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89 ミモザの当主


「ありがとう。レオナルド」

「!」


 手を伸ばし、ぎゅっとレオナルドの手を握る。それから真っ直ぐに目を見据え、心から彼にこう告げた。


「レオナルドが一緒に居てくれて嬉しい。……本当に、とっても、ものすごく」

「……っ!」


 その瞬間、レオナルドが僅かに息を呑んだ気配がする。


(……思わず本心だけで話しちゃった。森で遊べたのが嬉しかったから、そのままの気持ちになっちゃったけれど)


 作戦通り出来ているか心配になり、内心で反省しつつレオナルドを見詰めた。


(もっとレオナルドみたいに、大人っぽい言い回しをした方がよかったのかな?)


 けれどもフランチェスカの心配は、どうやら杞憂だったようだ。


「……あー…………」


 溜め息をついて額を押さえたレオナルドは、なんだか珍しい表情をしていた。

 少しだけ困ったような、それでいて愛おしいものを見る微笑みだ。彼は、嘘が混じっているようには聞こえない声音でフランチェスカに囁く。


「……やっぱり俺は、君にだけは敵わないな」

「?」


 首を傾げたフランチェスカを前に、ソフィアは明るい声をあげて笑った。


「っ、あはは! いいねえお嬢さん。こんな良い子がカルヴィーノのひとり娘とあらば、エヴァルトも構成員も嫁には出したがらないだろうに」

「いえいえ、そんなとんでもない!」

「ふふ」


 肘掛けに頬杖をついたソフィアは、煙草をふかしながら悪戯っぽく目を眇める。


「――川原でうちの妹分を助けてくれたとき。お嬢さんは従者に任せたままにはせず、自分もその場にやってきたそうだね」

「!」


 ソフィアの瞳は真っ直ぐに、フランチェスカのことを見据えていた。


「人を上手く使える人間は、必ず現場のことを知ろうとする。組織がデカくなればそうはいかないが、それでも知るための努力はするものさ。お嬢さんはそれがちゃあんと出来ているようだ」

「!? いえそんな、そんなことは!」


 フランチェスカはぶんぶんと首を横に振った。けれどもソフィアは面白そうに、フランチェスカの分析を続けた。


「その後にサヴィーニ侯爵が、お嬢さんの従者に絡んできたんだろう? お嬢さんは迷わずあの男の子の前に出て、侯爵に下手な文句を言わせないようにやり込めたと聞いているよ。大の大人の前に出て堂々と、大したものだったんだってね?」

「違うんです! それもただ、グラツィアーノの立場からサヴィーニ閣下に説明するのが難しいと思ったからで……!!」

「その見極めが出来るということも、重要な素質のひとつだよ。お嬢さんの家の構成員は、みんなこう考えているんじゃないかい?」


 ソフィアはくすっと笑いながら、フランチェスカにこう続けた。


「――『アルディーニとの婚約なんか破棄して、フランチェスカお嬢さまが当主になって欲しい』ってね」

(わあん、どうして……!?)


 曖昧な笑みを浮かべつつも、心の中では泣きそうになる。


(今度こそ『骨の髄まで裏社会の人間』なんて思われないよう、裏社会をあまり知らない女の子として振る舞ったつもりなのに!!)

「ははっ、どうするフランチェスカ? 君がちょっと変わった女の子だってこと、早速見抜かれてしまっているぞ」

「レオナルドはお願いだから静かにしてて……!!」


 小声で意地悪を囁いてきた友人に、同じく小声でひそひそと返す。ソフィアには聞こえていないはずだが、フランチェスカの苦労は察せられているようだ。


「あはは、ごめんよお嬢さん。女の子がファミリーを継ぐなんて、並大抵の苦労じゃないから嫌だよねえ。私という下手な前例がある所為で、苦労を掛けていたら申し訳ないな」

(確かに。パパたちが私に後を継ぐことを期待するのは、ソフィアさんの存在が大きいんだよね……)


 この世界では基本的に、男性が家を継ぐことが大半だ。

 けれども実のところ法律的には、女性も爵位を継げることになっている。


(とはいえ、女性が当主になるケースは珍しくて、男性後継者のいない家のほとんどが養子を取るんだけど……)


 ラニエーリ家当主のソフィアは、女性が一家の事業を継いだ際、配下の誰の反発も受けなかった稀有な例だ。


「他家のお嬢さんに悪影響を与えていないと良いんだが。私がラニエーリ家を滞りなく継げたのは、我が家の信条によるところも大きいからね」

「ラニエーリ家の信条は、『優美』を尊ぶというものですよね」


 五大ファミリーにはそれぞれに信条を掲げ、それを重視して事業を行っている。裏社会に生きるからこそ、統率を取るための規則が必要だからだ。


 フランチェスカの家では『忠誠』を掲げ、レオナルドの家は『強さ』を信条とする。リカルドの家は『伝統』だ。


 ソフィアの率いるラニエーリ家は、品のある美しさを意味する『優美』となっていた。


「お家を象徴する花も、それにちなんで……」

「ミモザの花。アカシアとも呼ぶね」


 まさしくソフィアの金色の髪は、鮮やかな黄色のミモザを思わせる。


(……綺麗だなあ……)


 窓から差し込む夏の陽射しが、褐色の肌の上に流れる彼女の髪を優雅に輝かせた。


 煙草の煙がくゆる向こうに、ソフィアの美しいかんばせが見える。

 大人の女性の色気があるのに、ときどき茶目っ気のある表情や仕草をしてみせるから、何処か可愛らしさも感じられるのだ。


(ミモザの花は、可愛い黄色の花。それでいて綺麗で品格があって、良い匂いがする)


 ソフィアの人を惹き付ける雰囲気は、ミモザの花にぴったりだ。



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