98 作戦会議!
ちょうどそのときだ。吹き抜けから見下ろす一階のエントランスに、フランチェスカが駆けてきた。
「あれ!? グラツィアーノがこの時間にひとりで起きてる、珍しい!」
「……お嬢」
「ちょうど朝ご飯が出来たみたい! レオナルドも早く降りてきて。食べ終わったら作戦会議するよー!」
朝からよく通る元気な声に、グラツィアーノは息を吐き出した。
「ほら、さっさと行くぞ番犬。フランチェスカを待たせられない」
「あんたに言われるまでもありません。指図しないでもらえます?」
再び歩き始めたアルディーニからは、先ほどの冷たさが消えている。
「……」
グラツィアーノはその背中を見据えながら、フランチェスカのもとへと向かうのだった。
***
「それでは、今日の作戦会議を始めます!」
フランチェスカは、ラニエーリ家に提供された別荘での朝食を終えたあと、立ち上がって堂々と宣言した。
この数日間、天気の良い朝は外のウッドデッキで朝食を摂ることも多かったが、今日の朝ご飯は食堂だ。赤い絨毯の敷かれた上品な食堂に、レオナルドのぱちぱちという拍手が響く。
「拍手をありがとうレオナルド! それで、まずはリカルドの情報だけど……」
「うむ」
テーブルの向かいに座るリカルドは、毎日誰よりも早起きだ。すでに完璧な身支度を整え、正しい姿勢で座っている。
「当家の構成員たちには昨晩も引き続き、サヴィーニ侯爵が滞在する屋敷の見張りに立たせた。初日から相変わらず、ラニエーリ家が警備をする外側からという形ですまないが……」
「ううん、すごく心強いよ。セラノーヴァ家の人たちは、どっしり構えた重厚な布陣が得意だもんね」
殺し屋に狙われている人を守る場合、とにかく敵を近付けないことが重要になる。特にこの世界では前世と違い、スキルという特殊なものが存在するのだ。
「我々の結界に接触した者も、屋敷に近付こうとする者も居なかった。……商談が行われる夜会まで日が無い中、悠長な動きなのが気になるな」
「ひとまず、外部から侯爵に近付く人が居ないかはこれからも注意したいなあ」
「任せろ。セラノーヴァ家の力が必要であれば、何処まででも貸そう」
リカルドの家の面々は、みんな地道で誠実な調査をしてくれる。フランチェスカは改めてリカルドにお礼を言いつつ、右隣の席に座ったグラツィアーノを見遣った。
「グラツィアーノ。サヴィーニ侯爵が招待しているお客さんたちのことだけど……」
「それのことなら、リストは九割方完成しました」
「え、もうそんなに!?」
フランチェスカが目を丸くすると、グラツィアーノは少し生意気な表情を浮かべて言うのだ。
「当然でしょ? 当主のお遣いをするときと同じルートを使えば、別に大して難しいことじゃないですし」
「ううん、それでも早いよ! 貴族や偉い人たちなんて、ここに招待されているのを伏せてる人ばかりなのに。グラツィアーノ、立派になったんだねえ……」
「っ、別に。これくらいの仕事、カルヴィーノ家の構成員にとっては日常茶飯事なんで」
フランチェスカがしみじみと言うのが気恥ずかしいのか、グラツィアーノは素直ではない。フランチェスカはくすくす笑いつつ、もらったリストを見下ろした。
(ここに書いてある人たちの中に、ゲームでグラツィアーノのお父さんを殺したキャラクターが混ざってる可能性が高い……)
ゲームでは名前も立ち絵もない敵だが、この世界では現実に存在する人物だ。
「グラツィアーノ。我が家のみんなに頼んで、この人たちの素性を確認できる?」
「すでにお願いはしています。シモーネ先輩に連絡を取ったら、もう数日掛かりそうとのことでした」
「そっか。ありがとう!」
グラツィアーノの働きに感謝をしつつ、フランチェスカは考え込む。
(……素性を調べて暴いたって、それが何の役にも立たない可能性は高い。だって……)
ちらりと視線を向けたのは、左隣に座っているレオナルドだ。
テーブルの上に頬杖をついたレオナルドは、フランチェスカを見てくちびるで微笑んだ。恐らくは彼も、フランチェスカと同じ考えを抱いている。
(殺し屋は、『黒幕』に洗脳されて動いている人の可能性もあるんだ)
リカルドの父ジェラルドは、薬物騒動の犯人とされていた。
けれども実態は複雑で、ジェラルドは洗脳されていたのである。その犯人である『黒幕』こそ、ゲームシナリオの本当の敵だ。
「レオナルド……」
「……」
フランチェスカに呼ばれたレオナルドは、へらっと笑って脚を組む。
「俺は今日も引き続き、戦果無しだ」
「――――……」
軽薄に聞こえるその言葉に、グラツィアーノがふんと鼻を鳴らした。
「勝負をする気も無いのが相手じゃ、争う労力を払わずに済みますね」
「おいアルディーニ、そのように不真面目でどうするんだ? これは貴様とグラツィアーノが陛下より賜った王命。俺とフランチェスカはあくまで補佐だ」
「いやあ、俺だって頑張ってるんだぜ? 森でフランチェスカと遊べそうな場所も探してるし、フランチェスカに絡んできそうな男たちに牽制もしてるし」
「……まあ、それも大事っすけど」
「だが、他を疎かにして良い理由にはならん」
男子たちがわいわいと話している中で、フランチェスカだけがレオナルドの真意に気が付いていた。
(きっとレオナルドが探しているのは、殺し屋じゃない)
問題を解決するにあたって、実行犯だけを捕らえれば良いという考えでは無いのだろう。
(狙いは最初から、『黒幕』の尻尾を掴むこと……)
その『黒幕』の行いが、レオナルドの父と兄の死に繋がった。
レオナルドはそう考え、だからこそアルディーニ家の当主を継いでからもずっと、『黒幕』に狙いを研ぎ澄ませているのだ。