9 どうしてこうなったか教えて下さい!
【二章】
この日の朝のフランチェスカは、今日から始まる新生活にわくわくしていたはずだった。
なにしろ記念すべき転入初日だ。
さまざまな懸念はあるものの、今日歩み出す一歩目こそが、友達作りのための偉大なる第一歩である。
(教室に入ったら、一生懸命に自己紹介をしよう……! 好印象を与えることを意識するんじゃなくて、まずは聞いてくれる人たちに聞きやすく、丁寧に話すよう頑張るんだ。はあ、緊張する……!)
だけどこの緊張感は、決して嫌なものではない。よく晴れた寒い日の朝みたいに、気合をいれてくれるような性質のものだった。
(友達、できるかな)
四月の花が舞う馬車道で、窓から外を眺めつつ思いを馳せる。
(……他のファミリーの人たちに会わず、全力で回避できるように頑張らなきゃ。大丈夫! クラスの通知が昨日の夜に届いたけど、ゲームのメインストーリーに登場するどのクラスでもなかったし……!)
そんなフランチェスカのわくわくする心を、初日から華麗に折ってくれたのが、講堂の最後部に座っていたレオナルドなのだった。
***
「……なんで……!?」
一限目の授業が終わったとき、フランチェスカはほとんど半ベソで声を上げていた。
教室に入ってから授業中も、ずっと頭の中に渦巻いていた言葉だ。
けれど休憩時間になり、諸悪の根源が隣に座ってきたことで、ついつい口をついて出てしまった。
「ん? なんでって……」
目の前にいるのは、あまりにも整った容姿を持つ、美しい男子生徒だ。
少し癖のある黒髪に、満月のような金色の瞳。
着ているのは学院の制服だが、黒いネクタイは緩められ、白シャツのボタンをふたつ開けている。
鎖骨まで晒されているのだが、それがだらしなくなく、妙に色っぽく見えていた。
しかし、フランチェスカにとってはどうでもいい。
「俺が元々いたクラスに転入してきたのは、君だろう?」
(だから、それがなんでなのって困ってるの!!)
レオナルドは、フランチェスカを楽しそうに観察しながら、机に頬杖をついて笑った。
この学院の教室は、講堂のような作りになっている。後ろに行くにつれて高くなる階段状の床に、カウンター型の長机が設置され、生徒は授業のたびに好きな席へと座れるようだ。
レオナルドから遠い席を選んだのに、隣に来られては意味がない。
挙句、周りのクラスメイトは、フランチェスカたちを遠巻きに眺めている。
「……驚いた。まさか彼が、本当に登校してきてるなんて……」
「久しぶりに見ても格好良い、このクラスに入れて良かった……! せめて一秒だけでもいいから、こっち見てくれないかなあ……」
「馬鹿、やめとけよ……! 関わると何されるか分からないぞ」
「気まぐれに帰っちゃう前に、他のクラスの子も呼んで来てあげないと!! ――それにしても」
がやがやと騒いでいる面々が、フランチェスカに視線を注ぐ。
「……あの転入生、レオナルドさまとどういう関係……?」
(それはもう、当然こうなるに決まってるよね……!!)
いま浴びている注目が、好意的なものではないのは明白だ。
どちらかといえば腫れ物扱いや、得体の知れないものを見るような目と言える。レオナルドから離れるべく、なるべく椅子の端っこに移ろうとするのだが、その分だけレオナルドもこちらににじり寄ってきた。
「お、お願いだから離れてよお……!!」
フランチェスカは小さな声で、必死にレオナルドへと懇願する。
「つれないな。君と俺の仲だろう?」
「そんなの築き上げてない! 大体! 私に! 何の用事なの!!」
レオナルドに昨日告げた通り、彼の企みに巻き込まれてあげるつもりはなかった。けれどレオナルドはけろりとして、懐から何かを取り出す。
「そう怯えるなって。俺はただ、君に返したいものがあっただけさ」
「……返したいもの……?」
「ほら」
レオナルドはフランチェスカの眼前に、ひらりと何か布を垂らしてみせた。
「……これは……」
確かに見覚えのあるものなのだが、すぐには答えが出てこない。
そのたった一秒ほどの間に、レオナルドがフランチェスカの耳元にくちびるを寄せ、意地の悪い内緒話をする。
「……君が着ていたドレスの、ほどいた腰リボン」
「あわーーーーーーーーっ!?」
ざわっ、と周囲がどよめいた。
レオナルドは囁き声だったから、内容が聞こえたわけではないはずだ。ただし、いきなり教室で密着状態になったために、みんなを驚かせてしまったのだろう。
悲鳴を上げたフランチェスカは、それを咄嗟に誤魔化した。
「わっ、わ、わ……ワーッ、それにしても今日は良い天気!! こんな四月の陽気なら、アルディーニさんも眠くなって、隣の席の人の肩に凭れ掛かりそうになったりしちゃいますよね!! 仕方ない! 私も眠気覚ましのお散歩に行こーっと!!」
早口で大きな独り言を言い、レオナルドを押し退けて立ち上がる。
これ以上クラスメイトに不審がられたくなかったのだが、レオナルドにそんな振る舞いをすること自体が悪目立ちするのだと、いまのフランチェスカは気付かない。
「フラーンチェースカ。待てって。俺も一緒に行く」
(ついてきたあ……!!)
廊下に出たあともレオナルドに呼ばれ、早足で校舎の外に出る。
しかし、レオナルドを撒けそうにはなかったので、校舎裏まで行ったところでぴたりと足を止めた。
「おっと。危ない」
「アルディーニさん!!」
涙目で振り返り、憤慨すると、レオナルドはふっと嬉しそうに笑う。
「泣きそうな顔も、すごく可愛い」
「っ、あのね!!」
お世辞だと思いたいところだが、どう見ても本心なので性質が悪い。女性の泣き顔を心から褒める男性なんて、絶対にろくでもないのだった。
「なにもかも計算しての言動なの、ちゃんと分かってるんだから! リボンの件も、あなたたちの誘拐から逃げるために解いたのに、意味深な言い方をするのはどうかと思う!! でも! 返しに来てくれたのはありがとう!!」
「はははっ。怒りながら泣きそうになりながらお礼を言ってくれるの、訳が分かんなくて最高だな」
レオナルドはそう笑ったあとで、目を伏せるように微笑む。
「謝るよ、フランチェスカ。……大切な君を、意地悪で泣かせて悪かった」
彼は言い、フランチェスカの目に滲みかけた涙を拭おうとしてくれたようだ。
しかし、フランチェスカはむすっとくちびるを結んだまま、レオナルドの手首を掴んで止めた。
「そういうの、結構なので」
「へえ?」
すん……とした気持ちで言い切った。レオナルドは、その反応が新鮮そうだ。