8 フラグは回避できたはず(できてない)
ゲーム通りのスキルに目覚めてしまった際、フランチェスカから父に相談したところ、無表情の父は即答で言ったのだ。
『何が何でも隠し通すぞ。…………このままでは、ただでさえ可愛らしく日々誘拐の危険に晒されているお前が、世界中の人間から狙われてしまうからな……』
『ぱ、パパ……。ありがとう、でもそれは心配しすぎだよ……!』
その言葉に甘えておいて本当によかった。
レオナルドには、アルディーニ家の若き当主としての立場がある。
スキルの無い女性との結婚は、たとえ貴族家の娘であろうと、身分差がある庶民との結婚くらいに難しい。
(レオナルドの策略には乗らない。カルヴィーノ家のひとり娘としての価値もほとんど無い。いくら変人でも、こんな結婚は興が乗らないはず!)
フランチェスカは勝ち誇った顔をし、黙り込んでいるレオナルドに宣言した。
「だからさよならね! 誘拐『未遂』があったことは、パパたちには秘密だから安心して。――ばいばい!」
フランチェスカは部屋を出ると、ぱたぱたと廊下に駆け出した。
「……本当に可愛いんだな。フランチェスカ」
残された部屋で、レオナルドが笑いながら呟いた声など、当然聞こえるはずもない。
外に出て、レオナルドと乗ってきた馬が繋がれているのを見上げる。
勝手に連れて来られたのだから、馬くらい借りたいところだが、それで今後の縁を作るのは避けたかった。
(仕方ない。歩いて帰ろう)
不測の事態に備えるため、ヒールの低い靴を履いて来たのだ。フランチェスカは、石畳の道をてくてく歩き始めながら、今後の作戦を考えた。
(……『フランチェスカ誘拐』のシナリオ。ゲームではプロローグかつ、操作説明になる出来事)
本来ならば、この時点でゲーム上にレオナルドが出てくることはない。
フランチェスカを攫ったのは、無法者を装ったレオナルドの配下だ。港の倉庫に攫われたフランチェスカは、そこで危ない目に遭いかける。
だけど、実際には怪我ひとつ負うこともない。
シナリオでは、フランチェスカを救うため、男性キャラクターが現れるからだ。
(プレイヤーはここで、四つの家からひとつを選ぶ。操作説明だから、無課金で十連のシリンダーを回すことが出来て、選んだファミリーの構成員が入手できる……たしか、レア度4以上のキャラクターが、確定でひとりは手に入るんだよね?)
画面をタップすると、回転式銃のアニメーションが現れて、シリンダーには十発の弾が入っているのだ。その弾が排出されるのが、キャラクター入手の演出だった。
レア度4ならば弾が銀色、5ならば金色に光っている。
課金をしなくてもレアリティの高いカードが手に入る機会のため、ここで狙いのキャラクターを引き当てるべく、何度もゲームをインストールし直す人もいるポイントだ。
(ここで手に入ったカードが、操作説明の戦闘で使うキャラクター……つまり、フランチェスカを助けに来てくれる人物になる)
フランチェスカは記憶を再現し、ぐっと両手を握り締めた。立ち止まり、喜びに打ち震えながら天に掲げる。
「……やった……!!」
独り言なのに、ついつい声にまで出してしまった。
「本当なら、他ファミリーのキャラに助けられる強制イベント! 誰にも会わず、接点を作らずに回避できた~~~~……っ!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねたいのを堪え、震えるだけに留めておく。
レオナルドとは会ってしまったが、あれだけ婚約破棄の利点を主張しておいたし、これで問題ないだろう。
(それだけじゃない! メインストーリーのシナリオ上、フランチェスカの転入するクラスは、操作説明で選んだファミリーの人たちがいるクラスってことになってるもの。だけど! 私はどの家も! 選ばなかった!)
もちろん、ゲーム上の演出で『ファミリーをひとつ選ぶ』となっている画面が、この現実世界でどのようなものに置き換えられているかは分からない。
それでもなにも選ばなかった以上、ゲームでフランチェスカが転入する四つのクラスのうち、どこにも所属させられずに済むはずだ。
(誘拐事件が本当に起こるのか、それさえ確かめられれば十分だったのに、まさかこんなに上手く話が進むなんて……。攫ってくれてありがとう、レオナルド……)
誘拐犯に感謝すらしながら、フランチェスカはそっと目尻を拭う。十二年の努力がついに実を結んで、本当に良かった。
(――学院には、亡くなったママの家名で通うんだもん。カルヴィーノ家の娘であることを隠し通せば、学院に通っている他のファミリーの跡継ぎたちとも、関わらずに逃げ切れるはず……!)
そんなことを思いながらも、ふと頭に過ぎる。
(なんか嫌な予感がするけど、大丈夫だよね。『レオナルドは当主として忙しくて、学院には籍があるけど通っていない』が公式設定。メインストーリーでも描かれてて、学院を探し回っても会えないエピソードがあるくらいだし、大丈夫だよね……?)
自分にそう言い聞かせた、翌日のことだ。
***
「………………」
転入初日、『なんの変哲もない伯爵家の娘』として自己紹介したフランチェスカは、茫然と教室の後ろを見つめていた。
そこにいるのは、昨日出会ったばかりの美青年だ。彼はフランチェスカを見つめながら、ひらひらっと軽く手を振ってみせる。
そして、くちびるの動きだけで言った。
『おはよう。俺の大切な婚約者』
(…………どうして…………)
座り込みたいのを堪えながら、ぎゅうっと目を瞑る。
(どうして、特例で通学しなくても良いはずのレオナルドがここに居て、私はそのクラスへの転入生に――……!?)
こうしてフランチェスカの学院生活は、幕を開けたのだった。
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2章に続く