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「はぁ?吸血鬼!?モンスターじゃない!」
誰もが聞いたことがあるようなモンスターの名前に、ナナは身構える、が。
「ちがう……わたしは人、だ。」
目を覚ました男は上半身を起こすと、細い声ながら人であることを強調した。
「だから、わたしは人を襲うようなことはしない。安心してくれ。」
男はそう言って、攻撃の意思がない様を両手を上げて表現したが、それがかえってナナの怒りの炎に油を注いでしまう。
「はあ?人を襲うようなことはしない、ですって?」
よくそんな嘘を堂々と言えるものだ、と、ナナは思った。こいつと関わってから、災難続き。アレもアレもアレもアレも。聞きたいことは山ほどあるのだ。ナナが男の喉元をコートごとつかみあげると、彼の細長い筋肉質の体が少し浮いた。
「私のことを襲っておいて、この大嘘つき!」
その声が大きかったので、先生からお叱りの声が飛んでくる。
「静かに!まだ病人がいるんですよ!」
しかし、ナナは止まらない。ナナと男は、声を殺しながら、言い争いを始めた。
「君を襲った?そんなことはしていないはずだ。」
「そうよ、まず。最初。唾液をくれとか言ってたじゃない!」
「それは、あくまでも許可を得ようとしただけだ。対価も払うといった。公平な取引だ。」
「そういう問題じゃないでしょ!」
果たして公平なのだろうか?唾液をくれ、と言われてその言葉をそのまま受け入れることができる人は少数だろう。少なくとも気分を害したわけで、やはりここは謝罪してもらわないと気が収まらない。しかし、ナナが次の口撃を考えてる隙に、男はちょっとした反撃をした。
「そもそも、私の荷物を放り投げておいて、何を言うのか?襲われた、というのならば、それは私の方だ。」
「……」
ナナは、あの時、時間を稼げるように荷物を遠くに投げた。それは事実だ。中に壊れやすい物が入っていたのならば、損壊したのかもしれない。被害額で言えば、ナナは被害を受けていないのだが、男は被害を受けたことになる。
しかし、それを認めるわけにはいかなかった。常識では、相手のほうが間違ってるはずなのだ。だが、そういう問題じゃない、とは口にしたものの次の言葉に出てこない。他に相手を指摘できるような材料はないか。ナナは、目に入ったものに言及した。
「このコートはなに?どうせ中は裸なんでしょ!」
「そうだが?何か問題でもあるのか?」
男は肯定した。それはハーフパンツを着用してはいるが上半身は裸、という意味であったが、ナナが想像したことは少し違っていた。ナナの顔がたちまち赤くなる。
「やっぱり!そ、そのコートを開けて、お、女の子に裸を見せるんでしょ!」
「なぜそんなことをする必要がある。君は変態なのか?」
「誰が変態よ!あなたが変態なの!」
男がとぼけたような返答をしたので、ナナはむきになって言い返した。
(ああ、こいつと話してると、こっちが頭おかしくなる。)
軽い眩暈で頭を押さえると、束縛から解放された男は乱されたコートを整えた。
「コートでは暑いからな。中は自然と薄着になる。」
「何が自然よ!暑かったらコートを脱げばいいでしょう!」
さて、相手が人間なら、まっとうな指摘であるのだが。
「それはできないな。私は日差しに弱くてね。」
「はぁ?日差しに弱い?それって吸血鬼じゃない!」
「いや、わたしは人だ。ちょっと日差しや聖水に弱い、変わった個性の持ち主の、な。」
(個性、ねぇ)
次々に出てくる男の苦しい言い訳の数々に、ナナは呆れるしかなかった。どうしても、奴がモンスターであり、襲ったってことを認めたくないらしい。こういう、何を言ってもわからない唐変木は、反撃もできない一撃を見舞えばいい。ナナはとっておきの切り札を出した。
「じゃあ、最後のキスはなによ!あれは襲ってない、っていうの?」
「あ、あれはだな。」
男が狼狽え始め、しどろもどろになる。どうやら奴もよくないことだと思っているらしい。これは罪を認めさせるチャンスだ、と、ナナはここぞとばかり畳みかけた。
「そうよ、あのキス!あれは何なの?人なら、あんな状況でキスはしないわよ!」
ところが、その言葉に返答したのは男ではなかった。
「へえ、ナナちゃん、キスしたんだ?」




