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【アニメ化&5部完結】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第2部 忠臣義士の番犬従者〜

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97 当主が継ぐもの

 朝からひどい夢を見た上に、ひどい人物に出会ってしまった。相変わらず気に食わないその男は、グラツィアーノを眺めて面白そうに目を眇める。


「……なんすか」

「別に? ただ、最悪な夢を見たって顔してるなーと」

(なんで分かんだよ。くそ)


 自分が分かりやすいのかと危ぶむが、そうではない。


 アルディーニ家の当主であるこの男は、金色の目で何もかもを見透かしているのだ。

 大袈裟かもしれないが、本当にそんな気にさせられるような洞察力で、人の触れられたくない部分に踏み込んでくる。


「おにーさんが相談に乗ってやろうか。逆に引っ掻き回してやるかもしれないが」

「はあ? 誰があんたに――……」


 あからさまな揶揄いを拒もうとするが、グラツィアーノはふと思い直した。


「……じゃあ、ひとつだけ」

「ん?」


 二階の客室前に伸びているこの廊下は、吹き抜けになっている一階のエントランスからよく見える。

 すでに起きているであろうフランチェスカに見付からないよう、グラツィアーノは端的に切り出した。


「長く続いた家を継いで当主になるのって、一体どんな心境なんすか?」

「……あー……」


 アルディーニは目を眇めて笑うと、廊下の手摺りとなっている柵に背を預けた。


「ふうん。なるほどなるほど」

「……今度はなんなんです」

「お前、カルヴィーノの養子にでもなる予定があるのか。ひとり娘であるフランチェスカが後継者にならない場合、お前がカルヴィーノの次期当主になる、と」

「…………」


 本当に、忌々しいほどこちらの考えを見通してくる。グラツィアーノは静かに睨みつつ、心の中で後悔した。


(こんなやつに、聞くんじゃなかった)


 アルディーニが返して来そうな答えを予想して、尋ねたことを後悔する。


(どうせ『精々頑張ってみれば?』とか、面白半分に囃し立ててくるんだろ)


 この男と出会った数ヶ月のあいだに、散々そんな揶揄を受けてきているのだ。グラツィアーノが警戒していると、アルディーニは肩を竦めながらこう言った。


「……他人が築き上げた成果なんて、下手に請け負うものじゃない」

「!」


 その言葉に、グラツィアーノは目を丸くする。


「裏社会を牛耳る家の中でも、カルヴィーノ家は特に厄介だ。この国では三百年前、カルヴィーノ初代当主が国王をクーデターから守ったことをきっかけに、裏稼業の人間が王室と結ばれた」

「……」

「三百年経っても不変の信念が、容易くて軽いはずもないだろう? 実子だろうが養子だろうが変わらないさ。ろくでもない、その感想に尽きる」

「……なら」


 アルディーニの言葉に警戒しつつ、睨んだままで問い重ねた。


「あんたは何故、当主を務め続けている?」

「――俺の目的に、利用するため」


 そう答えたあとに、その男は悠然とした笑みで言う。


「なんてのは嘘で、権力を持つのが気持ち良いから」

「…………」


 わざとらしく小首を傾げても、別に可愛くもなんともない。クラスの女子たちが見れば騒ぐだろうが、グラツィアーノには腹立たしいだけだ。


「さすがに今のは、いくらなんでも分かりやす過ぎますけど」

「はははっ!」


 心底おかしそうに笑うアルディーニを見て、グラツィアーノは溜め息をついた。

 本音のようなものを垣間見せたのも、あからさまな嘘で覆い隠してみせたのも、恐らくは計算尽くなのだろう。


(振り回されるのが分かってんのに、どうしてもまともに話を聞きたくなる。こいつの一挙一動が、どうしようもなく目を引く……くそ、これが人心掌握術ってやつか)


 自分の経験の浅さが嫌になる。カルヴィーノの構成員として、大人に負けない修羅場を踏んできた自信はあるのに、この男の前では羽根よりも軽く感じられた。

 アルディーニは身を預けていた柵から離れると、階段の方に歩き始めた。


「でもまあ、お前には頑張って欲しいかな。俺とフランチェスカが結婚するにあたって、カルヴィーノの跡継ぎ問題は解消しておく必要がある」

「間違えないでもらえますか? 俺がカルヴィーノ家の養子になる計画は、あくまでお嬢の選択肢を広げる手段のひとつです」


 グラツィアーノは立ち止まったまま、アルディーニの背中にこう告げる。


「お嬢が本気で家を継ぐのを拒んだり、あんたと本当に結婚してしまわない限り。カルヴィーノの次期当主はお嬢だけだ」

「……ごめんな」

「!」


 その瞬間、グラツィアーノは思わず身構える。

 アルディーニが謝罪を述べた瞬間に、辺りの空気が凍り付いたからだ。本能からの警告が、ただちに身を守れと告げている。


「俺はこの先何があっても、フランチェスカを手離すことはない」

「……っ、何を……」

「誰と抗争することになっても。国王の命令に背いても。彼女の大切な人間を、全員殺さなければ手に入らないとしても」


 そう言って振り返ったアルディーニは、柔らかな微笑みを浮かべていた。


「お前がカルヴィーノの当主にならない未来は、お前が俺に殺されたときだけだよ」

「……あんた」


 グラツィアーノは身構えたまま、先ほどよりも強くアルディーニを睨み付ける。


「やっぱりどう考えても、お嬢を幸せに出来そうもない人間だな」

「ははっ。奇遇だな、俺もそう思う」



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