92 作られた言い訳
(怪しいって思われちゃったみたい。ソフィアさんのこんな目に見詰められると、銃口を向けられてるみたいな緊張感だ)
フランチェスカは瞬時に切り替えるが、それを表情には決して出さない。
(まずは、混乱しているふりをしないと)
緊張した様子を取り繕いながら、フランチェスカは恐る恐る口を開いた。
「ええと……お、お話していた通りです。学院が夏休みになったので、レオナルドや同級生と遊びたくて。ラニエーリ家の素敵な森のお話を前から聞いていたから、ルカさまに我が儘を言いました」
「ごめんね。お嬢さんを責めている訳じゃないんだよ?」
ソフィアの声音は柔らかい。それなのに空気は張り詰めていて、肌がぴりぴりとするほどだ。
「アルディーニ。あんたはベタ惚れの婚約者を連れて危険因子に近付くような、そんな迂闊な男だったかい?」
「はは、なんのことだか。ラニエーリ家のこの森は、賓客を招くために厳重な警備が敷かれているはずでしょう」
「それでも当家の構成員が、懐に銃を忍ばせてうろついている森だよ。娼婦を連れたお客さまもいて、第一に」
ソフィアは脚を組み替えながら、なんでもない様子で口にする。
「サヴィーニ閣下が殺し屋に狙われていることを、あんたが知らないはずもないだろう」
(……当然、ソフィアさんだって把握しているよね……)
貴族を狙った殺し屋の存在を、ルカは各家に通達しているのだろう。不逞の輩がいることは、裏から国を守る五大ファミリーが知っておくべき情報だ。
「そのお嬢さんが何も知らなくたって、あんたが絶対に止めていたはず。サヴィーニ閣下がこの森で大規模な商談を進めたがっていることぐらい、あんたは掴んでいるだろうからね」
ソフィアがそんな風に指摘してくる可能性は、フランチェスカたちも事前に予想していた。けれどもこの屋敷への道行きで、レオナルドはこう言ったのだ。
『大丈夫だ。言い訳の用意はしてあるから』
(レオナルドの作戦に任せるつもりだけど、一体何を話すのかな?)
フランチェスカは戸惑う演技を続けたまま、レオナルドのことをちらりと見遣った。
隣で悠然と笑っているレオナルドは、さも当然のことのようにこう言った。
「同行したのは、俺がフランチェスカを守るためですよ」
「それにしたって、あんた自身が直接出てくるのは普段のやり口らしくない。とことん他人を利用するのがあんただろう?」
(確かに。最初に私を誘拐したときだって、構成員に攫わせようとしたもんね)
結果として失敗し、最終的にはレオナルドが出てきたものの、それはあくまで保険だったはずだ。
ゲームでは最後まで構成員が誘拐を完遂し、フランチェスカが攻略対象に助けられる際も、レオナルドが登場することはなかった。
「いくら可愛い婚約者からおねだりされたからといって、殺し屋に狙われている男が居る森から場所を変更させるわけでもなく。あんたも危険な状況なのに、のこのこ同行したのは不思議じゃないか」
「おや。ひょっとして、俺がフランチェスカに惚れているのが嘘だとでも?」
「ふふ。そうは言っていないだろう?」
(やっぱり、ソフィアさんにも怪しいと思われてる!!)
内心で冷や汗をかくものの、レオナルドの方は余裕の態度だ。
「さすがはラニエーリ当主、さすがの観察眼だ。いかに婚約者の頼み事といえど、普通ならあんな男には近付きません。何しろ俺は臆病者ですので」
(し、白々しい……!)
怖いものなどない顔で笑うくせに、冗談が過ぎる。
「そんな俺が、うちの構成員やフランチェスカの世話係に守らせず、自らフランチェスカの傍にいる理由は……」
(理由は?)
金色の双眸を細めたレオナルドが、悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。
「――フランチェスカの『世話係』に、俺が負けたくないからです」
「…………」
ソフィアがその目を丸くするも、彼女より驚いたのはフランチェスカだ。
「れ、レオナルド!?」
「至ってシンプルな理由でしょう? 他の誰にも守らせたくありません。可愛い婚約者は鈍感なので、俺の嫉妬心に思いも至っていないでしょうが」
レオナルドは軽い口調で、それでもはっきりとこう告げた。
「そこに打算も無ければ計算も無い。どれだけ危険が伴おうと、俺にとって不合理な出来事であろうと、彼女を奪われないためならなんでもしますよ」
この場にグラツィアーノ本人がいたら、きっとレオナルドに対抗していただろう。内心の動揺を隠せないが、作戦的にもこの反応で正解だろう。
「出来る限り俺自身が、フランチェスカの傍にいたい」
レオナルドはフランチェスカを見下ろすと、とてもやさしい微笑みを浮かべる。
「フランチェスカは俺にとって、この世界で唯一の大切なものなので」
「……っ」
あまりにも率直な物言いに、なんだか頬が熱くなった。
ソフィアはレオナルドの表情を見つめ、まばたきをしたあとに笑みを浮かべる。
「……本当に意外だね。他人を利用することにしか興味のなかった坊ちゃんが、一段と良い男になったじゃないか」
「自分でも驚いています。ここまで何かに執着することになるなんて、まったく考えてもいなかった」
「あはは! いいね。恋の話は大好物だよ」
唖然としているフランチェスカを他所に、レオナルドとソフィアは応酬を進めていった。