきました。
そうこうしている間に月末となり。
受け取った小切手の桁に驚くこととなるのです。