68 ふたりでの手段
それでも、悠長にはしていられない。
「アルディーニ。……カルヴィーノの娘……!」
それまで項垂れていたジェラルドが、力を振り絞るようにして立ち上がった。
ジェラルドを拘束していた氷の枷が、壁同様に溶けて脆くなっていたのだ。砕けた氷がばらばらと散らばり、ジェラルドが落ちていた銃を手に取ろうとする。
「死ね、今すぐに……!!」
「レオナルド!」
庇おうとしてくれるレオナルドに、フランチェスカはぎゅうっと抱き付いた。
「……フランチェスカ」
(薬物事件を止めたい。一般人を巻き込みたくない、普通の人生を歩みたい……レオナルドは、私の願いを全部叶えようとしてくれている)
ゲームのレオナルドが、どんな目的を持って動いていたのかは分からない。けれどもいま目の前にいるレオナルドの考えは、よく分かっていた。
フランチェスカの想いを汲んだりなんかしなければ、レオナルドにはもっと選択肢があったはずだ。
「守ろうとしてくれて、ありがとう」
そう告げて、満月の色をした彼の瞳を見上げた。
「正直言うと、この手段を選ぶのは勇気がいる。だけど、それでも」
飛びつくようにして伸ばされたジェラルドの手が、床の銃に届く。
「願ったことの『落とし前』は、私自身でも付けないと――……」
「……分かったよ、フランチェスカ」
やさしく笑ったレオナルドが、フランチェスカの手を取るようにして握った。
「君と一緒に戦う。……我が友、我が婚約者」
「……うん!!」
フランチェスカは微笑んで、他者を強化する自身のスキルを発動させた。
(他の人のスキルを強化できるスキル。このスキルのもうひとつの利点は……)
「死ね!!」
「っ!!」
それと同時に、レオナルドの襟を掴んで強く引く。銃弾がレオナルドの背を掠め、燃え上がる炎の中に消えた。
フランチェスカが手を離すと、レオナルドはそのまま身を翻す。夥しい血を流している怪我人だと思えない身の軽さで、一気にジェラルドの間合いへと踏み込んだ。
「が……っ!!」
レオナルドがジェラルドの襟首を掴み、だんっと床に叩き付ける。
フランチェスカはそれを確かめ、すぐさま次の行動に移った。
バケツを掴み、溶け残った氷を入れる。そのバケツを燃え盛る火にかけている間、レオナルドは適切な行動を取ってくれた。
「……よくも、フランチェスカのいる場所に向けて引き金を引いてくれたな」
「は……っ!! 何度繰り返しても無駄だ、若造!!」
防御のスキルが発動し、レオナルドの手が弾かれた。ジェラルドは笑い、すぐ傍の銃へと再び手を伸ばす。
「氷のスキルは発動時間切れか? 待っていろ。今度こそお前を殺し、カルヴィーノの娘も殺す! あの方のために……」
「黙れ」
これまでで一番乱暴な口調で、レオナルドは目を眇める。
「あんたの負けだ。……残念だな、おっさん」
「はははっ、何を言う!! いまの俺には銃も打撃も効かない。お前がどのようなスキルを持っていようと、この屋敷では攻撃スキルも使えない!! せいぜい炎が早く回ることを祈っていろ、お前では……」
レオナルドが、ジェラルドの眼前に手を翳す。
「お前では、俺に傷ひとつ負わせることは出来な……っ」
「――――……」
レオナルドが、ごほっと咳をして口元を抑えた。
「……なんだ、これは……」
ジェラルドが、信じられないという顔で自身の腹を押さえる。
その白いシャツには、真っ赤な色をした鮮血が滲み始め、ジェラルドの指を赤く汚していた。
「そんな……なんだ、何故こんな傷が? この屋敷の中では、攻撃スキルは使えないはずでは……」
「そうだな。……だが」
レオナルドはゆっくり立ち上がると、ふらっと一歩後退りながら言い切った。
「あんたの腹に穴を開けたこのスキルは、『回復』に該当する力を持つ。――屋敷の結界に妨害されないことは、フランチェスカの父親に使って実証済みだ」
「まさか……」
ジェラルドは、その正体に思い至ったらしい。
「お前の父親から継いだ、傷の入れ替えスキル……!?」
だが、彼にとっては信じ難い想像だったようだ。
「馬鹿な!! そのスキルはつい先ほど、カルヴィーノのために発動したはずだろう!! お前はそのために腹に穴が開いた、だから弱った!! その傷が何故、何故俺の腹に……!!」
「――これが最適解だ、セラノーヴァ。物理攻撃が通用せず、攻撃スキルの使えない結界下で、あんたを屋敷の外に逃さず殺す方法」
そしてレオナルドは、息を吐き出した。
「元はと言えば、あんたの撃った弾による銃創だろう?」
その笑みは、大量の血を流したあとだとは思えないほどに不敵で美しい、強者の表情だ。
「……大事に抱えて、死んでくれ」
「くそがあ……っ!!」