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02-05

 クラス中がそわそわする中、人一倍、違う意味でそわそわするナナ。既に授業開始時刻は経過しており、いつあの男が現れてもおかしくはない。


(もういっその事、ひと思いにぐさっと済ませてくれれば楽になるのに。)


 過ぎゆく一刻一刻を、ナナはまるで処刑を待つかのように感じていた。そして、その時はやってくる。


 「すまない。待たせたな。」


 扉が開き男が姿を現すと、歓声が上がった。


 彼は出会った時のようなコートに短パンという怪しい格好ではなく、長袖のシャツにスラックスというような一般的な教師の格好をしていた。どうやらある程度の常識は持ち合わせているらしいが、油断はできない。ナナは彼の一挙一動を監視する。


 男は黒板に文字を書く。『ウィード』と。それが男の名前らしい。クラスが少しざわめいた。後に続く『セカンドネーム』がないからだ。


 セカンドネームとは、一般的にはファミリーネームの位置づけであり、貴族ならば一家の長の名前を付けるのが通例である。しかし、庶民に至ってはそうは限らない。例えば、ナナのフルネームはナナ・スティンガーであるが、スティンガーとは彼女の母が経営している店、スティンガー亭の名前から借りている。また、ナナがこの学園を卒業したら、セントヴィーナスを名乗ることができる。そうやって、名前とは所属や身分を証明をすることになるのだ。それが転じて、恋人や配偶者の名前をつけたりもすることもある。


 つまり、ないということは独身であるということだ。不倫男が意図的に隠す場合もあるので完全ではないけれど、どちらにせよ、意図してか知らずか、伴侶はいないとアピールをしたことになる。


「これから接近戦の授業を受け持つことになったウィードだ。よろしく頼む。」


 男が挨拶すると、再び歓声が上がった。


「先生、先生~」

「おいくつですか~?」

「どこから来たんですか?」

「恋人はいるんですか?」

 

 次々に、お決まりの質問が飛んでいく。


「授業はもう始まっている。関係ない質問は答えるつもりはないぞ。」

「え~。」


 一同ブーイングではあるが、ナナは安堵した。質問に答える気がないのなら下手な発言もないだろう。ひょっとしたら彼は思ったより常識人かもしれない、なんて淡い期待が湧いてくる。

 

 ナナがそう思いなおした、そんな中、ホイが立ち上がる。


「先生!ナナとはどういう関係なんですか?」


 ついに来た、この質問。


「ナナとは?」


 ウィードの疑問に、ホイがナナの方を指す。男と視線が合ったナナは祈るように、打ち合わせもしていない合図を目で送る。


(うまくごまかして!)


 なんて通じるわけがないのだけれど、じっと耐えるだけではいたたまれないのだ。


「関係ない質問には答えないといったはずだが。」


 意図が伝わったのか不明であるが、何とか理想通りの返答をしてくれるウィードに渋々ホイが着席する。


 なんとか無事に終わりそうと、ほっと一息ついた、そのとき。


「いえ、関係あります。」


 今度は3人組のうちのホイとは違う、一番背の高い人物が立ち上がった。名前は確か、モイ。


「先生にあってから、ナナの様子がおかしいんです。」

「それがどうした?」

「私は、先生と彼女の関係性を疑っています。もし、知り合いだとしたら、彼女を授業で特別扱いとかエコひいきとか、しないでほしいんです。」


 (えこひいき、ねぇ。まったく。関係を聞きたいからってよく、こんなでたらめな言い訳を思いつくわ。)

 

 ……なんて感心してる場合じゃない。このピンチに、ナナはまたしても、よくわからない合図を送った。


「うむ。そうだな。」


 それに気づいているのか、いないのか。ウィードは少し熟考した後。


「彼女とは昨日会ったばかりだ。何も関係がない。」

「昨日?それにしてはやけに親密そうですけど?」

「これが親密に見えるのか?」

「見えます。さっきからの妙なやり取りが証拠です。」


 指摘されて、ナナは慌てて合図を止める。


「彼女は無関係で、赤の他人だ。私は彼女に対してまったく興味ないし、彼女も同じ気持ちだろう。」


 確かに赤の他人と言ったのはナナであるが。全く興味ないといわれると何かと傷つくものである。


(そりゃ魅力的じゃないかもしれないけどさ。他に言い方ってないの?)


 そして、さらなる駄目押しがナナを襲う。


「じゃあ、どうして変なやり取りをしていたのですか?」

「うむ。それはだな。私が彼女に唾液を要求したからだ。」


 ウィードがさらっととんでもないことを語り出したので、不意をつかれたナナは思わず鼻の頭を机にぶつけてしまった。


「唾液……?」


 ざわざわとクラス中がざわつく。そんなクラスの異変も気にせず、ウィードは続ける。


「そうだ。そして、不本意とはいえ、彼女()キ…」

「うわぁぁぁあああああああああ!」


 ナナは大声を出して、それはまるで鬼気迫るバーサーカーのように猛々しく。男に詰め寄った。


「何てこと言い出すのよ!」

「質問に答えただけだ。……いけなかったか?」

「駄目に決まってるでしょ!」

「しかし、誤解を解くためには詳しく説明をしなければ。」

「もっと誤解されるわよ!」


(つか、さっきなんて言った?不本意?)


 言い返したい言葉は山ほどある。あるが、ここはなるべく早く事を収めなければいけない。ナナはぐっと堪えて言った。


「いいから黙ってて。」

「しかし、これは私の罪でもある。」


 (また、罪!?この馬鹿は空気も読まず、今度も贖罪、とでも言いたいの?)

 

 でも、罪というのなら、事を収める何か便利な言葉があったような気がする。その言葉が何なのか、ナナの頭をぐるぐると駆け巡る。そしてとっさに出た言葉は。


「ジダン!そう、ジダンよ!罪というなら、もう一切、あのことを言わない事。守ってちょうだい。それが私との約束よ」

「示談か?そうか、わかった。」


 話が付いたとみると、それまであっけに取られて見ていた数名のクラスメイトがあわててナナを引きはがす。その頃にはもうクラスの桃色空気は一瞬にして消え去り、現実に引き戻された女生徒たちは平常通りに戻っていた。


 ひょっとしたらあの発言は、少々色ボケしたクラスメイトたちにはいい薬だったのかもしれない。


「ま、あんたたちの関係が良好でない、ということはわかったわ。」


 その様子を見て満足したのか、モイが着席した。


 先ほどの発言の効果もあって、その後の授業はすんなり終了したのだが、それでも懲りない例の3人組を代表とした面々がウィードを追いかけまわす。


「先生!私なら唾液よりいいもの、あげれるよ?」

「ほう。良いものとは?」

「例えば『わ・た・し・の・せ・い・す・い』とか?」


 頬を赤らめて聞いてくる女生徒たちに。


「や、やめてくれ!聖水は苦手なんだ!」


 取り乱しながら本気で断るウィード。

 

「あ、まってよぉ~。」

 

 そんなコントのような、くだらない茶番を目の前で展開されてナナは大きな溜息をついた。


(そりゃ聖水は吸血鬼の弱点ですし……ん?弱点?)


 彼が吸血鬼と言わず、人であるというのなら。無礼で情けないあの男に、ナナはちょっとした復讐を思いつく。

 

(名付けて、ペペロンチーノ大作戦!なーんてね。)


 その作戦が成功した時を想像してナナが思わず右の口角をあげてしまうと。


「何笑ってんの。気持ち悪いわね。」


 ホイに見つかって気味が悪がれるのであった。


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