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80 その森の秘密

 王都から馬車で離れれば、この国には豊かな自然が広がっている。


 雨の多く降る六月を過ぎると、夏の間は快晴の日が多いのだ。

 この季節に雨が降る際は、すべてを洗い流すかのような土砂降りが地面を叩き、旅人のように通り過ぎてゆく。


 強い日差しの下、時折降る大雨によって育てられた草木は、生命力いっぱいに育っていた。青々と茂り、吹き抜ける風に身を任せながらも、しっかりと地面に根を張っている。


 森の中を歩くフランチェスカは、胸いっぱいにその空気を吸い込んだ。


「んん、気持ち良い風……!」


 夏用に誂えた薄いドレスの裾が、ふわふわと楽しげに泳いでいる。リボンや花をあしらった麦わら帽子は、フランチェスカのお気に入りだ。


 すぐ傍には大きな川が流れ、その水面が宝石のように反射していた。フランチェスカの上に伸びる木の枝を、小鳥たちが歌いながら渡ってゆく。


「眩しい太陽に爽やかな木陰、森の綺麗な空気! そして何よりも……」


 くるりと後ろを振り返り、ドレスの裾を翻す。


「バーベキューだよ、レオナルド!」

「はははっ!」


 河原では大勢の大人たちが、石でかまどを作ってくれていた。

 隣を歩くレオナルドは、どうしてか心底幸せそうにして、フランチェスカを見詰めるのだ。


「本当に君は素晴らしい。カルヴィーノならびにアルディーニ、セラノーヴァの当主と構成員を従えてやることが、森の川辺で肉を焼くこととは」

「夏休みって最高だよね、何日もこうやって遊べるんだもん! 何より憧れの、友達がいる初めての夏休み……!」


 前世から憧れ続けてきた夏の過ごし方が、ひとつ実現されたのだ。

 夕べ寝る前から何度もほっぺたを抓り、夢ではないことを確かめ続けて来たが、いまも実感がなくてふわふわしている。


「私にとって今日がどれだけ楽しみだったか、レオナルドにはきっと想像も付かないと思うけど!」

「いいや?」


 木陰の中のレオナルドは、くすっと笑ってフランチェスカの手を取った。


「君だけじゃないさ。俺だって、今日を物凄く楽しみにしていた」

「本当?」

「本当」


 レオナルドは普段、ムスク系の甘い香水をつけている。

 それが時折ふわりと香る度、十七歳とは思えない色気を放つのだが、今日は違う香りを纏っていた。


 透き通ったグリーンの香りだ。本来は爽やかな印象を受けるはずなのに、レオナルドの声が低くて甘いお陰で、結局はやたらと色気を帯びてしまっている。


「……その夏らしい帽子、とてもよく似合っている」


 レオナルドはそう言って、フランチェスカの髪を梳くように触れた。


「っ、レオナルド!」

「おっと」


 フランチェスカは顔の前に、両手で大きくバツを作る。


「ストーップ! 女性相手にとにかく紳士的に接するモード、また出ちゃってる!」

「そうか? フランチェスカだけの特別仕様だったんだが」

「駄目駄目! だって今のはまるで、恋人みた――……」

「フランチェスカ」

「!」


 微笑んだレオナルドが、フランチェスカにこう尋ねた。


「答え合わせをさせてくれないか。君がこの森にやってきたのは、お近付きになるためだろう?」


 月のように光を帯びたその瞳が、まっすぐにこちらを見据えている。


「――暗殺者、本人に」

「……やっぱりお見通しだよね、レオナルドは……」


 図星を突かれたフランチェスカは、隠すつもりもなくそれを認めた。レオナルドは肩を竦め、木々の向こうに流れる川を見遣る。


「この森は五大ファミリーのひとつ、ラニエーリ家の縄張りだ。けれども君はルカさまに頼み、国王特権を発動させた」


 この森に来るまでの経緯についてを、レオナルドはやはり注意深く眺めていたらしい。

 フランチェスカは玉座の国王ルカに、こんな頼みごとをしていたのだ。


『お願いですルカさま。どうかルカさまのお力で、ラニエーリ家管理の森へ立ち入らせていただけないでしょうか』

『あの森にか?』

『はい。私がルカさまに、「王都に近い森で遊びたい」って我が儘を言っている設定で!』


 真摯に聞いてくれているルカに、フランチェスカは頼みごとを続ける。


『ルカさまが子供におやさしいことは、貴族であれば誰でも知っています。そして各貴族家は、国王陛下のご命令とあらば、所有している土地の使用を断ることが出来ません』

『確かにな。「フランチェスカがその森で遊びたいと言っているから、ちょっとその場を貸してやれ」と私が命じても、違和感を持つものは居ないだろう。断れる人間もな』


 ルカはいつだって話が早い。「ふむ」と目を細めたあとに、フランチェスカに尋ねた。


『だがそれでは、ラニエーリ家から見たお前の評判が下がってしまうかもしれないぞ。国王に我が儘を言い、他家の縄張りで遊ぼうとするお転婆娘だとな』

『ぜんぜん平気です。私、裏社会で生きていくつもりはありませんから!』


 どんなに悪い子だと思われたところで、まったく痛くも痒くもない。ルカは面白がって笑ったあと、フランチェスカの『我が儘』を快諾してくれた。


 こうして森にやってきたのは、もちろん暗殺事件を防ぐためだ。レオナルドはどうやら、その理由をすべて察している。


「ラニエーリ家は、主に娼館経営で利益を上げている。中でも連中が重点を置いているのは、高級娼婦を扱った商売だ」


 レオナルドの言う通りだった。その女性たちは、娼館で束の間の恋を提供することだけが仕事ではない。


「礼儀作法や教養を身に付けた女の人たちは、お客さんと一緒に社交の場に出たりして、国外の王族をおもてなしすることもあるんだよね」

「そう。そしてこの森は、ラニエーリ家が賓客たちに提供する、健全な社交と憩いの場のひとつだ」


 それこそが、王都からそう離れていない美しい森に、一般市民の立ち入りがない理由でもあるのだ。この森は防犯上封鎖されていて、ラニエーリ家の意に沿わない者を拒んでいる。


 フランチェスカはその森に、国王を利用することで入り込んだ。


「グラツィアーノのお父さん……サヴィーニ侯爵は、貿易の腕が一流なんでしょう? そして国外との商談のときは、ラニエーリ家に協力を依頼してる」

「すごいな。もうそこまで調べたのか?」

「侯爵はルカさまからお話を聞いて、すでに殺し屋を警戒してるはず。街中ではきっと周りを護衛で囲んで、油断なく動いてる……そんな侯爵が武装できないのは、大事なお客さんをもてなす寛ぎの場だよ」


 事実ゲームで見るサヴィーニ侯爵も、この森では護衛を遠ざけざるを得なかった。


「暗殺を仕組む人だって、それくらい理解して動いてる。だからこそ……この森にやってくるお客さんの中に、殺し屋を混ぜると思うの」


 事実ゲームでは、侯爵は『客人』による凶弾に倒れたらしいと予想される描写があるのだ。


(殺し屋はいわゆるモブキャラで、ゲームには登場してこない。名前が無くて顔も描かれなかったから、誰を警戒するべきかも分からない……)


 前回のように、大枠で起きることはシナリオと同じであっても、細部が違ってくる可能性もある。


(答えを知っているゲームの通りには、いかないかもしれない。だってここは)


 目の前に立つレオナルドを、フランチェスカはじっと見上げた。


(黒幕がレオナルドじゃないことも、大事な友達だっていうことも、私がちゃんと知れている世界なんだから)




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