運命を切り開け
あれから数日間、ナナもミユも詳細な調査と身体検査を受けることとなった。
「ああ、もう最悪だわ!」
「そう?私はそうは思わないけど」
憤るナナに、ミユはまんざらでもない顔を見せる。そういえば、魅了中は最高に気持ちいい夢を見ると聞いたことがある。どんな夢であったのか、聞いてみたい気もするが、怖くて聞いてみたくない気もする。
「あんたなんてこーんな変顔してたのよ!」
ちょっと悔しくなったのでナナはミユが見せた変顔を実演したら、ミユは爆笑をしていた。笑わせるつもりはなかったのだが。
検査も無事終わり、ナナたちの久々の登校にはクラスメイトは心配する声はあったが、事件について過剰に聞く者はいなかった。見習いといえども冒険者の端くれである。多少のトラブルなど日常茶飯事であり、騒がないし、騒がれない。仲間への強い信頼の表れであるが、些か寂しいものでもある。
そういう事情もあり、ナナたちはすぐに日常を取り戻した。かのように見えた。
教室が何やら騒がしい。事件の事で騒いでいるのかと思ったがどうやら違うようだ。急な魔獣討伐依頼でガルミラ先生が討伐隊に派遣されたのである。そのために空いた教師枠の話題で持ちきりだったのだ。
「へー、新人講師来るんだ。いい男だといいなぁ」
女子校という事もあって、教員はほぼ女性であるが、ごくまれに男性の講師も存在する。ナナはその数少ない期待に賭けた。
「こういうときって、案外あのおじさんがきたりしてね。」
「はは、まさか。奴は今頃牢獄よ。」
ミユが不吉なことを言うが、今の時代にそんな古のラブコメ展開は通用しないのである。新中古とか言われようが乙女の唇を奪った罪は重い。何年かは知らないが豚箱で罪を贖うがいい、とナナは心の中でほくそ笑んだが、いやな占いほど当たるものである。
「こんにちは。今日から体術を受け持つウィードだ。」
珍しいストライクゾーンの男の登場に女たちの黄色い歓声が上がる中、ナナだけは盛大に噴き出した。
「なんだ…汚いな。唾は吹き飛ばさないように。」
「お、お前だけには言われたくないわっ!なんでここにいるのよ!」
唾くれおじさんにだけは言われたくない。ナナは盛大に非難する。
「君は……そうか、君がそうなのか。この前はすまなかった。」
ウィードは頭を下げる。
「え、二人って知り合いなの?」
「ええ、最悪のね。例の唾くれおじさん。」
事情を知らない生徒にナナがぶっきらぼうに説明すると、
「え?あの人が?キャー!」
教室中が色めき立った。お前ら、イケメンならなんでもいいのか?変態だぞ?いや、変態ではなかったんだっけ。
「あの事件は忘れてくれ。あれは……ただの事故だ。」
しかし、こんな愉快な事件を見逃す生徒たちはいない。娯楽に飢え、特に色沙汰事には目がない女生徒たちである。恰好のネタを手に入れた数匹の野獣にウィードは餌食となった。
「唾くれってなに?」
「唾くれ事件の変態ってあなたの事?」
「唾なんかより、あたしの聖水でもあげよっか!」
「辞めてくれ、聖水は苦手なんだ。」
そりゃ吸血鬼ですからね。ウィードは半分からかわれてることも知らずに情けない悲鳴を上げて、授業の間、犬のように教室を逃げ回っていた。
「いったい何?このご都合主義全開のラブコメみたいな展開は。」
中庭で二人仲良く昼食を広げたナナは、ミユにあらゆる不満をぶつけた。
「あら?そうでもないわよ。学園の周りをうろちょろしてるのは関係者の可能性が高いでしょ。彼は強いわけだし、代理講師だとしても不思議ではないわ。」
ミユはサンドイッチを頬張りながら、魔術師らしい考察を見せる。
「そんなもんかなぁ。ずいぶんと出来の悪い作品みたいだけど。」
「運命とはそんなものよ。」
ミユが達観したかのように言う。
そんなもの、なのだろうか?大体、犯罪者が校内をうろうろしていることが気に食わない。変態の理由は分かったが、感情がそれを否定している。
「全くあなたらしくないわね。相手がキングスライムやジャイアントローパーだった時を思い出しなさい。」
確かに、冒険者たるもの、キスごときでキャーキャー言うのはおかしいのである。野生魔獣との攻防戦ではぬっちょりとした触手が唇に触れることはよくあることで、そんなんでメンタルを壊してたのではファイターとしてやっていけない。
「特に気にならないかな。」
「そう。モンスターなら平気でも、彼なら意識してしまう。それは彼に少し気がー」
そう言いかけたミユをナナは遮る。
「そうだ。憎き敵はすべてこのわたしの手で滅ぼしている。やはり、死をもって償ってもらうしかない。」
ナナは覚悟を決める。これが運命というのなら、運命とは切り開くものなのだ。
「ミユ、ありがとう。おかげで心のもやもやが晴れそう。彼を徹底的にぶちのめして追い出すわ。」
元気が出たナナは、今にもウィードと戦いそうな様子で駆けていった。
「やれやれ、これでは駄目ね。」
遠ざかるナナの姿を見てミユはため息をついたのであった。