ex3 過去
『ウィード・ウォーレン』。ウォーレン第3騎士隊長の第1子息。
使用人名簿の中から彼の名前を見つけると、ベルは驚いた。新天地で過ごす孫娘を思う祖父なりの配慮だろうか、名簿にはベルと仲の良い人々が名を連ねていた。だが祖父は、年頃になったベルに男が接近するのを許さないほど厳格でもあったはずである。
(お爺様に心変わりがあったのかしら。それとも……)
祖父がウィードの事を知らないというのはあり得ない。ひょっとしたら、これにはもっと特別な意味が込められるかもしれない、とつい思考を巡らせてしまい、ベルは赤面する。
再会した当初はベルは喜んだ。手足はすらりと伸び、まるで絵物語から出てきたようなその外見は、それは二人の再開が運命だなのではないか、と感じたほどであった。しかし、ウィードは変わってしまっていた。外見もさることながら、態度が、である。よそよそしいのだ。
特に気になったのが「お嬢様」と呼ぶことである。それでは、幼馴染というより、祖父に仕える使用人と同じ、ただの雇用の関係。せっかく久々に再会したのに、心はずいぶんと遠くに行ってしまった感じがする。暫く見ない間ににできた二人の壁。
(今はまだ、同じ学生なのに。)
自室のクローゼットを開けると、ベルは溜息をついた。もっと仲良くなりたいのに、話しかけるのはいつもベルの方から。ちょっとは男性であるウィードがリードを取ってもいいのに、さえ思える。
(それには、少しくらい大胆に迫らないといけないのかも。)
一度、胸元の開いた赤いドレスを手に取ってみるも、首を振って、元の場所に戻す。
(……馬鹿みたい。こんな駆け引き、それでは貴族と同じだわ。)
悩み抜いた挙句、結局、普段着である、ヨモギ草で染められた緑色のワンピースに袖を通す。これなら気取ることもなく、貴族であることも意識してなかった昔みたいに、二人の間にある壁を乗り越えてくれる、そんな気がしたから。
この屋敷には、いろいろな設備がそろっていた。それは、この退屈な田舎を楽しく暮らせる仕掛け。
100年かけても読み切れないほどの書物を格納している大図書館、どんな高貴な来賓がきても対応できるように広く頑丈に作られたダンスホール。大食堂はどんな料理でもこなせるよう様々な調理器具がそろってあり、セントラルのレストランにも引けを取らない料理長が腕を振う。そして、新設された、どんな疲労でも取れそうな大浴場。
ベルが質問すると、ウィードは何でも答えてくれた。
「寂しいのでしたら、ご学友を呼びましょう。歓待する準備はいつでも整っております。」
しかし、そういったウィードの態度に、ベルは不服であった。
(ご学友というのなら、あなた自身もご学友でしょうに。)
、
そんな折、とある出来事があった。
「あら?」
いつものように屋敷を散策していると、ふと目に入った窓から、庭先で遊んでいる男の子が見えた。若い母親らしき人物と虫でも取っているのか、はしゃいでいる様子がよく見てとれる。
「こんなところまで。珍しいわね。」
交通も不便であり開発もあまり進んでいない屋敷周辺は、観光に適していない。よって、人が来るということは稀であった。ベルは見慣れぬ珍客に手を振ると、元気よく手を振り返してきた。
「追い返しますか?」
ウィードが耳打ちする。
「どうして?こんなにかわいいんですもの、しばらく置いてやりなさい。」
「わかりました。」
そういうとウィードは一歩下がった。変わってしまったウィードらしい、そっけない返事。もうそんな返事しか聞けないのかと思うと、ベルの顔が曇っていく。
(つまらない返事。……そうだ!)
「ねぇ、ウィード。お願いがあるんだけど。」
「どうかしましたか?私にできることがあれば何なりとお申し付けください。」
「本当?」
ベルは、表情が変わらないウィードの顔を下から覗き込む。
「私ね、子どもが欲しくなっちゃったな。だめ、かな?」
「お、お嬢様!なんてことを!」
ベルの突然の発言に、面食らったウィードは慌てふためく。
「冗談よ。うふふっ。」
(なんだ、まだ、そんな顔もできるじゃない。)
それは、使用人に徹するウィードへの、ちょっとした復讐であった。




