ex 4
屋敷に来て15日ほど経ち、ウィードも屋敷の人たちともすっかり打ち解けていった。ただし、元冒険者であるワスワラに対しては相変わらずであった。
冒険者も貴族たちと同様に戦場に向かうことがある。しかし、それは正義と名誉のためではない。私利私欲のためだ。ただ己の報酬のみを目的とし、劣勢と見れば即逃げ帰る。そしてその際には、彼らは持てる限りの財宝を持って逃亡するのだ。
しかし、騎士隊を持たぬ貧乏貴族は彼らを頼らざるを得なく、そのたびに彼らの蛮行を目の当たりにするのだった。当然ウィード家の懐事情は厳しく、女の務めとしてもう二人ほど子どもを欲しがっていたウィードの母もこれ以上の子作りはあきらめており、ウィード自身も学生の身分でありながら働いて賃金を稼いでは生活の足しにしていた。
そんな事情を知らないであろうワスワラは毎日のようにウィードに語り掛ける。そのたびにウィードは警戒し距離を取っていた。
「ナイト君、そろそろタメ語でもいいんだぞ?」
「……そうですね。善処します。」
「あははっ。そうだ。善処しろ、しろ。」
ワスワラはその大きな掌でウィードの背を叩くと、ウィードは唇を嚙みしめた。
そしてベルは、いまだに落ち着かない様子であった。あの大胆な発言はもとより、食事の際もヨモギ草を口いっぱいに含んでおどけて見たり、ダンスなどもミスを連発することもあって、どうにも浮足立ってるように見える。
環境の変化に気持ちが追い付いていないのだろうか。それならば、時が解決してくれるだろう。ここは見守るのも騎士の務めだと、ウィードは気を引き締める。
「ねぇ、ウィード。ちょっと来て。」
二階からベルの不安げな声が聞こえた。、
「どうかしましたか?」
「うん。何かおかしいの。」
「わかりました。今行きます。」
ウィードがベルの元へ駆けつけると、ベルはウィードの手を握り窓の外を指差した。その先には、無邪気に小動物を追いかけまわすあの時の子どもが見える。
「いつもの子供じゃないですか。どうかしたんですか?」
「母親が、いないの。」
その言葉を聞いたウィードに緊張が走った。
「……いつ頃からかわかりますか?」
「知らない。気づいたら、いなくなっていて。早く探し出さないと。」
ベルの声が震えている。
「魔物に襲われた、というわけじゃない……よね?」
「屋敷の周りには強力な結界が張ってありますし、母親だけ襲われたということも考えにくいです。」
「そうね。おかしなこと聞いて、ごめんなさい。それなら、早く探さしださないと。」
ベルは少し安堵したようで、ほっと一息を付いた。しかしウィードはこの現象に心当たりがあった。
「いえ、おそらくあれは……」
こんな辺鄙なところまで足を運んだ珍しい観光客の、その理由。ウィードはその最悪の結論を出すのを憚らう。
「いいの、言って。」
「あれは、捨て子。捨てられたのです。」
ベルは再び息を飲んだ。そしてウィードは今にも倒れそうなベルの体を支える。
「大変。助けに行かないと。」
「落ち着いてください!助けたところでどうするおつもりですか!」
屋敷の一室を貸し与えたところで、足りない食料はどうにもならない。絞り出せば一時的には与えられるかもしれないが、彼が成長するまで提供することは困難である。
「ごめんなさい。もう大丈夫。」
ベルはウィードの手から抜け出すと、壁に手をついて体を支えた。
「……あの子は愛されなかったのですか?」
「愛していないということはないでしょう。そうでなければわざわざここまで連れてきません。」
食料を運んでいく御者に幾らかの金を払い、乗せてきてもらったのだろう。あの母親の見せた顔に負の感情は感じられなかった。あれはおそらく最愛の息子との最後の思い出作り。あわよくば、拾ってもらおうという願望もあったのだろう。
「お嬢様が悩むことはありません。どんな事情であれ放棄した親が悪いのです。」
「……そうね。少し一人にさせて。」
ベルはそう告げると、自室に籠ってしまった。




