66 守るべき女の子
(……本当に)
激痛を噛み締めるように堪えながら、ほのかに暗い微笑みを零す。
(都合良く、俺にふさわしい能力を与えられたものだ)
いまのレオナルドが持つスキルは、常人の上限である三つをゆうに超えている。
十を超えてしまった辺りから、馬鹿馬鹿しくなって数えるのをやめた。
兄と父の命を奪い、当主の座もスキルも奪ったレオナルドには、皮肉なほどによく似合う能力だ。
(……だが、そのお陰でフランチェスカを守ることが出来る)
ジェラルドの前に膝をつき、彼の顔を覗き込んで笑った。
「あんたが死ぬまで、俺がこうして傍で見守ろう。――たとえ、俺が一緒に死ぬことになっても」
「く……っ!!」
ジェラルドの表情に、逃げられないことを確信した色が滲む。
その通りで、彼は絶対に逃げられない。
レオナルドがここで、自分の命と引き換えにしてでも、フランチェスカの邪魔になるこの男を消すからだ。
(……いまの制限下でこの男を殺すのは、この方法しかない)
ジェラルドが身を捩りながら、信じられないものを見るまなざしを向けてきた。
「まさか……本当に、俺を殺すためだけに留まるつもりか!? 」
「そーだよ」
わざと軽薄な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。
「俺がここにいてあんたを監視してないと、枷が溶けたら逃げるだろ?」
銃創による激痛は、もはや痛みなのか熱さなのかさえ区別が付かなくなっていた。心臓の鼓動に合わせ、腹に開いた穴も脈を打ち、そこから血が溢れてゆくのが分かる。
「くそ……!! 離せ、退け!! 俺はご命令に従って、秘密を知る人間を殺さねばならない……!!」
「……しつこいな。攻撃判定を喰らう可能性がなければ、あんたの口元も氷で塞いでいたところだ」
「アルディーニ!! お前はもっと狡猾で、自分を犠牲にするやり方など選ばない人間だったはずだろう!?」
「仕方ない。守りたいものが出来たから」
こめかみから顎へと汗が伝う。炎の所為ではなく、痛みを堪えることによって浮かんだ汗の珠だ。
「死をもって、その洗脳を解いてやる。――一緒に地獄へ落ちようか、セラノーヴァ」
「……っ!!」
もはや、立っているのも面倒になってきた。
このままここに膝をついて、終わりの時を待つのも良いかもしれない。
(俺が死んだら、フランチェスカは泣いてくれるかもしれないな)
そんな考えが揺らめいて、レオナルドは楽しくなってしまう。
(最低な『友人』を許してくれ。――君の心に、俺の死という傷が刻まれることを、確かに嬉しく思っている)
そして、ゆっくりと目を瞑った。
(ひとつだけ、心残りがあるとすれば……)
フランチェスカの笑顔を思い浮かべた、そのときだった。
「……?」
炎の轟音とは異なった、騒々しい音が聞こえてくる。
それは、誰かの足音だ。
軽いけれども力強くて、外の廊下を迷わず一直線に進んでくるのが分かる。それこそまるで、弾丸のような勢いで。
「……まさか」
独り言を漏らした、そのときだった。
「――レオナルド!!」
「…………!」
開け放された扉から、ひとりの少女が飛び込んでくる。
強い意志が込められた水色の瞳と、赤い薔薇のような長い髪。
同じく赤いドレスの裾を翻し、燃え盛る部屋の扉を開いた彼女は、レオナルドを見て泣きそうな顔をした。
「間に合った……!!」
「……フランチェスカ……?」
噴き上がるような炎よりも、彼女のその表情の方がずっと眩しい。
レオナルドにとって、美しい光だけを集めて出来たかのようなその女の子は、何故か全身ずぶ濡れの姿でそこに居た。
「父親を助けるために、一緒に屋敷の外に出たはずじゃ……」
信じられない光景に動揺を隠し切れない声音が滲んでしまう。けれどもフランチェスカはそれに構わず、手に持っていた何かをこちらに構えた。
「レオナルド、ごめん。おじさまもごめんなさい!!」
「――は?」
たとえばそれが銃ならば、レオナルドはすぐさま動けただろう。
けれどもフランチェスカが持っていたのは、想定外のものだった。あれはどう見てもバケツなのだが、あまりの事態に反応が遅れた。
「待て、フランチェスカ。まさか……」
「っ、てえい!!」
「!!」
ばしゃん! と。
バケツの中に入った大量の水が、レオナルドたちに向けてぶちまけられたのは、その直後のことである。
***