02-08
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一方、主任室。
「先生?……ウィード先生?」
「あ、はい。」
ウエトリアの呼びかけに、上の空であったウィードは現実に戻された。
「何をぼんやりしていたのです。」
「すみません。昔を思い出していたもので。」
「昔ですか。」
かつて、その身を置いていた東部地区解放戦に、ウィードは思いを馳せる。
魔物との緊迫した争いをしていたあの頃に比べれば、今の状況など天国のようなものであった。
「ええ、あの時は静かな余生を送れるとは思ってもいませんでしたから。」
★
「ちょっと待ちなさい!」
「え、まだ追いかけてくる気!?」
校舎から、つまり先生の所から遠ざかってるはずなのに、鬼の形相をしながら追いかけてくるヨイ。
(目的は差し入れ阻止でしょうが!どうして私ばかり狙ってくるのよ!)
「当たり前よ!この気持ち、どこかにぶつけないと気が済まないわ。」
それを聞いた、ナナは立ち止まった。
「あんたねぇ、私に勝ったことないでしょ。それでも勝負する気?」
勉強が苦手なナナは記憶するのも苦手であるが、強敵だけは例外である。強さというものはナナにとって重要であり、得るものがある相手であるからだ。つまり、その重要な記憶の外にあるヨイは、得られるものも何もない、恐れるに足らない相手ということになる。
「授業では、勝ったことないかもね。でも、今はどうかしら。」
ヨイは腰の剣を一瞥する。対して、ナナの手元には弁当箱のみ。
武器なしのナナの実力。前の吸血鬼戦でも苦戦はしたけど、あれは魔物の力に押されただけで、今の目の前にいるヨイはただの小娘である。
「武器がなくとも体術があるわ!弱っちいあんたなんかに負けないんだから!」
そう啖呵を切ると腰を落として構えをとる。
「舐めないで!私だって戦士、素手相手に簡単には負けませんわ!」
ヨイも剣を抜き、上段に構える。
★
その騒ぎは、主任室まで届いていた。
「静か……ですかね?」
外から聞こえてくるのは、なにやら女生徒たちの怒声。喧嘩なのだろうか。
「今日はずいぶんと騒々しいみたいですが。」
「……これも平和だから、と言えるのではないでしょうか。」
魔物の咆哮に怯え、眠れぬ夜。それに比べれば若者たちの喧嘩など、小鳥たちの囀りのようなものだろう。ウィードは落ち着いた様子で裾を払った。
「多少賑やかなほうが楽しくていいのかもしれません。」
「多少、ですか?」
ウエトリアが疑問を投げかける。多少、どころか、大きくなる騒音。
「この騒ぎ、あなたの生徒みたいですが。」
「……」
「あら、剣を抜いたみたいですよ。」
「……止めてきます。」
ウエトリアの溜息を背にして、ウィードは窓枠に手をかけ飛び出した。今度は、しっかりと帽子をかぶるのを忘れずに。
★
2人の間は既に一足一刀。
(もう、剣が振られる前に、拳を叩きつけるしかない!)
ナナは覚悟を決めて、拳に力を込める。ヨイが足を踏み出した、その時。
「そこまでだ!」
振り上げた剣と拳。それが交差する前に、校舎から降ってきたウィードは、両手でヨイとナナの手元をふさぎ、二人の動きを同時に封じた。
(先生!?いったいどこから!?)
2人が突然現れたウィードに驚愕する。
「喧嘩か?いじめか?」
「違います!この人が襲ってきただけです!」
「わたしは……そうじゃない……です。」
この人と指差しながらナナが答えると、ヨイは慌てて剣を引っ込めた。今までの威勢はなんとやら、ヨイは表情が悟られないように俯くだけである。
(ふーん、ずいぶんかわいらしい反応じゃないの。あ、そうだ!)
しかし、これは絶好の機会である。このチャンスを見逃すわけにはいかないのだ。
「せーんせ、これあげる。」
ナナは、警戒心を持たれないように、男が好きそうな感じの笑顔を精一杯作り上げ、弁当を差し出した。
「これは?」
「お昼。まだ、でしょ?これ、あげる。」
蓋を開けると、色とりどりではないお弁当が姿を現す。
「私に?食べていいのか?」
「うん!」
(もう、この笑顔は維持するのが難しいんだから、早く食べてよ!)
引き付いた笑みを浮かべ、ナナはできる限りかわいく答えた。
「だめー!食べないで!」
ヨイが悲鳴を上げる中、ウィードはその中の一品を軽く摘むと、口に放り込む。
「うむ。よくできているじゃないか。美味しいぞ。」
笑顔で褒めるウィードであったのだが。
「……違う。」
「どうした?」
「ちーがーうーの!」
想像と違った結末に憤ったナナが小洒落た帽子をはぎ取ると、銀が入り混じったウィードの黒髪が零れ落ちた。
「うっ!」
日光を浴びたウィードは膝から崩れると、地面に突っ伏した。それを見たヨイは泣け叫ぶ。
「先生!?先生!!!しっかりして!!!!」
「これが、平和、ですか。」
そして窓からその様子を一部始終見ていたウエトリアは、もう何度目かわからなくなった溜息をつくのであった。




