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ウィードは毎朝、ベルが目覚める前に起床する。
ベルの守護騎士という仕事柄、主から離れることができないウィードであったが、こうして空き時間を作っては、それを鍛錬や見回りに当てていた。幸い他の警備兵たちの見回りや魔物避けの結界のおかげで、魔物らしい魔物に遭遇することは滅多になかった。
「おっ!おはよっ!」
元冒険者の召使が走り込み中のウィードに気付き、大きな声で挨拶をした。
「おはようございます。」
「はは、ナイト君。そんなに警戒しなくていいんだぞ。」
ワスワラは、まだ緊張で硬くなっているウィードの体をポンと叩く。
「冒険者がメイドをやっているってのが、そんなに不思議かい?」
「いえ。そんなことは。」
否定をしてみたものの、冒険者というものは出生不明であり、信用できず、下劣な人間たちであるという常識をウィードは拭えずにいた。ワスワラの巨体を前に、どうしても硬くなる。
「そんなに緊張しなくてもいいぞ。私は、君が思っているよりかはいい人間だよ。」
「いい人は自分でいい人とは喧伝しませんよ。」
「ははは、それもそうだな。」
主であるベルとも仲睦まじく、曲がりなりにもマイヤ伯が選んだ使用人でもある。彼女がマイヤ家とどんな関係を築いてきたのかは知る由もないが、彼女が言ってる通り、悪人ではないのは間違いないだろう。だが、その外見から放たれる風格にウィードの警戒心が反応してしまうのだ。
「ま、少し長い付き合いになるのだから、よろしく頼むよ。」
ワスワラはにっこり笑うと、箒を手に取り、持ち場に戻っていった。
走り込み、素振りに、仮想戦闘。鍛錬も一通り終わり、疲れた体を癒すためウィードが井戸水で汗を拭いていると、背後からベルの声がした。
「おはよう。朝食ができたって。一緒に食べよう。」
「見ていたのですか?」
ウィードは寝ているはずの主の声に驚き、声をあげる。
「見ていたって、何を?」
素朴で純粋な返しに、ウィードは狼狽えた。なんて答えればいいのだろうか。元冒険者の召使に気圧されていたところを、と答えるか。それとも、まだ人に見せられるようなものでもない肉体を、と答えるか。いずれの答えも言うのは憚られた。
「そういう意味ではないのですが……すみません。」
適切な言い訳も思い浮かばず、有耶無耶に答える。
ウィードの父が、マイヤ伯に仕えていたのもあって、年の近い二人は幼馴染であった。
ただ、お互い貴族学校に通うようになってからは、男と女ということもあり、少し疎遠になっていた。こうして行動を共にするのも4,5年振りだろう。
「どうして、井戸水なんか。冷たいでしょう。せっかく出来たお風呂、使えばいいのに。」
「それはできません。」
あのような贅沢な物を主を差し置いて使うわけにはいかない。
乾いた麻布で濡れた髪と体をふき取ると、ウィードは言った。
「もう、昔はもっと仲良かった気がするけど。今のウィードってそっけないよね。」
「あの頃は無邪気過ぎました。恥知らずであった私をお許しください。」
「それでも、よそよそ過ぎるわ。」
「それは、私とお嬢様の、身分の差、です。」
「なによそれ。私たち、同じ学生じゃない。」
同じ学生。その言葉はウィードに突き刺さった。いい意味で、ではない。
それは、持てる側の発言なのだ。ウィードが同じ言葉をベルに伝えることは決して許されないだろう。その発言が、すでにウィードとベルとの間にある、身分の壁を表していた。
「ね、昔みたいに、仲良く、しよ?」
ベルの真意は分からない。しかし、その事実はウィードに重くのしかかっていた。




