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12・時は流れ、十六歳になりました

 えーっと、私だって反省してる。


 今度こそ平穏無事に暮らしたかったのに、お茶会ではとんでもないことを宣ってしまい。

 のらりくらりと逃げようとしたのに、結局ムードに流されフェリクスと婚約してしまった。


 ここまでを振り返ると、なにも順調ではない。

 フェリクスの婚約者になることによって、またあの泥棒猫に目を付けられるかもしれないからだ。

 事態は最悪とも言えるだろう。


 しかし。


「やってしまったものは仕方がない。前向きに考えよう前向きに考えよう前向きに考えよう……」


 呪文のように何度もその言葉を繰り返す。


 そうなのだ。

 フェリクスと婚約したからといって、それで別に断罪まっしぐらというわけではない。

 要はあの泥棒猫に関わらなければいいんだし、仮に関わったとしても今度は冤罪を被せられないように立ち回ればいい。



 だけどここで少し懸念がある。



 あれから、私は『悪役令嬢』と呼ばれるジャンルの本を読み漁った。

 これらになにか、生きるヒントが書かれてあると思ったからだ。


 その書物の多くに書かれていたのは『物語の強制力』というものだ。

 なんでもこれが働くと、別の生き方を歩もうとしても、結局は前と同じような人生になってしまうという。


 もちろん、これはただの作り話だ。

 しかしあまりに私と酷似した状況なので、全くの別物と考えるのは抵抗がある。

 最たる例が結局フェリクスと婚約してしまったことである。

 作り話、侮りがたし。


 だからもしその『物語の強制力』が働き、同じような生き方になってしまうかもしれない。

 用心はすべきだ。


「そのために私のすることは、今のうちから一人でも多くの味方を作っておくこと」


 前のように高飛車なお嬢様のままでは、冤罪を被せられた時に味方に回ってくれる人が少なくなってしまう。


「そして……フェリクスにはそれとなく『いつでも婚約破棄していただいて結構ですよ』ということを伝えておく」


 そうすれば彼が泥棒猫と一緒になりたいと思ったとしても、私と婚約破棄すれば事足りる。

 私をわざわざ殺す必要もないのだ。


「最後に……一人でも生きられる力を身につけること」


 フェリクスとの婚約を破棄してしまえば、私は『傷物令嬢』となり、次の婚約者を探しにくい。

 そうなると生涯独身を貫く可能性も出てくるだろう。

 そのために勉強を頑張ったり、特技を身につけよう。

 勉強は前世からあまり好きではなかったけど……贅沢は言ってられない。


「よし……! そうと分かれば行動行動!」


 頬を叩いて気合いを入れ直す。



 ──それからは目まぐるしい日々だった。



 学園の入学試験に受かるための勉強と並行して、淑女教育にも力を入れた。

 さらには使用人たちと積極的に交流を取り、リタ以外とも仲良くなることに努めた。もちろん、前のように重箱の隅を突くような指摘はしない。


 順調なんだけど……ただちょっと気になることは、フェリクスが婚約を破棄したがっている素振りを一切見せないことだ。

 それどころか、私のことを溺愛しているように思える。

 前世でも優しかったけど、ここまでじゃなかったので気になるのだ。


 前、それとなく「婚約を破棄するつもりはあるか」ということについて聞いてみたけど。



『婚約破棄? どうして僕がそんなことをしなければならないのさ。僕は君のことを愛している。婚約破棄なんて有り得ない』



 と一蹴されてしまった。


 やはりあの男、私が傷物令嬢になって困ることを危惧しているのだろうか? 

 彼の優しい性格がここでは裏目に出てしまった。

 しかし慌てる必要はない。じっくりやっていこう。



 そして月日が流れるのは早いもので──。

 あっという間に六年の月日が経ち、学園に入学する歳になったのだ。



 ◆ ◆



「クラリスお嬢様! 制服姿もお似合いです!」


 学園の制服に袖を通した私を見て、専属メイドのリタが褒めてくれる。


「ありがとう……って、リタ!? 泣いてるの?」

「ぐすっ……ぐすっ……お嬢様がとうとう学園に入学するとなったら……感動で泣いてしまうのも仕方がないですよ……制服姿を見ていたら、なんだか実感が湧いてきて……」


 ハンカチで目元を押さえながら、嗚咽を漏らすリタ。


「お、大袈裟よ。それに私の制服姿を見るのは初めてじゃないでしょ?」

「何度見てもいいものなのです。お嬢様、立派になられましたね」


 とリタは微笑みを作る。


 さて……先ほどから話が出ているが、ここであらためて学園について説明しよう。


 この国の貴族は十六歳になると、学園に入学しなければならない。

 それには事情がない限り例外はなく、王家の人ですら同様だ。


 私が今日から通うことになる学園の名は、ネコナシュリア学園。

 由緒正しき学園で、多くの貴族が通うことになる。

 ()()な事例がない限り、入学してくるのは貴族だけ。ゆえに貴族同士が将来の結婚相手を探すという側面もあったりする。


「さあ、クラリス様のお父様とお母様にも見てもらいましょう! きっと私と同じ反応をしてくれるはずですよ」

「そ、そうね……」


 うーん……気が重いわ。

 だって。



「クラリスううううううう! なんて美しいんだ! お父さんは嬉しいぞおおおおおお!」

「あ、あなた! そんなに泣いてちゃいけないわよ。そんなんじゃ卒業する頃には……ダメだわ。私もクラリスちゃんを見ていたら、泣けてくるうううううう!」



 リタ以上の反応になることは容易に想像出来たからだ。


 お父様とお母様は「大丈夫か?」と私が心配になるくらいに、涙を流していた。

 その感動しっぷりを前にしたら、さすがの私でも苦笑するしかなかった。


「リタもだけど……二人も大袈裟よ……ネコナシュリア学園に入学することはずっと前から決まってたし、どうして今更そんなに感動するのかしら?」

「今まで手塩にかけて育てた娘が、立派になったんだぞ? 感動するに決まっているだろううううう!」

「そうよそうよ! まあクラリスちゃんは優秀だったから、全然手がかからなかったけどね。クラリスちゃん、学園でも元気にやるのよおおおおお!」

「あー、もう! そんなに泣かないでよ! 毎日ここから学園に通うのよ!? 今生の別れってわけじゃないんだから!」


 私は両親の背中を撫でながら、そう声を張り上げる。


 ちなみに……ネコナシュリア学園には寮もある。通うことが困難なくらい、遠いところから来る貴族もいるからだ。


 だけど幸いなことに、私の家とネコナシュリア学園はさほど離れていない。馬車でも使えば、一時間くらいで到着する。

 ゆえに二人がここまで涙を流すのはおかしい。



「お嬢様、いってらっしゃいませ!」

「屋敷の管理は任せてください。お嬢様が学園から帰ってこられた時、休まる場所を作るのが私共の仕事です」

「お嬢様ならきっと、学園でも立派にやっていけますよ!」



 そして私を激励してくれるのは両親とリタだけではなかった。

 屋敷中の使用人が集まって、私を見送ってくれる。


「うん、みんなもありがとね!」


 そう元気よく言うと、使用人たちの顔が綻んだ。


 一人でも多くの味方を作ることに注力した結果、私を慕ってくれる使用人がこんなにも増えた。

 こんな光景は死に戻る前は考えられないことだわ。

 あの時は両親とリタだけだったし、その三人もこんなに泣かなかったけどね……。

 ちょっと反応が大きすぎて戸惑うが、ダメなことではないだろう。


「じゃあ……行ってくる!」


 私はそう手を振って、馬車に乗り込む。

 みんなは屋敷から出て、ずっと手を振り返してくれた。


 ……いや、夜には家には帰ってくるわけなんだけど。

 こんなに大仰に見送られたら、帰ってくる時がちょっと恥ずかしい。


「まあ今はそんなことよりも」


 みんなの姿が見えなくなった後、私は頭の中を切り替える。


 帰ってきた時に、次はどんな出迎え方をされるのかも気にかかるが……今はそれよりも肝心なことがある。


 今からの学園生活において、最も大きい懸念。

 それはネコナシュリア学園には因縁の相手、あの泥棒猫──ロレッタも入学してくることだ。

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