過去 ウィードとベル
ベルの祖父マイヤーやウィードの父ウォーレンなど、各国の領主が所有する名もなき中小国に囲まれた城塞都市がある。通称、セントラル。最も魔物から遠く安全な都市であり、古くから経済と政治の中心として発展してきた。
その議事堂に各地の名士が集い、食糧危機について連日連夜議論を重ねてはいるが、目立った進捗はない。
「やはり、食料を得るにはほかの場所を開拓しなければならないのでは?」
「しかし、主だった場所は既に開拓している。他の土地はないといってもいいだろう。」
「では、東の土地はどうだ?強力な魔物はいるが、まだ手付かずだ。」
「御冗談を。まだ手付かずなのはその魔物がいるからではないか!」
「しかし、言い争ってる時間はないぞ。我々の食料はすでに枯渇しており、小さな貴族から破綻が始まっている。」
「だから、我々がこうして知恵を出し合ってるのではないか!」
「では、誰が兵を出す?」
会場が静まり返る。
強力な魔物との闘いとあらば、相当数の被害は覚悟しなければいけない。しかし、派兵して兵を失えば当然軍事力も失ってしまう。それは、魔物と共存しなければいけないこの世界において、国の存亡に直結する問題だ。決して誰も手をあげようとはしないだろう。
(ふん、馬鹿馬鹿しい。)
この答えの出ない議題に、マイヤは席を立つ。
(そもそも食料危機など、来るのは分かり切った事ではないか。)
マイヤが切り開いてきた土地は、豊かな土壌を根城にしていたその強力な魔物と争い、激戦の上に勝ち取った土地だ。彼の領土には食料不足は当面来ないし、むしろ、この危機は食料の価値が上がるチャンスだ。そして、議会が長引くということはその危機が続くということなのだ。つまり、ここでは傍観者を気取るのも悪くはない。
(それよりも、だ。)
彼の胸中は他の事で埋まっていた。孫娘のベルである。ワスワラから速達の手紙を受け取ってから、彼は落ち着きを失っていた。
(セントラル。ここは良い街だが、戦場が遠すぎる。)
戦場が遠ければ人は死を忘れる。死を忘れた人間は、やがて生きている事すら忘れるのだ。歴史を忘れ、備えを忘れ、開拓を忘れ。すべてを忘却した人間が集まるこの議場に、碌な答えが出ない事をマイヤは知っていた。
そして生を忘れたものは、やがて性に溺れ、恋に堕ちる。
それは決して二度と這い上がることのできない奈落。マイヤの息子エバンスもまた、その一人であった。マイヤは彼をうまく躾けたつもりであったが、彼はセントラルに引きこもり、二度と戦場に向かわなくなってしまった。それは愛だの恋だのと彼を唆し、命の大切さを吹聴してきたセラフィナの存在が大きい。
(だが、最低であったあの女は、最低限の仕事はしてくれた。)
それがベルである。聡明なベルはマイヤの最後の望みでもあった。だから、あのベルに万が一でも間違いがあってはならないのだ。
(我が希望、ベルナース。貴女だけはどうしても失うわけにはいかないのだ!)
会場を出てきたマイヤを見かけ、壁に寄りかかり舟を漕いでいた従者は慌てて彼の傍に駆け寄った。
「お帰りですか?少々お待ちください。今すぐ馬を出す手配をします。」
「ああ。もしかしたら養子も考えなければいけないからな。」
「養子ですか?ベル様はどうなさるのですか?」
「ああ。ちょっとした問題があってな。」
マイヤは額を歪める。
「そのベル様なんですが。マイヤ様、これを。」
「なんだ?」
従者が差しだしたのは白い封筒であった。
「手紙か。そんなもの後にしておけ。」
「しかし、署名はベルナースお嬢様の名前が。」
その名前を聞くや否や、マイヤは手紙をひったくる。『ベルナース・マイヤ』、見慣れた筆跡を確認したマイヤは、いてもいられず封緘を引きちぎる。中には一通の手紙が入っていた。それを一通り読み終え、一息をつく。
(まだ望みは断たれていなかった!)
「気が変わった。議会に戻るぞ!少し長引きそうだ。お前は宿を取っておけ。」
「はっ。」
マイヤはそう告げると、議場へと引き返すのであった。




