17・みんな、同じクラスになりました
「クラリス様と同じクラスで、わたくし嬉しいですわ!」
教室。
隣の席に座ったオレリアが、そう声を上げた。
「ええ。私もオレリアと一緒で嬉しいわ。クラスに誰も知り合いがいなかったら、寂しいものね」
「クラリス様でしたら、仮に知り合いが一人もいなくとも、すぐに友達が出来ると思いますけれどね」
「そうかしら?」
「そうですよ! それに……フェリクス様とも一緒でよかったですわね」
そう言って、オレリアが視線を前に移す。
黒板の前では、フェリクスが他の男たちと会話に花を咲かせていた。
彼は顔も広いし、入学前から知り合いがたくさんいるのかしら?
そんなフェリクスの姿を、クラスメイトの令嬢たちがうっとりとした様子で眺めていた。
まあ……フェリクス、我が婚約者ながら容姿端麗だしね。
私もフェリクスの婚約者じゃなければ、彼女たちと同じように彼を眺めていたのかもしれない。
「ん……」
フェリクスは私の視線に気付いたのか、こちらに軽く手を振ってきた。
「……!」
手を振り返すのも癪だったので、顔をぷいっと逸らす。
「ふふふ、照れてるクラリス様も可愛いですわ」
「一体どうしてそんな解釈になるのよ……」
溜め息を吐く。
さて……ここでネコナシュリア学園について軽く説明しておこう。
まず、ネコナシュリア学園には通常三年通うことになる。
年によって多少ばらつきはあるけれど、一学年大体A~Eの五クラスに分かれる。今年も五クラスだ。
そして肝心なのが、このクラス分け。
ランダムに振り分けられるものではなく、家柄や入学テストの結果によって決められる。
貴族の学校とはいえ、一代貴族から王家まで種類が幅広い。
それなのになんの考えもなく、全てごちゃ混ぜにすることは現実的ではなかったからだ。
私たちのクラスはA。
最も格式が高いと言われているクラスだ。
前世での私はCクラスだった。伯爵令嬢とはいえ、入学テストの結果が中途半端だったからだ。
今回は入学テストで一位を取れたので、フェリクスと同じAクラスに入ることが出来た。
オレリアも「クラリス様と同じクラスになりたい!」という一念でかなり勉強を頑張り、このAクラスに滑り込むことが出来たのだ。
「確か、前だと……」
前世のことを思い出していると、不意に扉の開く音が教室に響き渡った。クラスメイトの視線が一斉にそちらを向く。
教室の空気が一瞬、ピリッと引き締まったように感じた。
「……ふんっ」
私もそちらを見ると、第三王子のヘルムートが興味がなさそうな顔をして教室に入ってくるところだった。
ヘルムートは私の真後ろの席に腰を下ろした。
そこが彼の席だったらしい。
両足を机の上に放り投げているヘルムートは、かなり近寄り難いオーラを漂わせている。
ただでさえ、この国において最高位の王家なのだ。
他のクラスメイトもヒソヒソと話をするだけで、自分から彼に話しかけようとする者はいなかった。
「……なんだ。どうしてお前は俺を見ている、クラリスよ。俺に喧嘩を売っているつもりか?」
ついヘルムートの顔を見ていると、彼に気付かれてしまった。
「特に他意はないですわ。それにしても……ヘルムート殿下は豪快なお方ですね」
扉を乱暴に開けたり、机に足を上げたり……初っ端から、フェリクスのように優雅さや気品さなど欠けらもない男である。
それをそのまま本人に伝えるわけにはいかないので、『豪快』という言葉で虚飾しているが。
「なんだ? 学園の備品を大事にしろって言いたいのか?」
「いえいえ、そんなことは……」
「だったら、俺に余計なことを言うな。それから……」
ヘルムートは不機嫌そうな面をして、こう言葉を続ける。
「お前は取り繕うのが苦手なようだ。『豪快』という言葉から、あまり良い印象を抱かないんだが?」
「…………」
なんて弁明しようかと考えていると、ヘルムートは私から興味をなくしたのか、目を瞑って寝たフリをし始めた。
「ク、クラリス様……! すごいですわ。ヘルムート殿下に対しても、毅然とした態度を貫かれていて……! もしかして、学園に来る前からヘルムート殿下にお会いしたことがあったんですか?」
ヘルムートに聞こえないように、オレリアが声量を下げて質問してくる。
「いや、初めてよ」
「それなら、なおのことすごいです……! わたくし、クラリス様に一生付いていきますわ」
ぎゅっと拳を握るオレリア。
前世ではヘルムートとも、まあまあ絡みがあったからね……だからこうして、初対面を装うのはなんだか変な感じがした。
「あっ、ここがAクラスだったんですねー。ちょっと迷っちゃいました!」
今度はヘルムートとは正反対で、元気できゃぴきゃぴした声を出して教室に入ってくる女生徒。
きた……分かってたけど、この甲高い声を聞いていたら頭が痛くなってくるわ。
視線を向けなくても分かる。泥棒猫のロレッタだ。
ロレッタは家柄もよくなく、入学テストの成績も平均点くらい。
しかし彼女は貴重な光魔法の使い手。王家からの恩寵も受けている。
そのおかげで彼女も最高位のAクラスになっているのだ。
これは前世も同じだった。
「あっ、ヘルムート殿下! お久しぶりですね!」
ロレッタはそのまま教室を歩き……なんと、寝たフリをしているヘルムートの前で足を止めた。
なかなか度胸のある女である。
「…………」
「あれー? ヘルムート殿下。もしかして聞こえていないんですか? わたしです。ロレッタです」
「聞こえてる。だから俺に喋りかけるな。他の王族は知らないが、俺はお前のことがあまり好きではない」
片目を開けて、そう言い放つヘルムート。
こいつもこいつで大概だ。
でも彼にしては『嫌い』とは言わずに、『好きではない』と言葉を選んでいる。
それが彼なりの、ロレッタに対する最大の配慮だろう。
「ふふふ、ヘルムート殿下は相変わらず照れ屋ですねー」
しかしロレッタに気にしている素振りはない。
普通の令嬢なら、ヘルムートにそんなことを言われたら肩を落とすだろう。だけど自信家のロレッタは違った。彼女も鋼のような精神力をしているのだ。
多分……この二人、相性は最悪。
それなのに、どうして前世でヘルムートは彼女に靡いたのだろうか。
冷静に考えると、不思議なことばかりである。
「あっ、クラリスさんもAクラスなんですね! しかも席も近いし、これから仲良くしましょうね!」
「……そうね」
最悪……!
なんでこんなに席が近いのよ!
だが、そもそも同じクラスという点では、さほど違いはないのかもしれない。
早く席替えの時期が来て欲しいなと思いながら、私は彼女に適当に返事をした。
その後、担任の男の先生が教室に入ってきて、学園のカリキュラムについて簡単な説明が始まった。
だけど大体は入学前から知っていた情報なので、取り立てて真剣に聞く必要もない。
他のクラスメイトも同じように思っているのか、教室には弛緩した空気が流れていた。
「それで……次は学級委員を決めたいと思いますが、立候補者はいますか?」
担任はそう言って、教室に視線を巡らす。
この学園では、平民が通う学校と同じようなシステムを敷いている。
それによって、少しでも平民との認識の差を減らそうというのが狙いらしい。
だから学園内で飼っている動物に餌をやる『生き物係』。清掃を担当する『掃除係』といった役職もある。
貴族が本来ならしないような雑用なので、これを嫌がる生徒も多いのだが……今のうちから社会勉強をさせてくれる学園のシステムは、個人的には好意的に感じていた。
「どうしましたか? いませんか? では、誰か推薦を──」
「はい」
学級委員だなんて明らかに面倒臭い役職。
誰もやりたがらない。
しかしそんな貧乏くじに、真っ先に立候補する男が一人だけいた。
それは……。
「……フェリクス公爵子息ですか」
「僕が学級委員に立候補します」
周囲から「おおー!」とどよめきが起こる。
「僕じゃあ、力不足でしょうか?」
「いえいえ、あなたなら申し分ありません。反対意見のある者はいますか?」
担任がみんなに対してさらに問いを重ねるが、当然そんな意見なんて出てこない。
「ヘルムート殿下は学級委員に興味はないのですか?」
「俺か?」
なんとなく気になって、後ろを振り向いてヘルムートに質問してみた。
身分だけで考えると、彼はこのクラスで最も階級が高い王族なんだしね。
「やらんに決まっているだろう。そんな面倒臭いことは庶民に任せておけばいい」
「はあ……」
フェリクスのことを『庶民』と言うだなんて……さすが王族は違う。
いや、これは王族がどうとかという話より、彼の性格上の問題な気がするが。
「では、フェリクス公爵子息に学級委員をやってもらうことにしましょう」
と担任が言うと、パチパチと拍手の音が続いた。
「後は彼を補佐する副学級委員ですが……誰かやってみたい方は──」
「はいはーい!」
先生が言い終わるよりも早く、食い気味に。
聞くと、胃もたれを起こしそうな声が教室に響いた。




