史上最低で最悪の出会い
聖金星女学園は全寮制の超戦闘型ミッション系名門校である。
教員は元勇者から現役賢者までと幅広く、設備も魔法訓練場や闘技場から温泉施設に至るまで(ちょっとは古くなってるけど)盛沢山。学食も……これは及第点。総合点は100点満点、とはいわないけど80点くらいの合格点。不満があるとすれば一つ、異性との出会いがないということぐらいである。
大体、男といえば、出てくるのはモンスターや変質者のたぐい。今日も不審者について学園長から注意するようにと、忠告があったばかり。街の女たちには外出自粛令が発令されているが、ナナたち学園の生徒は全く気にかけていない。変質者ごときが怖くてモンスターが倒せるかよ、と勇ましいばかりである。男が寄り付かないのもそのせいでは、という噂もあるが気にしてはいけない。
「ああ、どっかにいい出会いがないかなぁ。」
放課後、ナナは友人のミユを誘って学園近くの街中で男あさり、もとい、散歩をしていた。
彼女たちは、男たちも一歩避けて通る学園の生徒という事を隠すために制服を避けて私服に着替えていたが、それでもナナはその美しくも素晴らしい筋肉を隠しきれずにいた。こういう時ってファイターって不利だな、とナナはため息をつく。
今日も特に収穫がなかった、とあきらめかけた時。
「ねね、あれイイ男じゃない?」
ナナが目をつけた男は30代後半であろうか、放課後の夕暮れにたたずむロマンスグレー。180以上あろうかとする身長がよりシルエットを際立たせる。イイ男はいくら年を取っててもいい男なのだ。
「そうかなぁ、おじさん過ぎないかな。」
「ミユがショタ趣味すぎるのよ!」
ちょっと近づいてみる。でもなにかおかしい。こんな暖かい陽気なのに帽子にトレンチコートである。あれではちょっと暑いんじゃないかな、そう思っていると、男はこちらを一瞥すると、ナナたちに声をかけてきた。
「ちょっと失礼する。……唾をくれないか?」
前言撤回。ただの変態であった。
「うわー変態!」
「ち、ちがう、誤解だ!」
男は否定するが、何が誤解なのだろうか。明らかに変態である。こういう時は問答無用、逃げるが勝ち。戦う先輩たちもいるにはいるが、相手の力量差もわからないのに戦うのは愚の骨頂である。
「ミユ、逃げるよ。」
ナナは慌ててみゆの袖を引っ張り、逃げようとする。が、そこにミユはいない。
すでに逃亡済みであった。これは友達から知り合いに格下げだな、とナナは思った。とかく友達関係とはシビアなものなのである。
ミユが逃げたのなら、迷うことはない。
見習いとはいえど、ナナは冒険者の端くれである。一目散に駆け出すと、変態との差はみるみるうちに広がった。
「ちょっと話を聞いてくれ!」
遠くから無駄にイケボが聞こえるが、聞く耳はもたない。さらに速度をあげて距離を稼ぐと、たちまち変態の姿は見えなくなった。ナナはとりあえず一息ついた。
「なんなのあの変態。」
突然唾くれとは残念なイケおじである。暖かくなるとああいうのが増えだすよね。日も落ちている。今日はこっそり裏道から帰ろうか。そう思いナナは別の道を行こうと後ろを振り返った。
ミユはすでに捕らえられていた。銀髪のショタに、である。
女から見ても嫉妬するほどの長いまつ毛に大きな目の持ち主。いかにもミユ好みの美少年だろう。外見に至っては欠点など一切見つからない、パーフェクトなルックスである。
……海パン一丁であることを除いてだが。
「やあ、こんにちはお嬢さん。ご機嫌はいかがかな。」
「へ、変態が二人……?」
ショタが恭しくお辞儀をすると、ナナは驚愕した。
ミユは朦朧としているのか、すでにうつろな目である。精神操作系の魔法か、それとも薬か。どちらにしろいい結果はもたらさないだろう。他にも外傷があるのなら、もっと早めの治療が必要になるかもしれない。
変態おじさんも息を切らしながら追いついてきた。ひょろっとした不健康そうな体のどこにそんな体力があったのだろうか。いや、そんなのを考えている暇はない。
前門の変態に、後門の変態。二人の変態に挟まれナナは、覚悟を決める。
まず、どちらを倒しやすいか、もしくは逃げやすいか。瞬時に判断しなければならない。見てくれはまだ子供に見える、銀髪ショタのほうが戦いやすいだろう。しかし、魔力量はどうなっているのか。
強さは外見によらない。これが判断を狂わせるところだ。豊富な魔力で若さを偽っていたりでもしたら大変だ。いや、そこまでの深い考えはいらないのかもしれない。答えはもっと簡単で、明らかにミユに危害を加えてる危険なショタとただの「唾くれ」おじさん…どちらが危険かナナは決断した。
ショタから距離を取るをとると、当然、変態おじさんがそばに寄ってくる。嫌なトロッコ問題だ。
「はぁはぁ、つ、唾をくれないか?」
「いやって言ってんでしょうが!」
息づかいも相まって変態さに強度が増す。
見てくれだけなら、身長も高く、顔も好みのタイプに入るのかもしれない。だが、ヘンタイはお断りである。そのナナの渾身の右フックを男は軽くかわした。
「!?」
ナナとて、学生ではあるが、戦闘の訓練は一通り積んでいる身。ただの変態ごときによけられるとは計算外だ。何者だろうか。そうあっけにとられていると。
「すまんな、緊急時だ。」
男はそういって、ナナに問答無用でキスをした。
無理やり絡めとられる舌。くっそムカついたんで舌を噛み切ろうとするが、その努力もむなしくキスは終わっていた。短くも濃厚な、フレンチテイストなフレンチキス。
「やめろ!この変態!キス魔!」
逃げることも忘れ、冷静さを欠いた怒りの蹴りも見事にかわされるナナに、
「やめてくれ。だから唾くれっていったんだ!私は紳士なんだ!」
と、男はわけのわからないことを供述しながら、銀髪の変態に向かっていった。
「爺が。引っ込んでろよ!そいつはオレの獲物だっ!」
「果たして、君は私を爺と呼べるほど子供なのかな。君の本当の年齢はいったいいくつなのかな。」
「ほざけ!」
言葉を遮るように、銀髪を振り乱してとびかかるショタ。
唾くれおじさんはショタの鈎爪を躱すと裏拳をカウンター気味に横っ腹にぶちあてる。吹き飛ぶショタ。
「くそったれが!」
ショタはたまらず一歩後ろに下がり、印を結ぶようなしぐさを見せたが、その前に正拳がヒットする。
「私は紳士を心掛けているが、詠唱中も待つような真摯さは持ち合わせてないんでね。一瞬で終わらせてもらうよ。」
強い。圧倒的な強さ。
おかしいぞ。変態が頼もしく見える。ただの変態キス魔なのに。
でも、これは逃げるチャンスだ。このチャンスをみすみす見逃す手は、冒険者の端くれであるナナにはありえない。
しかし、それに立ちはだかるものがいた。ミユである。
ナナはその表情にぎょっとした。焦点の定まらない目に、だらしない口元。よだれを垂らしながら、こちらに向かってくる。それはまるで授業で習った生きる屍……
「こいつはまずい。思った以上に眷属化が進んでいるようだ。」
おっさんが解説してきた。助かる。
しかし眷属化とはなんだったか。モンスターの類か何かか。こういうのは魔術師であるミユのほうが詳しいだろうが、本人がモンスター化してるのでは答えを聞き出すのは不可能である。もっと勉強しておくべきだった、とナナは後悔した。
「あんたは味方なの?」
「今は味方と思ってもらって構わない。」
ショタとの交戦中にも成り立つ会話。ずいぶんとヨユーじゃないの。おっさん強すぎるだろ。
「この子は君の友達なんだろ?私は手加減できない。君が相手してやってくれ。」
「あんたはどうするの?」
「私か?彼を倒す。」
ナナが問うと、おじさんはそういって、指をぽきぽき鳴らした。
「はぁ?オレを倒すだと?舐めんなよ!」
ショタがいきり倒しているが、唾くれおじさんの前には防戦一方。早めに決着がつきそうである。こちらは安心してミユに集中できる。
眷属化の解除の仕方。魔術の授業を思い出せ。確か、相手の魔力の流れを遮断するとかなんとか、かんとか。思い出そうとしても、小難しい魔術のウエトリア先生の顔しか思い出せない。ええい、めんどくさい、ぶん殴ろう。
ナナは割り切った。こういうのはぶん殴ったりしたら、正気に戻って魔法は解けるんじゃないだろうか、と。いわゆる脳筋である。
だけど、ミユと戦うのはさすがに気が引ける。ランクは下がろうとも友人である。
これではいけない。ナナは戦うために精神を集中させる。友達とはいっても今は敵。闘争心を思い出せ。取っておいたプリンを食われたこと。それでも体重勝負は圧倒的に負けたこと。あるいは勇者学園との合コンで男を取られたこと。
ちょっと腹立ってきたな。きつめに殴っておこう。
所詮魔術師である。ミユの一撃をなんなく躱すと、難なくごつん、と、頭部に一撃を与える。マユは漫画のようなたんこぶを作って失神した。こんなにもあっけなく決着がつくと、気になるのは変態同士の戦いである。タイミングによってはマユを連れて逃亡してもいい。ナナはこの戦いを見守った。
戦いは一方的であった。唾くれおじさんの圧倒的な拳のラッシュになすすべもなく、銀髪ショタは壁際に追い詰められる。
「ここまで実力の差があると拍子抜けだな。」
「糞爺が。お前のせいでハーレム計画も台無しだ!」
「愉快なことを。君のような情けない男にどんないい女がなびくというのだ。」
変態おじさんはトレンチコートの中から小さな小瓶を取り出すと、
「お友達は返してもらうぞ。」
そういって、中に入った液体を銀髪ショタにぶっかけた。
「なんだよこれ……。」
「君なら知っているだろう。特注の聖水さ。」
「なんでお前が!なんでそんなものを持っているんだよ!」
悲鳴が聞こえる。銀髪のショタは立膝をつくと足元から崩れ落ち、たちまち灰になっていく。後には彼が着ていたコートと海パンが取り残された。
変態の勝利である。どちらも変態ですけどもね。
さて、残る問題はデカイたんこぶを作ったミユである。
「お前は冒険者見習いじゃないのか?気付け薬ぐらい持ってないのか?」
ばれてーら。あの筋肉だし仕方ないかもしれないが。
「生憎私服でしてね。私物以外は持ち合わせてないんですよ。」
「やれやれ、化け物と戦うつもりなら私服でも持っておいて損はないぞ。」
男は、独特の薬草臭い小瓶をマユに振りかける。これが非常に臭い。
「臭っ」
その強烈な匂いにたまらず、ミユは目を覚ました。かなりの効き目である。
少々混乱気味ではあったが、事情をあらかた説明すると状況をすんなり理解してくれたようだ。さすが魔術師である。
「えー、さっきの男の子、モンスターだったの!?好みだったのにぃ。」
さっきまで変顔だったのは、本人の名誉のために黙っておこう。
「でもちょっともったいないことをしたな……」
ミユは、まだ魅了がとけていないのか、そう言って残された海パンを拾って抱きしめた。
うん、これは知り合いランクからも下げることも検討しよう。ナナはそう思ったのだった。