レドの魔法の薬
「はぁ~い、ナナちゃん、久しぶり。」
次の授業の準備をしているナナに、制服を派手に改造した見覚えがない女生徒が話しかけてきた。
「えーっと、どちら様でしょうか。」
「この前の事なのにもう忘れたの?黒魔研のレドよ。」
レド、レド。記憶の糸を手繰ってみる。レド。ああ、黒魔研のあのいやらしい女か。とすぐ思い当たった。
「ミユに聞いたわよ。あのイケメン新任教師となんかあったんだって?」
レドは図々しくもナナの隣に座る。ミユから?ミユは話してしまったのだろうか。軽々しく人の秘密をばらすような、そんな性格ではないはずである。
「そんな悩めるナナちゃんに じゃーん。いいお薬を持ってきました。」
と、レドはしゃれたピンクの小瓶を取り出した。
「なんですか、これ。」
まったく興味がなかったので、ナナは適当にあしらおうとするが。
「吸血鬼の心がわかるようになる薬。」
「!」
なんて言われて、無視できるわけがない。そんなピンポイントな、便利なものがあるのだろうか。いや、出席ごまかし魔法なんてあるくらいだから、そんなものがあるかもしれない。
「これ、あげるわ。飲んでみて。」
ナナが蓋を開けると、甘ったるい匂いが漂ってきた。毒は入ってなさそうである。効き目があるかはわからないが、別に死にはしないだろう。
ええい、と、ナナは小瓶を一気に飲み干した。
「お、いい飲みっぷりだねぇ」
レドは感心する。ナナとて合コン芸で鍛えた身である。なんぼのもんじゃい。
「じゃ、結果報告楽しみにしてるよ。グッドラック。」
まだ大した影響は出ていないみたいだけど、これで心が読めるようになるのだろうか。ナナは期待と不安を膨らませていた。
事件はお昼時に起きた。いつものように、一緒にお昼を広げるナナとミユの二人。
「ナナちゃん、頬が紅潮してる、なんか病気なの?」
そういえば、体がさっきからなんだかポカポカ温かい。
「レドさんって人が来て、薬をくれたのよ。」
ミユはレドという名前を聞いて、露骨に嫌な顔をした。
「え、あの人の薬飲んじゃったわけ?なんて何の薬だって言ってたの?」
「吸血鬼の心がわかる薬だって。」
「そう、それはご愁傷様。私はこれで。」
ミユはそういいながら早々と立ち去ろうとした。ご愁傷?どういう事だろうか。ナナはミユの袖をつかんで阻止する。
「ちょっと待って。どういう意味!?」
振り返った、そのミユの唇。普段から手入れが行き届いていて、みずみずしい。薄いリップクリームのほのかな香りがする。なんだろう……すごい、キス、したい。
「ねえ、ミユ、キスしていい?」
バカバカバカ、何言ってるんだわたし。相手は女の子、しかも親友だぞ!
「……仕方ないわね、いいわ。」
予想外にも、ミユはそういって唇を突き出した。ナナの唇とミユの唇が近づく。軽く唇が触れ……た、瞬間、魔法が溶けたかのように熱が引いていった。
これが噂の賢者モードってやつなのだろうか。ナナは少し冷静になり、自分のやってしまったことを後悔した。
「ちょっとミユ!なんで抵抗してくれなかったの!」
「私が力技でナナにかなうと思うの?」
逆切れするナナにミユが正論を突きつける。
「あの人の薬の影響ね。話した私も悪いし。」
そういえば、レドも言っていた。ミユから聞いたと。
「ミユさ、口止めされてるでしょう。なんでいっちゃったの。」
「口止めされたのはナナちゃんだけで、私は口止めされてないわよ。」
その通りである。あの男、何か微妙に抜けてる所があるな、とナナは思った。そして、体がまた熱くなっていく。魔法が解けた訳ではないようだ。
「ミユちゃん、魔法の解除方法知ってる?」
「それは普通、魔法をかけた本人が知ってるんじゃないかな。」
……レドを探さないと。今日会ったのだから、どこかにはいるはずである。ナナは教室中を探して回った。途中でトモの姿を見つけ、声をかける。
「トモちゃん、次の授業欠席するから!」
「無断欠席は良くないですよ。理由を述べてください」
「理由は……キスしたいから。」
「えっ?」
トモは男前であり、女子人気も高い。相手として申し分はないだろう。ナナの鼓動が高まる。たまらず、トモの唇にキス。
「ごめんなさい!」
これで一旦、動悸がおさまったナナは、放心状態のトモに謝罪をしながら、レドを探す。
「ナナ!聞いたわよ!ウィード先生とキスしたんですってね!」
こんどは怒りに燃えた、一人の女生徒が突っかかってきた。
「どなたさま?」
「ヨイよ!ウィード先生と同じ授業の!」
見覚えはなかったが、声に聞き覚えがあった。取り巻き、だったか。しかし、それどころではない。次の発作が起きる前に魔法を解かなくてはならないのだ。ヨイの小さいながらも艶めかしい口元に。艶めかしい?
「キス……したいの?」
「キス?ええ!私だってしたいわよ!ウィード先生と……ぐむむ。」
問答無用。ナナはヨイの唇に唇を押し付ける。ヨイの思考回路はたちまちオーバーヒートし、失神をした。ああ、しまった。またやってしまった。犠牲者が増える前に、早くレドを探さないと。
とはいっても、あの派手な服装である。発見は難しくはなかった。
「レド!この魔法すぐ解いてよ!」
「あら、ナナちゃん、知らない?魔法を解くのは王子様って相場が決まってるのよ。だから、ウィード先生あたりにでも頼みなさい。」
「できるわけないでしょ。」
どんな顔をして、頼み込めばいいのだろうか。そんなことは不可能に近かった。
「だったら、我慢しなさいな。そうすればあの吸血鬼の気持ちもわかるでしょう。あなたの発作がおさまってるうちに失礼するわ。」
といい、レドはすぐに立ち去った。
「もう、治らないのかな。」
唇を見ないようしながら、うつむき加減に話す弱気なナナに、一部始終を聞いたミユはある提案をした。
「そうですね、できるかどうかわからないけど、今から術式を騙します。私は今からちょっとの間だけ、ウィードです。」
「どういうこと?」
頬を紅色に染め上げて、ナナは聞いた。
「今、ナナちゃんにかかってる魔法は白魔法、自己の意識に関する魔法ってわけ。つまり、魔法解除には対象物ではなく、自己の認識が重要だと推測します。」
説明を聞いても、ナナにはさっぱりわからない。
「わからないですか?では私のいう事に従ってください。」
そういうとミユは指先で印を描き、呪文を唱えた。
「幻術はちょっと苦手なので、私の魔法を受け入れようと意識してください。抵抗しないでね。」
いつのまにか、目の前にウィード先生がいる。
「ウィード先生?」
「ナナ。どうしたんだ?困ったことでもあったか?」
ウィードはナナの髪をとかしながら、優しく微笑む。ほんと、顔だけはいいんだから。普段も優しければいいのに、とナナは思った。
「キス、したい。」
薬のせいだろうか。ナナは素直な言葉を、素直に吐いた。
「そうか、わかった。では目を瞑って。」
言われたとおりに目を瞑って数十秒。幸せが唇いっぱいに充満する。やがて離れ行く温もりに名残おしく、つい唇を追い求める。
「ナナちゃん、もういいかしら?」
ナナははっとして、慌てて顔をあげた。
「わかった、とは言いましたが、濃厚なのはやめてほしかったですね。」
ハンカチで唇を拭くミユに言われ、すっかり発作も収まったが、ちょっと落ち込むナナであった。
そして、事の顛末をこっそり見ていた、レドは微笑んだ。
「思ったよりいい薬が出来上がりましたね。」
……悲劇はまだ始まったばかりである。




