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52 彼からの懇願


 そしてフランチェスカの足首を確かめると、もう一度溜め息をついた。


「本当に何を考えてるんだ。俺なんかを追いかけるために転んで、怪我をして」


 呆れたように言われ、すぐさま反論する。


「っ、レオナルドが全然話を聞いてくれないからでしょ!」

「……そうだな」


 レオナルドが、ふっと自嘲めいた笑みを浮かべた。

 その表情は美しいけれど、どこか危うげだ。


「俺の所為だ」

「……!」


 やはり、いつものレオナルドとは雰囲気が違う。

 彼はフランチェスカに手を伸ばすと、乱れてしまった赤い髪を梳くように触れてきた。


「これからは、ヒールのある靴であんな風に走らないように。せっかく可愛くしていたんだから」

「……さっきは私のこと、一回も見なかった癖に」

「いまだって、引き返して顔を見るつもりは無かった。――君は、泥だらけでも綺麗だな」


 微笑みながらそう言って、フランチェスカのドレスを払ってくれる。

 フランチェスカはぎゅっとくちびるを結んだあと、レオナルドを見詰めながら口を開いた。


「どうしてあんな風に、わざとパパたちを挑発するような交渉をしたの?」

「……」

「私との婚約をずっと解消してくれなかったのは、レオナルドに何かの目的があったからでしょ? それは絶対に、隣国との商流や煙草農地を手に入れるためじゃないよね。そもそも、さっきの言い方は……」


 フランチェスカは迷いつつも、考えていることを素直に口にした。


「私と自然に婚約解消するために、わざとお金目当てみたいな条件を付けて、悪役を演じただけに思えるの」

「……はっ」


 そのときレオナルドは、いつもの本心が見えない笑い方ではなく、心の底からおかしそうに笑った。


「君には本当に敵わないな」

「レオナルド。教えて、どうしてあなたは」

「別に大したことじゃない。……ただ、心境の変化があっただけ」


 大きな手が、フランチェスカの踵をくるむように触れる。

 ぴくんとつまさきが跳ねてしまうが、痛かったわけではないと通じたらしい。


「――俺から見た君は、ありったけの光を集めて作ったような存在だ」


 その低い声は、甘くて少しだけ掠れていた。


「本当に、裏社会で生きるのには向いていない」

「……レオナルド」

「これ以上俺の婚約者を続けさせていたら、いつか取り返しがつかなくなるだろう? 君の夢が表の世界で生きることなら、それは尚更だ」


 彼の指が、フランチェスカの赤く腫れた足首をそっとなぞる。


「俺なんかが、君を捕まえていてはいけない」

「……!」


 その瞬間、ふわりと温かな光が生まれる。

 レオナルドの指先から零れた光が、蛍のように周囲を舞う。瞬きながら消えたあと、フランチェスカは変化に気が付いた。


 ずきずきと痛んでいた足首から、すっかり痛みが消えていた。


(まさか、レオナルドのスキル?)


 治癒の力だ。隠されていたスキルのうち、ひとつがこれだったのだろうか。

 ゲーム中にそんな伏線があったかを考える。それに、気になる点もあった。


(レオナルドが治癒のスキルを持っているなら、お父さんとお兄さんを治そうとしたはずなのに……)


 立ち上がったレオナルドは、フランチェスカを見下ろして微笑んだ。


「君の夢が叶うことは、俺の夢が叶うのと同等だ。――『友達』だからな」

「レオナルド……」


 彼の手がこちらに伸ばされる。

 そしてフランチェスカの前髪に、レオナルドからの口付けが落とされた。


「ん……っ」


 この世界では、友人同士でこんな風に親愛のキスをするのだろうか。

 そんなことはちっとも知らなかったから、反射的に緊張してしまった。恥ずかしさとくすぐったさに身を竦めると、レオナルドは笑みの混じった吐息を零す。


「……」


 続いて彼は、フランチェスカを抱き締めるように腕を回し、耳の傍にくちびるを近付けて囁いた。


「――お願いだから、今度は追ってくるな」

「……っ!」


 そう請われて、何も言えなくなってしまう。

 レオナルドがフランチェスカから離れ、そのままゆっくりと歩き出した。


(……レオナルドが、そんな風に考えていてくれたなんて)


 足の痛みは消えたのに、何故だか立ち上がることが出来ない。

 彼の姿が見えなくなったあとも、フランチェスカはぽつんとベンチに座ったまま考えていた。


 けれどもそれは、決してレオナルドの言葉を鵜呑みにしたからではない。


(……ごめんね、レオナルド)


 あることを決意し、強い意志で前を向く。


(あなたのお願いは、聞けそうにないや)


 そしてフランチェスカは、計画を練り始めるのだった。





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