13・学園生活スタートです
ロレッタ。
前世で私から全てを奪った泥棒猫。
彼女は私の同級生としてネコナシュリア学園に入学してくる。
でもロレッタ自体はただの平民。
それなのにどうして平民が、貴族しかいないネコナシュリア学園に入学出来たのか?
その理由は彼女が使える『光魔法』にある。
大昔、この世界は魔王によって破滅の危機にあった。
そんな魔王を倒せた術だったのが、光魔法と言われているのだ。
ロレッタは平民の両親の間に生まれながらも、光魔法の力に運良く目覚めた。
ゆえに光魔法が使えるロレッタは、ある意味ではどんな貴族よりも地位が高い。
王家から直々に恩寵を与えられ、貴族と大体の同じような扱いを受けている。
……というのが、ロレッタが学園に入学してきた理由である。
ともあれ、学園に入学しないという選択肢は有り得ない。
この学園に通うことは貴族としての義務であり、それは王子ですら例外ではないからだ。
だから今は学園生活を無難に過ごすことに注力しよう。
「クラリス様!」
そんなことを思い出しながら、学園に敷地内に入ると。
同じ制服に身を包んだオレリアがこちらに走り寄ってきた。
「オレリア。先に着いていたのね。そこでなにをしていたのかしら?」
「もーう! クラリス様は意地悪なんですから! あなたを待っていたに決まっているじゃないですか!」
そう言って、頬を膨らませるオレリア。
あざとくなり過ぎず、自然な仕草で可愛らしかった。
十六歳になったオレリアは順調に美を磨いている。
前世からそうだったけど、どこに出しても恥ずかしくない貴族だ。
そんな彼女と友達であることを私は誇りに思う。
「クラリス、おはよう」
オレリアと話していると、別の人も私に声をかけてきた。
誰だろう……とはならない。
この声は彼と出会ってからここまで六年間、嫌というほど聞いてきたからだ。
「フェリクス──おはよう。遅刻しなかったわね」
「はは。今日から君と一緒に学園生活を送れると考えたら、いてもたってもいられなくなったよ」
と今日も変わらず、爽やかスマイルを浮かべるフェリクス。
まあ真面目で完璧人間の彼に限って、遅刻なんて有り得ないけどね。言ってみただけなのだ。
「やっぱり……みんなの前でも、この喋り方じゃないとダメ?」
「うん。クラリスに敬語で喋られたら、僕が困るよ。君には楽な喋り方でいて欲しい」
私は伯爵家の生まれで、フェリクスは公爵家。
本来なら下位の貴族は上位の貴族に、敬語を使うのが習わしである。それはたとえ、婚約者であっても……だ。
しかし敬語を使うと、何故だかいつも彼は嫌がる。
なので何年も前から、こうして普段通りの喋り方で彼と接していた。
「オレリアも楽な喋り方をしてもらっていいのよ?」
「いいえ! わたくしはこの喋り方が一番楽なのですわ! なんなら、家族に対してもこんな喋り方をしていますので!」
オレリアがハキハキと喋る。
やっぱりこの子、天使。大好き!
こんな可愛いのに、オレリアにはまだ婚約者はいない。しかし本人は気にしている様子はなかった。
なんなら。
『フェリクス様がいなければ、わたくしがクラリス様の婚約者になりたかったのに!』
……なんてメチャクチャなことを、オレリアは常々言っている。
どうしてオレリアは私の婚約者になりたいんだ……フェリクスがいなかったとしても、ちょっと志が低いんじゃないかしら?
オレリアだったら、きっとカッコいい男の人に嫁げると思う。
この学園で良い出会いがあればいいなあ、と自分のことのように考えていた。
「あの人たち……」
そんな会話を三人としていると、周囲の視線を感じた。
彼ら・彼女らは私たちを遠巻きから眺め、こんなことをヒソヒソと話し出した。
「ええ……伯爵令嬢のクラリス様と、黄金の貴公子フェリクス様ですわ。噂に聞いていたけど……美男美女ですの」
「お似合いですわね。フェリクス様は言わずもがな、クラリス様も優秀だと聞いていますし……」
「知っていますか? クラリス様は誰に対しても優しく、それは使用人にまで及ぶのだとか」
「え? 私はクラリス様って、使用人にはとても厳しいと聞いていたけど……」
「それはただの噂ですの。きっとクラリス様に嫉妬した人が、デマを流したのですね」
「まあ! なんて酷い!」
……うん。
美女だとか優秀だとか言われるのは落ち着かないが、悪い評判ではないようでなにより。
前世ではフェリクスと一緒にいるところを見られて「なんであの女がフェリクス様と」って、陰口を叩かれていたからね。
「ふふふ」
「どうしたんだい、クラリス? なんかすっごく悪い笑みを浮かべてるけど……」
「クラリス様、たまにこういう時がありますわよね。ですが! そういうクラリス様も素敵ですわ!」
フェリクスとオレリアが不思議そうな顔をする。
今のところは、全て順調。
思わずこうしてほくそ笑んでしまうのも、無理はないのだ。
「そんなことよりクラリス。入学式のスピーチは大丈夫なのかい? まあ君のことだから、心配してないけどね」
とフェリクスが質問してくる。
そうなのだ。
今から入学式が執り行われるんだけど、新入生を代表して私がみんなの前でスピーチすることになっている。
何故、そんなことになったのかというと……なんと私。クラスを振り分けるために実施される入学テストで、堂々の一位を取ったのである。
中の下くらいの中途半端な成績を彷徨っていた前世から考えると、大躍進である。
一人で生きられるようにするために勉強を頑張る……と目標を立てていたが、ここまでは予想外だった。
とはいえ。
「ええ、バッチリよ。でもあくまで、主役は殿下だわ。私は前座みたいなものだから、あまり気負わないでいいんじゃないかしら」
「さすがクラリス。こんな時にでも緊張していないんだね。君が婚約者であることが誇らしいよ」
「素敵ですわ!」
この二人はちょっと私のことを褒めすぎな気もするが、悪い気はしない。
殿下──この国の第三王子のことだ。
そして前世で私を断罪した人たちの一人でもある。
ちなみに、前世では殿下が入学テストの一位だった。
あの男、あまりそういう風に見られないけど、ああ見えて頭が良いのだ。
今回の殿下は私に続いて二番。フェリクスは三番。
それを知った時のフェリクスは珍しくちょっと悔しそうだった。まさか彼に勝てるとは思っていなかったので、私も驚いたものだ。
成績的には二番ではあるが、地位でいうと王家である殿下が当然一番高い。
というわけで今回は私と殿下の二人になったけど……前世はロレッタと殿下の二人だった。
あの女が壇上で気持ちよさそうに喋っているのを想像したら不快すぎて吐き気を催すこと必至なので、そういう意味でもよかったかもしれない。
「そろそろ行こうか。クラリスも挨拶の準備とかあるだろうしね」
「そうね」
こんな感じで……。
私の学園生活は幕開いたのだ。