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7 与えられなかったもの

 レオナルドは割れた窓の方に歩きながら、フランチェスカとの話を続ける。


「そもそも通ると思っていたのか? こんな家の生まれとはいえ、俺たちは仮にもこの国の貴族。政略結婚は義務のうちだろう」

「だからこそ、双方合意の『円満な婚約解消』を目指したいの。パパは私の我が儘を聞いてくれるけど、うちから一方的に婚約破棄を申し出たら、それを口実に抗争沙汰を起こすでしょ」

「素晴らしい女性だ、初対面なのに俺のことをよく理解してくれている。それほど賢明な婚約者殿が、利点を捨ててでも俺と結婚したくない理由は?」


 硝子の割れた窓枠に肘をつき、庭に倒れている人物を見下ろして、レオナルドは笑った。


「ああ……ひょっとして俺じゃなく、他のファミリーの男と結婚したいのか?」


 その表情は、先ほどまでのどんな笑顔よりも不穏な雰囲気を帯びている。


「それは良い手だ。カルヴィーノ家と他家が手を組めば、我が家を潰すことも夢じゃないかもな」

「え!? いやいや、そんなの絶対有り得ない。どこのファミリーの誰とも結婚したくないよ! だって……」


 フランチェスカは息を吸い、渾身の力で叫んだ。


「――裏社会の人の妻になったら、平穏で普通な生き方が出来ないもん!!」

「…………は?」


 こちらを振り返ったレオナルドは、目を丸くした。


「私はごく普通に生きたいの! 平凡な日々を送って、憧れの『友達』を作るんだから!」

「…………」


 今度こそ、そういう人生を送りたい。


 そもそもが、レオナルドに事件に巻き込まれることだけでなく、メインストーリーの出来事すべてを回避したかった。


 だってゲームの通りなら、フランチェスカが学院で親しくなるのは、裏社会に深く関わる美青年ばかりになってしまう。

 そんな学院生活は、きっと絶対に『平穏で普通』ではない。第一に、友達が欲しいのであって、ゲームのような恋人が欲しいのでもなかった。


(裏社会の住人、ましてやヒロインのフランチェスカが出会う男性陣と結婚したら、どんな人生が待ち受けているか……!)


 思い出すのは、前世で組員と結婚していた女性たちのことだ。

 極道の妻は、夫の緊急時や長期不在になると、あらゆることで夫の代理を務める。舎弟の面倒を見たり、夫の面倒を見たり、時には仕事の手伝いだって発生した。


 この世界でもきっと変わらない。

 その上、離婚という制度はあまり浸透しておらず、よほどのことがなければ夫とは離れられないのだ。


(レオナルドの事件に巻き込まれないこと。レオナルドとの婚約を破棄すること。他の攻略対象ともお近付きにならないこと! これが平穏に学園生活を過ごして、友達を作るための最低条件……!!)


 フランチェスカが手でバツを作り、レオナルドを睨んで『断固拒否』の意思を表現していると、レオナルドはくすくす笑い始めた。


「……つまり君は、表の世界で生きたいということか。思ってもみなかった意見だな。どう見たって、骨の髄まで裏の世界の住人なのに」

(骨の髄までって言われた……!)


 があん、とショックを受ける。だが、すぐさま気を取り直した。


「……本心なんだけど、信じてくれてないよね?」

「なぜ? 君は俺の、大切な女の子になったのに。信じるに決まっているだろう?」


 あまりに白々しい言葉だった。フランチェスカは彼をじとりと睨んだあと、ソファから立ち上がる。


「もう帰るよ。あなたが悪巧みに私を使おうとしている件は、さっき話した通り無駄だから。これでお別れ」

「嫌だ、また会いたい。迎えに行くさ、フランチェスカ」

「……私と結婚したところで、なんの意味もないって教えてあげるよ」


 フランチェスカは溜め息をついたあと、レオナルドに告げた。


「私、スキルをひとつも持ってないの」

「……」

「貴族家の血筋なのに、珍しいでしょ?」


 この世界の一部の人々には、『スキル』と呼ばれる力が備わっている。


 フランチェスカの感覚では、『魔法が使える』という言い方のほうが馴染んでいた。

 しかし、ゲームの世界だからこそなのか、その力には前世のゲーム内と同じ、『スキル』という名前がついている。


 こちらの世界の常識では、王族や貴族の血を引く人間は、必ずと言っていいほどに固有スキルを持っていた。


(たぶんこれも、ゲームシステムの関係なんだよね)


 ゲーム内では、課金によって入手できるキャラクターカードのレア度が高いほど、使えるスキルの数が多かった。


 前提として、レア度1や2のキャラクターは、スキルを使うことが出来ない。


 レア度が3になってきて、初めてスキルをひとつ所有する。レア度4のキャラクターは、スキルの数はふたつだ。


 そして、最高レアリティであるレア度5のキャラは、三個目のスキルを持っている。

 そんなゲームでの『レア度』という概念は、この世界において、『血の貴さ』に置き換えられているようだった。


 つまり、庶民はスキルを使えない。

 高位貴族になっていくほど、スキルの数が増えていく。レア度5のキャラクターは、各ファミリーの当主や跡継ぎ、王族といった人物のみだ。


(レオナルドも、仮に入手可能(プレイアブル)キャラとしてゲームに実装されていたら、間違いなくレア度5だ。敵として出てくるだけだから、プレイアブルになったときのステータスは確かめようがないけど、絶対に最上級ランクのはず……)


 前世のクラスメイトたちも、常々教室で予想していた話題だ。『レオナルドは絶対! メインストーリーが完結したあと、満を持して最上級ランクで実装されるはず!!』などと盛り上がっているのを、遠くからそわそわと見ていた日々を思い出す。


(思い出すと悲しくなってきた……とにかく!)


 フランチェスカは、レオナルドに告げる。


「私、本来なら十歳のときに覚醒するはずのスキルが、なにも発現しなかったんだ。パパたちは気にしなくていいって言ってくれるけど」

「……」

「私と結婚なんかしたら、跡継ぎにも遺伝するかもしれないでしょ? そうなったら、相当後ろ指を指される。これは実体験だから」


 想像通りレオナルドは、静かにフランチェスカの話を聞いている。


 これは彼にとって大打撃だっただろう。

 五大ファミリーの当主一族にとって、体面はとても重要なものだ。


(――といっても、本当はちゃんとスキル持ちなんだけどね!!)


 そのことを知っているのは、フランチェスカと父だけだった。




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