ウィードとベル(前編)
これはまだウィードが、少年であり、人間だった頃のお話。
「お嬢様、こちらへおいででしたか。探しましたよ。」
別邸の窓から外を眺めていた少女に、ウィードが恭しくお辞儀する。
お嬢様、と呼ばれた女性は照れ臭そうに微笑んだ。
「もう、幼馴染なんだからベルって呼んでって言ったでしょ。」
「いえ、私にとってはお嬢様はお嬢様ですから。」
素朴でありながらも気品を持ち、物腰は絹のようでありながら木綿のような強さを感じさせる。彼女の名は、ベルナース。その傍らにはまだ社会経験も足りないが、将来性を感じさせる強い瞳を持つ若き少年、ウィード。
「ねえ、今日こそ街に行きましょうよ。今日は止めるものはだれもいないわ。」
「駄目です、お嬢様。庭園の先から一歩も出てはいけません。外は魔獣でいっぱいですよ。お嬢様にもしものことがあれば旦那様が悲しんでしまいます。」
ベルが休暇を取るにあたっては、外出などの取り決めは事細かく決められており、それが大旦那様との約束であった。別荘から一歩も出してはいけないというのもその一つである。万が一怪我でもさせたら大変だ。
幸い、この別荘は広い。外に出ずとも、ベルが興味を引くものには困らないだろう。王宮にも劣らない大図書室はどうだろうか。天井まで積まれた書庫の山には、有名な冒険譚から無名の日誌まで、所狭しと置かれてある。ここで一日中本を読みふけってもいいかもしれない。
はたまた、庭園では、都会では見られない珍しくも色鮮やかな花や綺麗な虫たちに興味を示すかもしれない。
ウィードはベルが飽きないように、様々な場所へ案内した。
貴賓室と兼用する中ホールには、ベルはその広さに驚嘆し、その中を小走りに駆けた。そして軽くステップを踏んでダンスの真似事をする。
「ウィード、あなたはダンスを踊れる?」
「いえ、まだ習ってはいませんので。」
「そう、残念。」
調理場に案内すると、都会では見慣れない食材にベルは目を輝かせ、あれはなに?これは何?、と料理長を質問攻めにした。
「それは山菜です。食べてみます?」
料理長に言われると、ベルは一掴みすると止める暇もなく口いっぱいに頬張り、この世にこんな苦い食べ物があったのかと、涙を浮かべた。
「苦い。」
「ははは、そんなに欲張ればそうでしょう。これはそういう食べ方をするものではありませんよ。」
料理長は笑いながらコップ一杯の水を差しだし、ベルはそれを受け取ると涙を流しながらに飲み込んだ。
そんなこんなで一日が過ぎていく。
都会の窮屈の暮らしに辟易していたベルにとって、ここは宝物にあふれた楽園であった。