コミカライズ4巻発売記念短編・聖女の鐘を鳴らすのは(上)
鏡ナオ先生(構成:吉田屋敷先生)によるコミカライズ四巻、発売中です。
こちらはその、特別記念短編となっています。
少し長いので上下に分けまして、こちらはその(上)となっております。
「ハンドベル?」
放課後。
献身部の部室でくつろいでいると、部長が小箱を抱えてやってきた。
「うん」
そう言いながら、部長は持っている箱をテーブルの上に置く。
箱の中身を覗くと、そこには六人分のハンドベルが。
かなり年季が入っていそうだが、見た目は決して悪くない。
「今はもう使っていない献身部の古い倉庫にあってね。珍しいから、持ってきたんだ」
部長は続けて、そう口にする。
「へえ、ハンドベルか。昔、孤児院に寄付したことがあるよ。福祉活動の一環でね」
「わたくしは子ども頃、音楽の先生に言われて、演奏したことがありますわ。懐かしいですわね〜」
フェリクスとオレリアも近付いてきて、二人とも思い思いにハンドベルを手に取っていた。
「あら、あの倉庫にまだこんなものが残っていたのね。片付けが終わっていて、もうなにも残っていないと思っていたわ」
淡々とそう言うのはモニカさんだ。
表情が一切変わっていないが、怒っているわけではない。彼女はいつもこの調子なのだ。
「クラリスは、ハンドベルを触ったことってある?」
「私は……ないわね」
フェリクスの質問に、私はそう答える。
死に戻り前の人生を通しても、ハンドベルに触れたことはない。
そもそも、元々の私はこういう地味なものではなく、バイオリンやピアノといった花形の楽器を好んでいた。
オレリアと同じく音楽の先生もつけられたけど、『なんで私が、こんな貧相な楽器を使わないといけないのよ!』と反抗したこともあったわね……。
今となっては懐かしさよりも、その先生に対する申し訳なさの方が大きい。
「クラリスくんはちょっと違うみたいだけど、みんなは少なからずハンドベルに思い出があるみたいだね。せっかく出てきたんだし、これでなにか出来ればいいんだけど……」
部長は顎に手を当て、一頻り考える。
そして、やがて「そうだ」と手を打ち。
「よかったら、これを使って献身部のみんなでミニ演奏会をしてみないかい?」
「演奏会……ですか?」
部長の突拍子もない提案に、戸惑う私。
「うん。ハンドベルは一人一人の負担も少なく、練習時間も必要ないはずだ。丁度、部員も六人いるんだし、みんなで練習して、どこかで披露しようよ」
「具体的にどこで披露するつもりですか?」
「そうだね。街の噴水公園なんか、どうだろ? あそこだったら人も集まるだろうし、僕の家のコネを使えば、演奏会の許可も取れる。もちろん、演奏会でお金を取るつもりはないし、これも奉仕活動の一環になるかな……って」
それはいい考えかもしれない。
なにせ、私は死に戻り前に『悪役令嬢』と呼ばれ、みんなから憎まれていた身だ。
何故、そうなったかというと、死に戻り前の私の高飛車な性格にある。
献身部の『献身的な活動を通して、奉仕の精神を学ぶ』という理念からは、最もかけ離れていた。
だから、ハンドベルで演奏会……うん。
まさに理想的な活動じゃないか。
伯爵令嬢である私がそんなことをすれば、みんなの見る目も変わるかもしれない。
「素晴らしい考えだと思います!」
大袈裟に手を叩き、そう答える。
「ぜひ、ご協力させてください。フェリクスとオレリアも賛成よね?」
「もちろんだよ」
「わたくしもです! クラリス様のハンドベル捌き、今から楽しみですわ!」
よかった。
問題は、私がハンドベル初心者なことだが……これでも、幼い頃からそれなりに楽器を嗜んできた身だ。
初めてとはいえ、バイオリンやピアノに比べたらハンドベルは簡単……なはず。
「モニカくんもいいよね?」
「……正直、あんまり気が乗らないけど、あなたがそう言うなら手伝ってあげるわ。あなたたちだけなら、心配だしね」
部長が問いかけると、モニカさんが渋々といった感じで頷く。
口ではそう言っているものの、モニカさんも部長と演奏できるのが楽しみに違いない。
その証拠に、彼女の声はいつもより弾んでいた。
「さて……これで参加表明は五人ね。あとは……」
と、私は窓際に目を向ける。
窓際では、一人の男が椅子に座ったまま、開いた本で顔を隠して眠っていた。
「ヘルムート」
大股でその男に近寄り、彼の顔に載っている本を勢いよくどける。
「あなたもやるわよね? あなた一人だけサボるだなんて、許さないんだから」
「はあ? いきなり、なんだ?」
彼──ヘルムートは起きたばかりで話を呑め込めないのか、怪訝そうに目を細める。
ヘルムートはこの国の第三王子。
死に戻り前は私に嫌悪の視線を向ける男の一人ではあったが、今では何故か私たちと同じ献身部に入っている。
だが、彼は献身部の活動に消極的で、いつも部室に来ては話も聞かずに、今のように眠りこけているのが普通だ。
ほんと……寝てばかりなのに、なんで献身部に入ったのかしら?
未だに彼の行動は、理解できない。
「ハンドベルの演奏会を開こうと思っているんだ。実は……」
かくかくしかじか。
私の代わりに、フェリクスがヘルムートに説明する。
「演奏会……か。また、くだらないことを考えるな」
「くだらないことってなによ。立派な奉仕活動じゃない」
「知るか。俺は辞退する。そんな小さい子どもみたいなことなど、恥ずかしくてやってられるか。お前ら五人で好きにやってろ」
しっしと、私たちを手で払うヘルムート。
もーっ、なによ!
再び本を手に取り眠ろうとしているヘルムートに、食ってかかろうとすると、
「いいのかい? 一応言っておくけど、クラリスもハンドベル演奏会に参加するんだよ。もちろん、練習もみんなと一緒だ」
ピクッ。
フェリクスが挑発的なことを言うと、ヘルムートの肩が一瞬震えた。
「みんなで一つのことを目標に練習すれば、仲も深まっていくだろうね。クラリスがみんなとさらに仲良くなっているのに、ヘルムートは置いてけぼりだ。そうすれば、ますますクラリスとの距離が空いてしまう」
「ほお……フェリクスよ。俺を挑発するつもりか」
バチバチッ!
今度はフェリクスとヘルムートの間で、視線の火花が飛び散る。
え、えーっと……。
なにごと?
「いいだろう。お前の安い挑発を受けてやる。言っておくが、俺はどんな楽器も使いこなせる。ハンドベルの演奏は初めての経験にはなるが、例外ではない」
今まで、全然乗り気じゃなかったのに。
ヘルムートは突如、獰猛な獣のような笑みを浮かべて、そう言ってのけた。
早速椅子から立ち上がり、テーブルの上に置かれているハンドベルで練習をし始めるほどだ。
「……まあ、参加してくれるなら、よかったのかしらね? どうして、急に乗り気になったのかは分からないけど」
「どうしてだろうね」
ヘルムートの闘志に火を付けた張本人、フェリクスに視線を移してみるが、彼は肩をすくめるのみだ。
……フェリクス、ヘルムートの扱いが妙に上手いのよね。
まあ、どちらも地位が高い王子と公爵子息ということで、色々と通じ合うところはあるんでしょうけど。
なにはともあれ──。
こうして私たち献身部は、ハンドベル演奏会に挑戦することになったのである。




