81 ご馳走を焼こう!
「……」
レオナルドはまるで全てを見透かしているかのように、フランチェスカを柔らかく見詰め返す。
そのあとに後ろを振り返り、その視線の先にあるであろう森の向こう側を眺めた。
「いまごろラニエーリの別荘では、君の家の構成員が聞き込み中だろうな。『フランチェスカお嬢さまがこの森に滞在なさる以上、出入りする人間を把握しておく必要がある』とかなんとか言って」
「うん。ラニエーリ家もお客さんの情報を全部は教えてくれないだろうけど、調査の口実くらいにはなるはずだよ。パパが私に過保護なのは、他のファミリーも知ってるから」
「カルヴィーノ家の愛娘のためにと、護衛の構成員を多く引き連れても怪しまれない。さすがは俺のフランチェスカ、素晴らしい名案だ」
レオナルドは大袈裟に褒めてくれるものの、フランチェスカの内心は複雑だ。
「パパからの溺愛が知られてるのは、十七歳にもなって恥ずかしいけどね……」
「使えるものは使うべきだろう? それに、俺だって」
レオナルドは両手を広げ、彼自身の存在を示してみせる。
「君のお陰でアルディーニの当主としてではなく、フランチェスカお嬢さまの学友としてこの森に入ることが出来た。もちろんラニエーリ当主と顔を合わせれば、俺の素性はすぐに見抜かれるだろうが」
「だからこそ『森でお肉を焼く会』が、私の我が儘だってことを全力でアピールしなきゃ! 私が夏休みを楽しむために、友達を連れて呑気に遊びに来てる姿勢を崩さずに行こう!」
フランチェスカが我が儘令嬢に見えるほど、この作戦は都合が良い。他家や暗殺者に警戒されたとしても、ある程度は納得してもらう余地が生まれるからだ。
「殺し屋が『賓客』に紛れ込んでいるなら、本当は夜会にも出たいところだけど……」
「湖の別荘で開かれている会か。よく君が存在を知ってたな」
「噂で聞いたことがあるの。ちゃんと情報収集してるんだから」
本当はゲームシナリオでの知識だが、そのことは隠して胸を張る。王都で行われる社交界のように、ここでも国内外の要人たちが集まって、情報を交わしているのだ。
異なるのは、傍らに美しき高級娼婦を連れているという点だろう。さすがにいくら我が儘令嬢でも、その夜会に潜り込むのが難しいのは分かっている。
「きっとどれだけ頑張っても、私は入れてもらえないよね」
「上品で紳士的な社交の場とはいえ、一応は娼婦を伴った接待の場だからな。……まあ、参加する方法が無い訳でもないんだが」
「え? それって……」
「フランチェスカ。迎えも来たし、そろそろ戻ろうか」
フランチェスカが振り返ると、ふたりの青年の姿が見える。
「グラツィアーノ! それから」
ぶんぶんと大きく手を振って、グラツィアーノの隣を歩く銀髪の青年を呼んだ。
「――リカルドも! かまどの準備、ありがとう!」
「……」
そう言うと、セラノーヴァ家の次期当主である青年リカルドは、遠くから生真面目に頷いたのだった。
***
森を流れる清らかな川のほとりには、石を積み上げたかまどが三つほど作られている。
手際よく炭火を起こしてくれたのは、フランチェスカの家であるカルヴィーノ家の構成員たちだ。炎を操るスキル持ちを中心に準備をし、丈夫な網を置いて、新鮮な食材を並べてくれている。
あとは焼けるのを待つだけのご馳走の前で、フランチェスカはきらきらと目を輝かせた。
「お肉たくさん! 野菜もいっぱい! そこに乗せてあるスキレットは!?」
「溶かしバターです、お嬢さま。お好みで魚介や肉などを調理してお召し上がりいただこうかと」
「うわあ、そんなの絶対に美味しいに決まってる……!」
真夏の大自然の中で行うバーベキューは、それだけで胸が躍るものだ。こちらに歩いてきたレオナルドが、フランチェスカの隣でかまどを覗き込む。
「すごいな、本当に川原で肉を焼く環境が整ってる。直接鍋やフライパンを火に掛けなくても、炭火の熱でちゃんと火が通るのか」
「えへへ、バーベキューっていうんだよ。昔読んだ外国の本に書いてあったの」
「さすがは俺のフランチェスカ。最高に可愛くて物知りだ」
「はいはーい、下がってくださーい」
そう言いながら現れたのは、トングを持ったグラツィアーノだった。威嚇するようにかちかちと鳴らし、レオナルドをかまどから遠ざける。
「炭が爆ぜちゃうと危ないんで、他家の当主さまは遠くに離れていていただければと。川の向こう岸くらいで結構ですよ」
「ははは、気遣ってくれてやさしい番犬だな。だが、何より守られるべきはフランチェスカだろう? 俺と彼女のふたりで消えるとするか」
「お嬢は渡せません、カルヴィーノ家のバーベキュー隊長に任命されてらっしゃるので。ねえお嬢」
「そんなことよりお肉足りる? 構成員のみんなの分は、別で確保してあるとしても……」
食材の準備されたステンレスバットは、氷のスキルを持った構成員によって冷やされている。そこに乗せられた食材を確かめながら、フランチェスカはうむむと眉根を寄せた。
「毎年私とパパとグラツィアーノだけだから、食べ盛りの男子にどれくらいお肉を用意するべきか想像がつかなくて。私とレオナルド、グラツィアーノ。それから……」
フランチェスカは振り返り、少し離れた場所にいる銀髪の青年を見遣った。
「リカルドもたくさん食べるよね? お肉!」
「む……」
四つめのかまど作りを見学していたリカルドが、姿勢を正して首を横に振る。
「いや、俺は……。ただでさえ厄介になる身なのだ、その上に石を使ったかまど作りという技術も伝授いただいた。かような学びを得た挙句、そこまで馳走になる訳には……」
「もう、そういう遠慮なんてしなくて大丈夫だよ!」
何しろ今回の作戦では、『令嬢フランチェスカの我が儘な豪遊』という印象が大切なのだ。大人数に参加してもらうに越したことはない。
(私の友達がレオナルドしか居ない所為で、頼れる同級生のリカルドにまで力を借りなきゃいけなくなっちゃった訳だけど……)
来てもらって感謝しているのだが、生真面目なリカルドは恐縮しているらしい。
ただでさえ先日、彼の父が大きな事件を起こしたばかりということもあって、なおさら気を遣ってしまうのだろう。
「にしても、すごい状況っすよね」
網の上の肉をひっくり返しつつ、グラツィアーノがレオナルドたちを眺める。
「異なるファミリーの人間が、こうして呑気に肉を囲んでるんですから。それも現当主ともうじき当主、未来の当主の三人が揃ってなんて」
「ちょっと待って、最後の『未来の当主』って私のこと!? 私は絶対に継がないよ、裏社会とは無縁の人生を送るんだから……!!」
フランチェスカは全力で否定しながらも、いよいよ昼食の準備に取り掛かる。




