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これは少し昔。あの吸血鬼がまだ人間の少年だった頃の話。
一台の馬車が山中の別荘へ向かっていた。鞭をしならせ、馬を走らせる従者。中には貴族と思われる、軽装をした少年と少女が乗っていた。少女が小窓から顔を出す。
「見て、ウィード!あれが今日から住むことになるお屋敷かしら?」
向かい風に負けないように大きな声を張り上げる少女。彼女が指し示す先には、遠目からでもわかるような立派な白い建物が見える。
「お嬢様!馬車から身を乗り出すと危険ですよ!」
「きゃっ!」
車輪が硬い小石にでもぶつかったのか、馬車が少し揺れて少女がバランスを崩すと、少年は少女の体を支える。
少女は風で乱れた金色の髪を束ねると、改めて少年の向かいに座った。
「これから毎日、あの屋敷で過ごすのです。危険を冒してまで見る物でもないでしょう。」
「そうよね、ごめんなさい。」
少女はそういって、軽く舌をだした。
屋敷に到着した2人は、獅子を模したノッカーを手に取ると、その大きな扉を叩く。すると中からオークと見間違えるような大柄の女性が現れた。ウィードは少し怯んだが、お嬢様の手前でもある。及び腰でありながらも庇うように少女の前に出た。
しかし、その女性は目にうっすらと涙を浮かべて少女を見つめている。ベルも驚いているようだった。
「ワスワラ?どうしてここに?」
「ベルお嬢様!お帰りなさい!」
女性は少女に抱き付いた。丸太のような硬い筋肉質の腕が少女の体を締める。
「ただいま。」
少々手荒い歓迎を受けたベルは苦しみながらも、その腕を叩いて笑う。
「ワスワラ、痛いわ。少しは手加減して。」
「ははは、ごめん。また、言われてしまったね。」
ワスワラは手を緩めると、今度はウィードに向かって声をかける。
「あなたがお嬢様のナイト君ね!」
女性は続けて少年も熱く抱擁しようとするが、さきほどの光景をみたウィードは躊躇する。察したワスワラは一歩後ずさると右手を差し出し、握手を求めた。
「お初にお目にかかります。ウィードと申します。」
少年もそれに応じようと手を伸ばすと。
「ウィード君も歓迎するよ!マイヤ別邸へようこそ!」
ワスワラはその手を引くと、バランスを崩したウィードにまたもや抱擁した。様々な訓練を積んでいるウィードであったが、これにはかなわない。為す術もなく彼女の熱烈な歓迎の餌食となった。
「大変でしょ?ワスワラはね、元冒険者なの。」
ベルがくすくす笑ってウィードに耳打ちをする。
元冒険者をメイドとして雇うのもどうなのか、とウィードは考えたが、土地柄を考えれば当然かもしれない、と思い直した。この周辺は魔物も多い。高等魔術による結界を張ってはいるが万が一ということもある。お嬢様の身の回りの世話をしているメイドが武をたしなんでいるのは心強いのだろう。
出迎えが一人だということをワスワラは謝罪した。
「すみません。本当は皆でお出迎えしたかったのですが、皆手が離せないもので。」
「いいの。こんなご時世だもの、気にしないで。それより元気そうで何よりだわ。」
気遣いの言葉にワスワラは感激し、声を震わせる。
「お嬢様!もうっ、立派になられて……。」
「それよりお風呂に入りたいわ。見て?髪が土埃で痛んでる。」
ベルが指先で髪を撫でると、ワスワラは待ってましたとばかりに胸を張った。
「はいはい、湯浴みの用意ですね。離れに立派な施設ができたのですぐに案内できますよ。」
「本当?それはうれしいわ!」
歓喜したベルは案内に従って、ぱたぱたと走っていく。ようやくワスワラから解放されたウィードは、我に返り、自分の役目を思い出す。
「では、私はその間、荷物を屋敷に運んでおきますね。」
「ウィード、まかせました!」
ベルが後ろを振り返り、手を振った。ウィードも手を振り返す。
昔と変わらぬお嬢様の様子に思わず忘れそうになるが、これは遊びに来たのでも、旅行に来たのでもない。騎士としての初任務だ。お嬢様にもしもの事があれば、家名に傷が付く程度では済まないだろう。
ここは王都とは訳が違う。新生活の始まりにウィードは気を引き締めた。




