71 離せない願い【第一部・完結】
フランチェスカは仕方なく引き下がる。クッキーを飲み込んだあと、相変わらず渋面のままこう続けた。
「いまはまだ、それで納得しておくことにする。だけどね、レオナルド……」
レオナルドの持つ、満月のような金色の瞳を見詰めながら、心の底からの言葉を告げる。
「――レオナルドが、私だけじゃなくて自分のことも大切に出来るように。私、これからすっごく頑張るから!」
「!」
そう告げた瞬間の彼は、とても素直に驚いた表情をしていた。
「パパが大事な人であるように、レオナルドだって大事な友達だもん。それが分かってもらえたら、レオナルドは今回みたいに自分を犠牲にしようとしなくなるよね?」
ゲームのシナリオは、この先もまだ続いていくはずだ。
レオナルドは真の悪役ではなく、本当はそれを追っていた。薬物事件の主犯はジェラルドでも、彼を洗脳した黒幕がいるのだ。
主人公であるフランチェスカは、この先も事件からは逃げられないだろう。
同様に、シナリオで描かれた黒幕であるレオナルドも、きっと深く関わることになる。
「もう二度と、今回みたいな選択はしてほしくない。そのためには、私が言葉でお願いするだけじゃなくて、どれだけレオナルドを失いたくないと思っているか分かってもらわなきゃ」
「……フランチェスカ」
「レオナルドは、私の大事な友達。……ううん、友達なんかじゃ足りない」
そう言って、レオナルドの手をぎゅっと握った。
「たったひとりだけの、宝物みたいな大親友だもの」
「――――……」
レオナルドが僅かに目をみはった、次の瞬間だ。
「ひゃ……っ!?」
レオナルドの腕に抱き締められて、フランチェスカは目を丸くする。
「れ、レオナルド?」
「……君は……」
レオナルドの零した声は、どこか掠れた音にも聞こえた。
「……参ったな。友達になるだなんて提案をして、ある意味で失敗したかとも思ったんだが」
「え? も、もしかして友達になりたくなかった……!?」
「そうじゃない。……君がそんな風に言ってくれるのなら、いくらでもそれに甘んじて構わない」
なんだか不思議な言い回しだ。
ぱちぱち瞬きをするものの、レオナルドは一層強くフランチェスカを抱きしめる。
「……俺なんかに欲しがられて、可哀想なフランチェスカ」
「…………?」
彼が小さく囁いた声は、ほとんど聞き取ることが出来なかった。
レオナルドは次に、今度はちゃんと聞かせるように、それどころかフランチェスカの耳元でこう囁く。
「君に心から謝っておく。だが、残念ながら手遅れだ」
「て、手遅れって」
「心残りが、ひとつだけあると思っていた。……そのはずなのに、こうして君の傍にいると、あっというまにひとつでは足りなくなっていく」
一度身を離したレオナルドが、サイドテーブルの花瓶から、棘の処理された黒薔薇を一輪取った。
短く手折ったそれを、フランチェスカの髪に差す。そして、赤い髪をするりと撫でた。
大事なものにするような触れ方で、心臓がばくばくと音を立てる。
「黒薔薇の花言葉には、いくつかある。君は知っている?」
「え、えと……なんかちょっと怖い奴なら、教えてもらったことがある」
「はは、そうだな。――それと、他にもある」
金色の瞳が、フランチェスカを慈しむように眺める。
「不滅の愛。それから、『私のもの』という意味だ」
「!」
もう一度フランチェスカを抱き寄せたレオナルドは、まるで何かに祈るような囁き方で、こう呟いた。
「……もう二度と、絶対に君を離してやれない」
「――――……」
それは果たして、懺悔なのだろうか。
それとも何かの誓いだろうか。
どちらでもありながら、その両方ともが違うかのようなレオナルドの言葉は、不思議な響きを持ってフランチェスカに届いた。
(……どうしてなのかな)
レオナルドをぎゅうっと抱き締め返しながら、フランチェスカは考える。
(なんだか、レオナルドが小さな子供みたいだ)
そんな風に感じたから、とんとんと背中をあやすように撫でた。そうするとレオナルドは、もっと強い力で抱き締めてくるのだ。
「っ、ふふ! そんなにぎゅうっとしたら重いよ、レオナルド」
「そうか。すまない」
フランチェスカは窘めたはずだが、レオナルドは笑ってこう続ける。
「――どうか、俺のことをもっと叱って」
「……?」
その言いようは、やっぱり小さな子供のようだった。
友達として甘えられているのかもしれないと、フランチェスカはそう思う。だから、ひとまずは彼の要望に答えた。
「私のことは離さなくていいから、とにかく早く元気になってね。来週は芸術鑑賞の授業があるけど、レオナルドは去年もサボってたってリカルドに聞いたよ?」
「……うん。そうだな」
「来月になったら期末テストだけど、それもちゃんと出ようね」
「分かってる。中間テストのときのように、またふたりで勉強会をしよう」
「やった! ありがとう、楽しみ! ……ううん、他にレオナルドを叱る内容……」
「っ、はは!」
大真面目にそう考えたら、レオナルドがフランチェスカを抱き締めたまま笑った。
よっぽどおかしかったらしく、その笑いはしばらく止まらない。
フランチェスカは少しだけ恥ずかしくなったものの、レオナルドがとても楽しそうなので、友達として嬉しくもあるのだった。
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第一部 完結
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