59 守りたいもの
そのことを、心の底から噛み締めた。
「すべてを白日の元に晒せ、セラノーヴァ」
俯いたフランチェスカの隣で、父が静かにそう告げる。
「せめてお前だけの命で精算できるよう、陛下と他ファミリーに私が掛け合おう。――同窓のよしみだ」
「……」
父がジェラルドに説く中、フランチェスカは内心で思考を巡らせていた。
(ゲームの一章終盤では、両家の同盟が締結した直後に、『レオナルドの襲撃』って言われてるイベントが起こる)
この屋敷内では、攻撃系スキルが使用出来ない。
だが、銃の持ち込みを禁じるスキル結界は張られていなかった。それは、この屋敷自体が銃の取り引きなどにも使われることがあるためだ。
(イベントでは、このお屋敷は外から襲撃される。そのあとレオナルドが銃を手に入ってきて――リカルドを撃とうとする)
それが、終盤の大きな危機だった。
(ゲームのリカルドは撃たれない。それは、主人公がリカルドを押し倒すことで、なんとか弾を回避できるから)
そのことを思い、いつでも飛び出せるように身構えた。
(この世界で起こることは、ゲームの大枠に沿っている。そうなると、ここで撃たれるのはリカルドじゃなく……)
「セラノーヴァ」
「――もう遅い」
ジェラルドが、ぽつりと呟いた。
「もう遅い、カルヴィーノ。俺にも本当は、分からないんだ」
「……何を言っている?」
「自分がどうしてこんなことをしてしまったのか、分からない」
その言葉に、父は眉根を寄せる。
「……家を潰したくなかった、倅に父としての背中を見せたかった。ファミリーの構成員たちに恥をかかせることも、貧しい思いをさせることも嫌だった!! ただそれだけで、それが! それなのに、どうして!!」
「落ち着いて話せ。分からないとは、どういうことだ」
「分からないものは分からないんだよ!! ああくそ、どうして俺はこんなにも、取り返しのつかないことを!!」
ジェラルドは一気に捲し立てると、弾かれたかのように立ち上がる。
椅子が倒れる音の中、上着の内側に手を突っ込み、何かを探る真似をした。
「悩み、考え、足掻いて苦しんだ! 苦しんで、苦しんで、苦しんで……」
「パパ! おじさまは、やっぱり銃を……!!」
「……っ」
父には懸念を話してあった。
ジェラルドは、何らかの方法で銃を持ち込んでいるかもしれない。追い詰められたときに取り出して、父を狙って引き金を引くかもしれないと。
(銃の管理は厳重なはずの『屋敷』に、こんなに簡単に銃が持ち込めている。管理人さんですら敵側の可能性がある、けどいまはそれより……)
この世界では、ゲームシナリオの大枠を外さない出来事が起きている。だからこそ、不在であるリカルドの代わりに、『撃たれそうになった父を庇う』という出来事が起きると予想していた。
(守らなきゃ、パパを……!!)
ちゃんと予想はしていたのだ。
それなのに、この事態は思ってもみなかった。
「え……」
ジェラルドが銃口を向けた先が、彼にとって脅威であるはずの父ではなく、フランチェスカになるという状況を。
「お前は娘を失って苦しめ、カルヴィーノ!!」
「!!」
咄嗟に反撃しようとしても、引き金を引くまでの一秒では間に合わない。
(っ、撃たれる……!!)
乾いているのに重たい銃声が、すぐ眼前で鳴り響いた。
「〜〜〜〜……っ」
お腹にひどい痛みが走って、呼吸が出来なくなる。
(痛い、痛い、痛い……!)
反射的に目を瞑り、ぐっと奥歯を噛み締めて、フランチェスカは違和感を覚えた。
(――ううん、ちがう)
眩暈がする。
焼けるような痛みと共に、名前を呼ぶ『祖父』の声がした。フランチェスカはそれを受けて、ぶんぶんとかぶりを振る。
(違う。これはいまの私の痛みじゃなくて、前世で死んだときの記憶だ……!)
襲い来る回想に抗って、必死に目を開けた。
(怖くない、痛くない、それよりも!! ……私がいま痛くない、その理由は……!!)
震える体で、現実に広がっている光景を確かめる。
「パパ!!」
「……っ」
フランチェスカの目の前では、腹部を強く手で押さえた父が、浅い呼吸を繰り返しながら口を開いた。
「……無事だな、フランチェスカ……」
「喋っちゃ駄目……!!」
流れる血が床に滴って、どんどん染みを広げてゆく。フランチェスカは父にしがみつくと、倒れ込みそうになるその体を支えた。
「嫌!! パパ、駄目だよしっかりして!!」
「構うな、逃げろ……。あいつはもう、正常な状態では、ない」
「逃げるなら、パパも一緒に決まってるでしょ!」
ジェラルドの目は澱んでいて、ぶつぶつと何かを繰り返している。その様子は、あの夜会の日に錯乱してしまった人々によく似ていた。
「――分からない、何も。分からない、だから俺は……」
「……っ」
「フランチェスカ……!」
銃口を向けたれた瞬間に、フランチェスカは自らの太ももに手を伸ばした。
ドレスの内側、ガーターベルトに隠した銃を抜く。
(あの夜会の日、レオナルドから『借りた』銃……!)
フランチェスカが銃を持っていることを、大人たちの誰も想定していなかった。管理人に預けずに済んだその銃の引き金を、強く引く。
反動と同時の銃声に、思わず顔を顰めてしまった。
だが、銃弾はジェラルドに当たったあと、まるで硬いものに弾かれたかのように落下する。
(っ、防御のスキル……!?)
恐らくは一定時間、味方の防御力を上昇させるものだ。リカルドと同じ性質かつ、それ以上に強力なものなのだろう。
澱んだ目に見下ろされて、フランチェスカはぐっとジェラルドを睨み付けた。
(パパは立つことも出来ない。少しでも残った体力は、生きることに使ってもらわないと……! 怯んじゃ駄目、諦めない、絶対に!!)
けれども再び銃口を向けられて、フランチェスカは覚悟を決めた。
(今度こそ、私がパパの盾になってでも――……!!)
その瞬間だ。
「ぐあっ!?」
「!!」
大きな音と共に、ジェラルドの体が吹き飛んだ。
数々の椅子を巻き込んだあと、壁に衝突して止まる。息を呑んだフランチェスカの目の前に、背の高い人物の背中が見えた。
「……まったく、本当に無茶をする」
驚いて、すぐに反応することが出来ない。
見上げた彼は、その気怠げで甘ったるい声をもって、呆れたように言うのだ。
「君に跪いて懇願したところで、大人しく守られていてはくれないんだろうな」
「レオナルド……!!」
こちらを振り返ったレオナルドは、こちらを慈しむようにやさしいまなざしで、困ったように微笑んだ。