くもの上のランチ・タイム
ナナとウィードは、人気のない森の木陰で、二人きり。互いに、お互いの体を重ねていた。
「ちょっとくっつきすぎよ!もうちょっと離れられないの。」
「もうちょっと右手をそちらに回していいか。」
「ちょっと腰を触らないで!」
……とはいってもデートではない。彼らは粘液塗れであった。
もがいても、もがいても、絡まるばかり。どうやったらこの状況を打開できるかと思案していたら、ぐぅ、とウィードのお腹の音が鳴った。
「ナナ、といったか。頼みがある。私の懐からビスケットを取ってくれないか。」
ナナはかろうじて、指先をウィードのトレンチコートの中に這わす。
「うっ、そこは違う。おかしなものをつままないでくれ。」
ウィードが呻く。
「わざとやってるんじゃないわよ!」
そもそもウィードがいう内ポケットがどこにあるかわからない。留めておくボタンみたいなのを探っていただけ。ウィードのおかしなものがボタンの形をしているのが悪いのだ。と、ナナは言い訳をした。
「瓶型は違う。強力な聖水もある。頑丈に出来てはいるが、割らないように気を付けてくれよ。」
ちょうど平たい、粉物を固めたような感触があり、それを引っ張り出した。これだろう。
「この体勢では届かない。食べさせてくれないか?」
「そこまで面倒見切れないわよ。」
「そうか、ならいい。」
この男は「あーん」とか言って食べさせてほしかったのだろうか。どこまでも図々しい男である。ナナは大きなため息をついた。
どうしてこうなったのか。話は数刻ほどさかのぼる。
今年も教師、生徒、合わせて100人が学園に招集された。恒例のモンスター狩りである。学園周辺が比較的平和なのはこうして定期的に討伐を兼ねた授業のおかげである。ただ、平和の代償に変質者が増えたりするので困ったりはするが。
強くならなければ、とナナは例年より特に気合が入る。もう12匹は狩った。しかし、ここにきて問題が起きる。なにやら先生たちが騒がしい。
「あれを見て。」
「ジャイアントスパイダーの群生か。見ただけでも20は超えてそうだ。近くの魔獣も厄介だな。」
「早めに発見できてよかったわ。退治しましょう。」
そういうと、教師の中でも年長者のウエトリア先生が指揮を執った。
「ここはパーティを分けましょう。魔法使いが強力な魔法を打ち込みます。前衛はその間、他のモンスターを注意を引き付けてくれませんか?」
「あの頑丈そうなのは私がいこう。」
「ウィード先生。」
1人で行こうとするウィードに、ウエトリア先生が呼び止める。
「なに、心配するな。一人で十分だ。」
「ウィード先生、勘違いなさらないでください。これは授業の一環でもあるんですよ。」
「そうだったな。」
ウィードは照れ臭そうに頭を掻いて、授業で見知った面々を指定し、遊撃隊に加える。その中にナナも含まれていた。
「今からお前たちはウィード隊だ。モンスターを引きはがすぞ!ついてこい!」
「はい!」
敵はいわば虫や獣。戦術もなければ、技を学んでいるわけでもなく、ナナのような生徒たちにとって戦いやすい相手だ。こんな相手に後れを取るわけにはいかない。そして、もっと強くならなければいけない。そのためには実践訓練を積んで、積んで、積みまくる。
「まて、出すぎだ!抑えろ!」
功を焦っていたのか、いつのまにか前線から一歩踏み出していたようだ。
ナナがちょうど小型のシルバーベアを切り落としたところに、横から大型のアーマー・スパイダーが飛び出してくる。構えのなっていないナナよりも早く、ウィードが反応した。アーマー・スパイダーの硬い甲殻を拳で貫くと、中から粘着液が飛び出てきた。
「しまった、罠か!」
「ウィード先生!」
ナナとウィードに絡みつく粘液。心配して駆け寄ろうとする生徒たちにウィードは叫んだ。
「触るな!触ると巻き込まれるぞ!」
身動きが取れないナナとウィードを囲むように防衛戦が始まった。暫定リーダーのトモを中心に陣が敷かれる。
トモは知略に富んだ戦士である。力こそナナやムギには劣ってしまうが、主武器である剣のほかにもボウガンや短刀を器用に扱い、状況優位を維持しながら戦う。まさにこの状況にうってつけの人物である。ウィードの代わりに的確に他のモンスターがナナたちに近寄らないように指示を出していく。
「右サイドが少し開いている。もうちょっと固めて。」
「上空!上から来るよ!気を付けて!」
戦況を正しく見ながら、仲間たちに声をかけていく。それに答える仲間たちも見事なもので、各々の得意な武器を振り回しては敵を寄せ付けない。あらかた殲滅が終わったところで、
「さて、この状況。どうしましょうか。」
トモがウィードに尋ねた。
「こういう時は、そうだな、魔法で焼き切ってもらって洗い流してしまおう。」
「では魔法使いでも呼んできましょうか。その間見張りでもつけておきますか。分隊でもしますか?」
「いや、ここら一帯のモンスターは狩りつくされただろう。おそらく、ここは安全だ。戦力を分けるのは賢くない。みんなで救助を呼んできてくれ。」
「そうですね、わかりました。」
トモは号令すると、生徒全員を引き連れてこの場からいなくなった。
「ナナ、先生に変なことするなよ。」
去り際に一部の女子がナナに警告した。たしか、とナナは推測する。おそらく彼女たちはいつもウィードに群がっているいつもの取り巻きたちだろう。そもそも、変なことされたのはわたしの方じゃないか、とナナは憤慨した。
そういうこともあって、こんな状況である。
「暇ね。」
「暇だな。」
粘着液に絡まった二人は、ひたすら救助を待った。随分と時が長く経ったように感じる。
「ね、ウィード。ベルナースってどんな人なの。」
ナナは聞いた。
「なんだ、突然に。」
「いいでしょ、話くらい。暇なんだしさ。」
ちょうどいい機会である。ここいらで洗いざらい聞いておきたいところだ。
「そうだな、ただの幼馴染だ。」
「幼馴染?女の人なの?付き合ってたの?」
「なに、私の事なんて面白くもない話さ。」
「わかった、振られたのね。」
進んで話したがらないウィードにピンときたナナは目を輝かせる。人の不幸話ほど面白い物はない。嫌いな人に会いに行くわけはないのだ。
「別に振られては……いや、結果的には振られたのかもな。」
ウィードは否定しようとしたが、思い直したかのように肯定した。
「やっぱり振られたんじゃない!」
ふふーん、これはいいことを聞いた。これがウィード先生の弱みになるかもしれない、とナナは意地悪そうに笑った。振られた女についていく男。けなげというかストーカーというか。
「そうだな、私はとんだ愚か者なのかもしれない。」
今、ウィードはどんな顔をしているのだろうか。ナナからは見えなかった。
「そういえば、あなたって吸血鬼のくせに聖水を持ってるのね。不思議。」
「それは自害用だ。こぼれないよう特殊な瓶で厳重に守られているが、もしもの時のためにな。」
もしもの時。吸血鬼として、暴走したときだろうか。何気ない一言だったが、思いがけない重い話にナナは沈黙する。
「いったはずだ。聞いても面白くない話だと。」
ウィードは続けた。
「大丈夫だ。君が考えることじゃないさ。研究は進んでいる。濃い血でも飲まない限り、そうそう吸血鬼化は進まないだろう。」
気のせいか、普段よりやさしく聞こえる。
「ねえ、ウィードは吸血鬼でしょ。どうして人間として生きたいの?」
前から聞きたかったことだ。流れに任せて聞いてみる。
「……すまないが、暇つぶしもここまでのようだ。どうやら救助隊が来てくれたようだ。」
複数の足音が聞こえる。ここから、遠目でも目立つ、ウエトリア先生の顔が見える。
ナナは安堵した。肝心なことは聞けなかったが、収穫は大きかった。ウィードの本心が聞こえたような気がした。
「聞いたより、ずいぶんと大変なことになってますね。少し焼き切りましょう。水魔法で保護も忘れずに。魔術師隊、詠唱準備を。」
これから、灼熱地獄が待ち受けていることも知らずに。