77 協力の鍵
フランチェスカの父エヴァルトが、淡々とグラツィアーノを呼び咎める。
「……グラツィアーノ」
「ははっ! 良いではないか、エヴァルト」
国王ルカは小さく笑い、グラツィアーノを悠然と見下ろした。
「勝負とな、面白い。どんなものなのか話してごらん」
「単純です。どっちが先に陛下……ルカさまのご命令を果たせるか、俺とアルディーニが競うというのはいかがでしょうか」
「ふむふむ。つまりはシンプルに、アルディーニとグラツィアーノでの競争ということだな」
「な、何言ってるのグラツィアーノ!」
フランチェスカは慌ててしまった。こんなに聞き分けのないことを言い始めるなんて、いつものグラツィアーノらしくない。
「競争なんてしてる場合じゃないでしょ? 狙われてるのはグラツィアーノの……」
「俺は別に構わないぜ、フランチェスカ」
「レオナルドまで!」
レオナルドは完全に楽しんでいる。満月の色をした金の双眸が、面白そうに眇められた。
「君以外の誰かと手を組むよりは、争った方が動きやすい。あなたはどうお考えですか? 当主殿」
フランチェスカの父は表情を変えず、代わりに溜め息をついてから口を開いた。
「私の考えなど詮の無い話だ。何しろ陛下が既に、この状況を楽しんでいらっしゃる」
「はははは。そうさなあ、実に愉快だ!」
本当に上機嫌のルカは、玉座の背もたれに体を預けて言う。
「――先の一件。セラノーヴァ家前当主ジェラルドの起こした薬物騒動において、お前たちの働きは見事だった」
(……リカルドのお父さんが起こしていた、あの事件……)
ほんの一ヶ月前に起きた出来事を思い出し、フランチェスカは身が引き締まる。
父やレオナルドが死に掛け、炎の中でジェラルドと対峙した日のことは、当面忘れられそうにない。
「これまでの五大ファミリーは縄張り意識も強く、互いに協力し合うという性質を持たなかっただろう? だがお前たちカルヴィーノ家とアルディーニ家は、なかなかに相性が良いようだ。掛け合わせれば良い循環が生まれると、そう期待している」
だからこそ今回の暗殺騒動の調査において、ゲーム通りのフランチェスカたちだけではなく、レオナルドも呼ばれているのだろう。
(リカルドのお父さんの一件で、レオナルドが協力してくれたから。ルカさまはその結果を見て、今回両家を組ませようとしている……)
ゲームとは違う出来事を起こしたからこそ、ゲームとは違う流れが生まれていた。
美少女とも見紛うルカの瞳が、フランチェスカのことを見下ろす。
「その鍵はお前さんだ。フランチェスカ」
「そ、それは……」
転生の事実が知られているはずもないのに、思わずぎくりとしてしまった。
「フランチェスカがいたからこそ、アルディーニが本気で動いたのだろう? お前の父エヴァルトも同様。愛娘からの頼みがあってこそ、ジェラルドを抗争などですぐに殺さずに、論理的に追い詰めることにした。その判断があったからこそ『管理人』たちの裏切りが分かり、適切な処分をすることが出来たのだ」
父とレオナルドが、共にフランチェスカを振り返った。ふたりのやさしい眼差しが、過大評価に感じられて居た堪れない。
(パパもレオナルドも、私を買い被りすぎてるから……!)
「この調査にはフランチェスカ、お前も参加してほしいと思っている。家業とは関わり合いになりたくないというお前には、少し酷かもしれないがな」
「い、いえ! もちろん参加します!」
ルカに頼まれるまでもなく、フランチェスカは決めている。
たとえ平穏な生活を望んでいても、ゲームで『主人公フランチェスカ』によって助けられるはずの人々を、いまのフランチェスカが切り捨てることはしない。
ゲームシナリオから逃げる以上、その責任は果たすべきなのだ。
(もっとも、いまの状況が『ゲームシナリオから逃げられている』って言えるかどうかは怪しいけれどね!!)
何しろしっかり巻き込まれている。内心で半べそをかきつつも、フランチェスカは腹を括った。
そんなフランチェスカを見て、グラツィアーノが改めて言う。
「お嬢が参加なさるなら尚更です。俺はアルディーニと勝負をする形で、陛下ならびに当主からのご命令を果たしたく」
「まったく、熱烈だな」
グラツィアーノが静かに睨むと、レオナルドは余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「いいぜ? 遊んでやろう、フランチェスカの番犬」
「……決まりっすね」
(な、なんか変な空気になってる!!)
ぴりっとした緊張感が迸る。フランチェスカは慌てて助けを求め、父のことを見上げた。
「どうした? 何か困っているのか、フランチェスカ」
「パパ! すごく困ってる、だってこのままじゃ――……」
「困っているなら一大事だ。なんでも言いなさい」
父の声音は穏やかだ。娘の我が儘を聞き入れるべく、一切の迷いなくこう言い切る。
「――お前の願いのためならば王にすら背き、抗争でもなんでも起こしてやるからな」
「ううんパパ!! レオナルドとグラツィアーノの勝負がどうなるか、私すっごく楽しみだなあ!!」
「ははははは。お前たちは本当に可愛い子供たちだ、なんと愛おしい!」
寛大すぎる国王で、本当に良かった。
フランチェスカはそんな安堵を抱えつつ、大量のお菓子をルカから貰って、謁見の間を後にしたのだった。
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