55・波乱の幕開け
乗馬部による催しは、校庭で昼休みに行われた。
私は嫌な予感を抱きつつも、ヘルムートとオレリアと一緒に観覧することにした。
「こうしていると若草祭の時を思い出しますわね」
「ええ」
オレリアの言葉に、私はそう同意する。
「ヘルムートは若草祭の時、乗馬部のイベントを見てなかったのね?」
「いや、屋上から見ていた。屋上から眺めるのも、なかなか良かったぞ? 来年はクラリスもやってみるといい」
「それはなかなか良さそうだけど……そこまでするなら、私たちと一緒に近くで見たらよかったのに」
溜め息を吐く。
今のところ、特別なことはなにも起こっていない。
陛下に挨拶をする際には、ヘルムートもじゃっかん心を乱していたようだが……だからといって、暴力事件を起こす予感は微塵もなかった。
死に戻り前のこの日は、私は補習だったのでこの乗馬部の催しを見ることも出来なかった。
だからなにかが起こるとするなら、このイベントである可能性は高いけど……起こらないのが一番だ。
このままなにごとも起こらないように胸中で祈った。
「陛下やウォーレス殿下も見ていますわ」
オレリアがそう言葉を発する。
ヘルムートの方に一瞬視線を移してみるが、彼はピクリとも動かない。どうでもいいと思っているんだろう。
グレンさんを含む何人かの騎士は、特設の席で催しを観覧している陛下とウォーレスを守っていた。
ウォーレスと陛下は馬が校庭を一周する様を眺めながら、ぽつりぽつりと会話を交わしているようだった。
そしてその途中、ウォーレスが私の視線に気付いたのか、こちらに軽く手を振ってきた。
それに対して、ヘルムートは不快そうに顔を歪め、私を守るように目の前に立った。
「ヤツめ……相変わらず軟派な男だ」
「気さくでいいと思うけど?」
「クラリスはああいうヤツの方が好みなのか?」
「まさか」
肩をすくめる。
別に嫌いではないが……なにせ、死に戻り前のこともあって人間不信継続中だ。
ああいう気さくな男を見ると、好意よりも警戒心を抱く。
「あら……? ケイシー様があんなところにいますわ」
オレリアが指差す。
そちらにはケイシーが人混みから少し離れたところで、校庭の様子を眺めていた。
「本当ね。もっと近くに来ればいいのに」
と私は首を傾げる。
単純に人混みが嫌いだったのかもしれない。
だけど、乗馬部の催しを眺めて他のみんなは楽しそうなのに、ケイシーは違った。
彼の周りにはどす黒い感情が蠢いているように見えるような気がする。
そんな彼を見ていると、背筋のところが寒くなってきて、自然と目が離せなくなっていた。
「あんな男など、どうでもいいだろう」
「うーん、そうなんだけど……なんか気になって」
「確かに、なにか切羽詰まった雰囲気だ。俺も注意しておこう──だが、そんなことよりフェリクスが入場してきたぞ」
ケイシーに意識を取られながらも、ヘルムートが言った通りフェリクスが校庭に出てきたところであった。
彼は若草祭の時と同じく、白馬に乗っている。
あの時、王子様のように私の手を取った彼の姿が頭に浮かんできて、知らず知らずのうちに頬が熱くなった。
「様になっているな」
「フェリクス様、何度見ても素敵ですわ」
ヘルムートとオレリアがそう口にする。
フェリクスは堂々とした様で、自然と周囲の視線を集めている。
それは陛下やウォーレスも同じだったようで、みんなと同様にフェリクスに注目していた。
フェリクスはゆっくりと馬を進める。
馬に乗って校庭をゆっくり一周するだけなのだ。
なにか、トラブルが起こるはずもない。
だから私は安心して、その様子を眺めていたんだけど……。
「え……?」
その光景を見て、思わず声を漏らしてしまう。
みんなが注目しているフェリクスではない。
離れたところ……ケイシーだ。
ケイシーの手元が光る。
だが、それは一瞬だけだ。すぐに消え去る。
あっと思って、校庭に視線を移すと──校庭で悲鳴が上がった。
フェリクスの馬が突如、興奮し出したのだ。
彼は馬をすぐに宥めようとする。
しかし馬は落ち着きを取り戻すどころか、さらに興奮の度合いを高めていって……とうとうフェリクスをそこから振り落としてしまった。
「ああっ!」
私も咄嗟に手を伸ばすが……ここから間に合うわけがない。
幸いフェリクスは受け身を取り、すぐに立ち上がった。
問題は暴れ馬の方であるが……乗馬部のみんながすぐに駆けつけ、馬を宥めにはいった。
場が騒然とする。
「ど、どうして!?」
馬が急に興奮するのは珍しいことではないだろう。
しかし、それにしては予兆がなさすぎた。
陛下も見ているとあって、まさか不安が残る馬に乗ったりもしないはず。
なのに馬は突然暴れ、フェリクスを振り落とした。
気になるのは……。
「クラリス、見ていたか。ケイシーだ」
「ええ」
ヘルムートの真剣な声に答える。
馬が暴れる前、ケイシーの手元が一瞬光った。
あの光をどこかで見たことがある──魔法だ。
若草祭の終幕、花火と同時に学園を包んだ光が脳裏に浮かぶ。
私は魔法にそこまで詳しくない。
だが、あれは……魔力の閃光だ。
「ヤツめ……っ!」
私がどうしようかと考えている間に、ヘルムートは既に駆け出していた。
「ちょ、ちょっと!」
私もその後をすぐに追いかける。
ヘルムートはケイシーの前で立ち止まり、怒気を迸らせていた。
「ん……? なんだい?」
しかしケイシーは怯まない。
彼はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、身長差があるヘルムートを見上げていた。
「貴様……なにかやったな?」
「なにかやったって?」
「とぼけるな。フェリクスが落馬する瞬間、お前から魔力の奔流を感じた。どのような魔法を使ったのかは分からぬが、わざと馬を興奮させたな?」
「はっ!」
とケイシーは吹き出す。
「なにを言うかと思えば……証拠はあるのかい? まさか君の目撃証言だけを信じろと?」
やれやれと言わんばかりに、額に手を当てるケイシー。
一方、ヘルムートはさらに怒りを膨らませ、彼を殺さんばかりに睨みつけていた。
◆ ◆
「……あのルウォル魔法教団のご子息が、魔法を使いましたね」
「だろうね」
特設の観覧席。
ヘルムートがケイシーに突っかかっている光景を、ウォーレスたちは眺めていた。
ほとんどの人たちが気付いていない事実であっても、グレンやウォーレスの目を誤魔化すことは出来なかった。
「どうしますか? 陛下、ウォーレス殿下。我々が仲裁に入りますか?」
「いや、いい」
一歩踏み出そうとするグレンを、ウォーレスは手で制する。
「なんだか面白いことが起こりそうだ。ヘルムートのヤツは、魔法教団のご子息が魔法を使ったことに気付いているみたいだしね。それに……」
前のめりになるウォーレスの視線は、グレンや国王──ヘルムートとケイシーでもなく、ある一人の少女に向けられていた。
「気付いたのはどうやら、僕たちやヘルムートだけではなかったみたいだ」
ヘルムートとケイシーが小競り合いをしている場に、クラリスが駆け寄っていく。
彼女の真剣な表情。
それはまるで、これから起こることを予感しているかのようであった。
「お手並拝見……といったところかな。陛下もそれでいいですよね?」
ウォーレスの問いかけに、国王も黙って首を縦に振った。
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