54 友達として
「カルヴィーノ?」
「こほん、とにかく! これだけ広かったら、収穫のお手伝いはひとりでも多い方がいいでしょ? あんまり役に立てないけど……」
「……そうでもない。なにせ最近、雇い人を減らしたばかりだからな」
リカルドの言葉が意味することに、フランチェスカは俯いた。
「やっぱりおうち、苦しいの?」
「育てるタバコの品種も増やし、工夫はしている。だが管理の工数が増えた分、すぐに利益には直結しないだろう」
リカルドは、顎を伝う汗をぐっと手の甲で拭う。
「手伝いの礼に情報を渡してやりたいところだが、こちらも進展は無いままだ。――父は今日、国王陛下のお招きで城に馳せ参じている」
「それって、薬物事件の中間報告?」
「加えて、夜会での狂乱騒動についてもだ。このまま陛下のご期待に添えなければ、我が家はいよいよ危ういな」
「……」
リカルドから次の葉を受け取りつつ、フランチェスカは口を開いた。
「リカルドも、レオナルドが色々な事件の犯人だって考えてる?」
「……率直な心情としては、疑わしい人間が他にいない。だが、薬物事件の方はともかく、アルディーニが夜会の騒動を起こす理由が不明だ」
「……私は、薬物事件の方も納得できないけれど……」
むにむにとくちびるを閉ざすと、リカルドはこちらを一瞥した。
「随分と、アルディーニのことを信頼している」
「信頼してるというよりも、怒ってるの。この一週間で色々考えたけど、今回のレオナルドは一方的だし、自分ひとりで勝手に決め過ぎだなって」
先週の会合で言われたことを思い出すと、フランチェスカの中では不服が燻るのだ。
「もう追ってくるなって、そう言われたの」
「……カルヴィーノ」
「確かにレオナルドの言う通りかもしれない。いまの私が捕まえたって、レオナルドは聞く耳を持ちそうにないもん。全部無視して、五大ファミリーの均衡を崩しかねない行動を取り続けそうな気がする……」
レオナルドがそう振る舞う目的なんて、フランチェスカには分からない。
「だから、何が何でもレオナルドの真意を探るの」
「……何が何でも?」
「そう。それからもう一度レオナルドのところに走って行って、『あなたの考えなんてお見通しなんだから!』って言うんだ」
「……」
「追い詰めて、ひとりで悪者ぶったことを思いっきり怒って。……そのあとは、レオナルドの考えていることの手伝いがしたい」
そして、ぽつりと口にした。
「……私は、レオナルドの友達だから」
「――……」
レオナルドだって同じように、フランチェスカを友達だと呼んでくれた。
「改めて思うが」
リカルドはフランチェスカを眺めながら、しみじみとこう口にした。
「俺はお前との婚約など、頼まれても絶対にしたくないな」
「え、いきなり何!?」
あまりにも率直な物言いだ。こうもはっきり言われると、人間性の問題を指摘されたかのような衝撃を受ける。こちらだって、リカルドとの婚約などまったく考えもしなかったことだ。
「たとえ一瞬、かりそめの婚約であろうとも、その僅かな期間だけで振り回されそうな気がする。俺は台風の中に飛び込むような趣味はない」
「私は至って平凡な人間だよ! 裏社会で生きるつもりもないし、安全だもの!」
「平凡な人間は、五大ファミリー当主を追い詰めるなどと張り切らないし、得体の知れないスキルを持ち合わせてもいない」
「うぐ……」
スキルの事に言及されて、言葉に詰まる。
あの夜会でスキルを見せてからも、リカルドは一切それに触れずにいてくれたが、気になっていないはずはないのだ。
(どうしよう。このままスキルについて追及されるのかな……)
身構えたものの、リカルドにはそのつもりはないようだった。
ただ、こんな風に話すだけだ。
「だからお前との婚約をせず、さまざまな事態が収束するなら、それに越したことは無い」
「……リカルド」
「手伝えることがあれば協力する。……収穫の礼だ」
不愛想な物言いだが、それが妙に頼もしい。
フランチェスカはくすっと笑い、彼に「ありがとう」と告げたのだった。
***
(とはいえ)
翌日のこと。
昨日の晴天は束の間のことで、この日は再び雨だった。フランチェスカは降りしきる雨の音を聞きながら、父の書斎にこもり、調べ物を続ける。
(今日はパパが国王陛下に呼ばれてる。私たち貴族の結婚は国王承認が必要だから、そこに変更がありそうな可能性を報告させられているのかも。……レオナルドに返事をしなきゃいけない期限は来週だ、急がなきゃ)
本を引っ張り出しては目を通し、再び本棚に戻してゆく。
(レオナルドの目的は何? 薬物事件や夜会の事件に関係がある? それすらも分からないし、取り掛かりの糸口も見当たらない……)
そんな焦りから、昼食も忘れてのめりこんでしまう。時間を忘れて集中していたところに声をかけてくれたのは、弟分だ。
「……オレンジジュース持ってきましたけど、お嬢」
「ありがとう、グラツィアーノ」
差し出されたグラスを受け取って、一度本から遠い位置に置く。再び本に目を落としたフランチェスカを見て、グラツィアーノは溜め息をついた。
「あれもこれも、裏社会に関する情報や家業に関する本ばっか。あれだけ避けてたくせに、アルディーニの所為でどっぷりと首を突っ込んじゃって」
「……グラツィアーノ、私に『悪あがきせず、さっさと裏社会の住人になった方が良い』っていつも言ってなかったっけ?」
「思ってますけど。裏社会に抵抗がなくなった原因がアルディーニなら、シンプルにムカつきますね」
それはどういう理由なのだろうか。フランチェスカが首を傾げると、「どうせお嬢には分かりませんよ」と拗ねられる。




