01-2
「唾液を少々、譲ってはくれないだろうか?」
「は?」
ナナの特上の笑顔が凍り付く。
聞き間違えだろうか?唾をくれとか言われたような。
「いま、なんておっしゃいました?」
「もちろん、ただとは言わない。1万バルダは出そう。」
「……」
こういうのを何と呼べばいいのだろうか?
ナナの頭に浮かんだのは2文字。そう、『変態』である。
「ミユ、逃げるよ!」
クマは背を向けると襲ってくるという。それが変態に通用するかどうかはわからないが、振り返らずに、ナナはとっさにミユの手を握ろうとした。
が、いない。見れば、すでに逃亡しているではないか!さすがミユ、非常に判断が早い。と感心してる場合じゃない。
(薄情ものぉ!あんな奴、友達じゃないんだから!)
スライムからジャイアントスパイダーまで、この辺に出るモンスターの対処法については学習したことはあるが、変態に対する戦闘方法、そんなものは一切習っていない。
「ギャー!変態!」
ナナは声の限りに叫ぶと、無意識にミユとは反対方向に逃げだした。
考えてみれば、暖かくなるこの季節、全身を覆うようなトレンチコートは明らかにおかしい。よく見れば、足元。大きな旅行鞄の陰で見えなかったが、ひょっとして何も履いてないのでは……?
ナナは寒気がした。
「待ってくれ!私は変態というものではない!」
そんなこと言われても、そんな姿で追いかけてくれば、説得力皆無である。早く、寮まで戻らないと――
◇
ナナが決断する前に、ミユは一人逃げ出していた。不慣れな私服であっても、魔術師だとしても、一通り冒険者として訓練を積んだ身である。凡人より体力は自負していた。途中、ナナの叫び声が聞こえる。
(ナナは変態といったけど、ア・レ・はそんな生易しいもんじゃない、もっと危険な……別のもの。一緒に逃げて、一緒につかまるよりか、どちらか犠牲になったほうがいい。それがナナか、私か――)
不吉な思考が頭をよぎると、ミユは慌てて頭を振り払う。
(余計な情報は邪魔。これが最善の策、であることは確か。ナナちゃんを犠牲にするわけじゃない。どちらかが生き残る事が大切なのだから。)
一心不乱に逃げた甲斐があって、学園の寮まであともう少し。あそこまで行けば助けが呼べるだろう。そんな安堵しかけた、ミユの背後から、幼子のような声がした。
「お姉さん、鬼ごっこしてるの?」




