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61 焼け残った記憶




***




(……フランチェスカは俺のスキルを、『他人と自分の傷を入れ替えるスキル』だと思ったかもしれないな)


 腹部からの痛みを押さえつけながら、レオナルドは一段ずつ階段を登っていた。


 口元には自嘲の笑みが浮かぶ。賢くて観察眼のあるフランチェスカは、レオナルドと彼女の父の間で傷の交換が起きたことを見抜いただろう。


 本当は隠しておきたかったが、状況としてはそうもいかない。


 それでも、自分がそんなスキルを持っているとフランチェスカに思わせてしまったことが、どうにも浅ましく感じられる。


(たとえ『交換』であろうとも。他人を癒す力が使える力を生まれつき持っているような、そういうものになれたらよかったのにな。……だが、俺は……)


 ずっと、誰にも許されないことを選びながら生きてきたのである。


『――レオナルド』


 そんな人生を決定付けたのは、七年前のあの日のことだ。


 レオナルドは十歳になったばかりで、まだ自分のスキルには目覚めていなかったが、そのときが永遠に来なければいいとすら思っていた。

 力を得ることを疎んでいたのは、跡目争いなんて御免だったからだ。下手に強力なスキルがありでもすれば、ある人の迷惑になりかねない。


 だが、そんなレオナルドの気も知らずに、当の本人はこう口にする。


『本当に、お前のスキルを教えなくて良いのか?』

『……兄貴』

『どれもすごく強くて、お前にぴったりの、格好良いスキルなのに!』


 あの日、別宅のある丘の上でレオナルドに手を差し伸べたのは、七歳年上の兄だった。


 レオナルドと同じ黒髪に、金色の瞳。

 母似だと言われるレオナルドと違い、一目で父の血を引いているのだと分かる顔立ち。アルディーニ家の後継者たる兄は、いつも眩しく笑っていた。


 そんな兄に向けて、レオナルドは淡白に言い放つ。


『いらないって言ってるだろ』


 兄のスキルのひとつは、他人を鑑定することだった。

 人を見る目は、裏社会を率いていく人間に必要なものだ。兄のその力は、鑑定対象がまだ目覚めさせていないスキルの詳細も分かる。


 あの頃の兄は、贈ったプレゼントの箱を早く開けて欲しがる贈り主のように、レオナルドのスキルについてを話したがっていた。

 だが、レオナルドはそれをかわし続けていたのだ。


『自分のスキルになんか、なんの興味もない』


 そんなレオナルドの心情を、兄は見抜いていただろう。

 その証拠に、兄はどこか苦笑に近い笑みを浮かべてこう言ったのだ。


『本当に、みんなが驚くようなスキルなのにな』

(そうであれば、尚更)


 レオナルドは、十七歳になったばかりである兄に、心の中でこう告げる。


(……あんたの未来を脅かすかもしれない力なんて、欲しくもない)


 兄は諦めたように肩を竦め、レオナルドに声を掛けた。


『そろそろ行くぞ、父さんが待ってる。今日はセレーナ家との会合だ、俺たちもよく見て駆け引きを勉強しないと』


 降った先には馬車が停まっていて、先に父が乗り込んでいるのが見えた。

 時間よりもずいぶん先に待ち合わせ場所に向かおうとする父と、楽しみにしているらしい兄の様子に、レオナルドはいささか呆れてしまう。


『会合なんて、対等な接し方をする必要は無いのに。家の力だけならうちが上なんだ、やり方次第で一方的な同盟関係を成立させられる。下手に話し合いなんかしたら、父さんは相手に譲歩する可能性が高い』

『ふーむ、さすがは我が弟。裏社会の取り仕切りに関して、十歳ながらに天才的な目を持っている』

『……俺が何を進言しても、父さんと兄貴の方針は変わらないだろ。最悪の場合、セレーナ家に騙される可能性があることを分かった上で』

『ははは!』


 そう言うと、兄は笑ってレオナルドの頭を撫でる。


『まず信じる。父さんがいつも言ってるだろう? なにせ我がアルディーニ家の信条は、強さを重んじることだ』


 兄にされるがままになりつつも、レオナルドはその横顔を見上げた。


『強さとは、力じゃなくて心の強さ。――他人を信じることの出来る人間こそが、誰よりも強い』

『……』


 そんな風に言い切る兄の横顔は、本当に父によく似ている。


 十歳だったレオナルドには、父と兄がとても眩しかった。自分に彼らと同じ血が流れているなんて思えないくらい、圧倒的に真っ直ぐな存在だ。


 直視できないと目をすがめる度に、レオナルドはこんなことを考えていた。


(……俺も、この人たちのようなものに生まれて来れていたらよかったのに)


 レオナルドには、物心ついたときから当然のように、人の澱んだ部分が見える。

 嘘をついている人間、悪事を企む人間、裏切るつもりのある人間。彼らの振る舞いを、意識しなくとも見抜くことが出来るのだった。


 それはスキルの類ではなく、レオナルドという存在が持って生まれた、裏社会で生きる才能のようなものだ。

 レオナルドこそ後継者に相応しいのではないかと、そんな囁きが嫌と言うほどに聞こえてきた。だが、レオナルドからしてみれば、そんな意見は嘲笑で切り捨てるべきものだ。


(兄貴より俺がふさわしい? ……どいつもこいつも、何も分かっていない。そんなことが有り得るものか)


 そんな風に思いながら、兄と一緒に丘を下る。

 通り掛かった農民が、こちらに向かって手を振った。女性は腕に赤子を抱き、男性は農作物のいっぱいに入った籠を抱えている。


 あの夫婦は、他のファミリーが治める領地で飢え、必死にここに逃げてきた。けれどもいまでは幸せそうに、小さな命を囲んでいるのだ。


(アルディーニ家の治める領地では、みんな笑って生きている。悪党でも、弱い他人を幸せにしている)


 すべては父による手腕だ。

 そして兄は、そんな父の志をすべて受け継いだ、レオナルドにとっての『眩しいもの』だった。


(……俺は、父さんや兄貴のように生きられなくったって構わない)


 そんな風に思いながら、兄の背中を見詰めたことを覚えている。


(俺の持っている力を、この人たちのために使えればいい)


 後継者になんてなる気はない。

 レオナルドはただ、この眩しい憧れが作り上げる未来を、見てみたかった。


(――……父さんと兄貴を、俺が守る……)


 そんな風に、本気で思っていたのだ。

 笑った父に出迎えられ、ぐしゃぐしゃに頭を撫でられながら乗り込んだ馬車で、とある会合に向かうまでは。




***




 辺りは一面、炎に包まれていた。

 ひどい痛みに襲われながらも、レオナルドは懸命に手を伸ばす。腹から血が溢れ出す中、目の前の光景を否定するために触れた父は、床に倒れたまま動かない。


(……くそ……)


 談話室内のなにもかもが、銃弾と炎によってめちゃくちゃになっている。

 レオナルドを庇って撃たれた父も、父を貫通した弾丸によって負傷したレオナルド自身も。兄の反撃によって死んだセレーナ家当主も、肩で息をしている兄も。


 みんな、炎に焼かれて消えようとしていた。




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