51 ひたすらに追いかける
「レオナルド!!」
外に飛び出したフランチェスカは、大きな声で彼を呼んだ。
ここは王都の一等地で、貴族向けの店などが並んでいる路地だ。
人通りはそれなりにあり、身なりの良い通行人たちが、驚いたようにフランチェスカを振り返った。
けれども当のレオナルドは、こちらを振り返ることがないままだ。
他人の注目ばかり浴びるけれど、気にしてはいられない。フランチェスカはドレスの裾を掴んだまま、遠ざかる人影を目掛けて走る。
「待ってよ、レオナルド……!」
背の高い彼の後ろ姿でも、人通りに遮られてほとんど見えない。それでも、フランチェスカの声が聞こえていないはずはなかった。
(さっきのレオナルドの言い方は、私との婚約を、自分の利益のために利用しているとしか思えないものだった。……だけど)
通行人たちに謝りながら、ぶつからないよう必死に進む。
(――あんなの、わざとそう振る舞っていたとしか思えない!!)
フランチェスカの中には、そんな確信があったのだ。
「前にも言ったよね!? あなたが本当に私を利用して何か企んでいるなら、そんな態度を表に出さない……! もっと完璧に、誰にも気付かれずに利用してみせるはず! そうでしょ!?」
未だに遠いレオナルドの背中は、立ち止まってくれる気配もない。
「分かってるよ! 友達、なんだから……!!」
息を切らしながら、フランチェスカは大きな声で叫んだ。
「私の前では、悪者ぶらないで欲しいのに!! それなのに、レオナルドの、バ――……」
子供じみた悪口を言い放とうとした瞬間に、ぐらっと足元が歪む。
「ひゃ……」
しまった、と思ったときにはもう遅い。足が取られ、バランスを崩してしまう。
「……ぎゃんっ!!」
仔犬のような悲鳴を上げて、フランチェスカは盛大に転んだ。
なんとか受け身を取ろうとしたものの、こんなに華奢な靴で石畳の道を走ったことなどない。その結果、べしゃっと崩れ落ちてしまう。
「~~~~……っ!!」
足首に、嫌な痛みが走った。
悲鳴を上げてしまわないよう、ぐっと奥歯を噛み締めて耐える。けれどもその場に蹲り、心の中で盛大に叫んだ。
(いっ、たあ……!!)
周囲に居た人たちも、フランチェスカの転びっぷりに戸惑ったのだろう。声を掛けるか戸惑って、ざわめくような気配がする。
「あの子、大丈夫か?」
「派手に転んだな……あれは痛いだろうに」
(そんなことよりも、レオナルド……!)
フランチェスカは石畳に手を付き、必死に起き上がろうとした。
(早く追いつかなきゃ、いけないのに……)
立ち上がろうとするも、左足にずきりと痛みが走る。
(ちゃんと話さなきゃ。レオナルドがどんな気持ちで、どんな目的を持ってあんなことを言ったのか聞いて……)
項垂れて地面に手をついたまま、ぐっと力を込める。
(それから、レオナルドが何を言ったとしても)
足首の痛みに耐えながら、それでも彼を追い掛けようとした。
(……私は、レオナルドの味方をするって、ちゃんと伝えたい……!!)
それなのに、立ち上がれそうにない。
なにがなんでも抗おうと、フランチェスカは奥歯を噛み締める。
(歩かなきゃ。進まなきゃ。そうじゃないと、レオナルドに届かないんだから……!)
その瞬間に、声が聞こえた。
「……まったく、君は……」
「!!」
痛みに耐えて潤んだ目で、顔を上げる。
「え……」
涙にぼやけた視界の中で、信じられなくて瞬きをした。
明瞭になった世界には、先ほどまではるか遠くにいたはずの人物の姿がある。
「弾丸みたいな女の子だな。真っ直ぐで後先を顧みなくて、手が付けられない」
「……レオナルド……!!」
先ほどまでの声とは随分と違う、少し呆れたやさしい声音だった。
フランチェスカの眼前に現れたレオナルドが、フランチェスカの前に膝をつく。
(引き返してきてくれるなんて、思わなかった……)
足の痛みなんか一気に忘れ、フランチェスカは彼に縋りつく。
「レオナルド! あのね、私ね」
「落ち着け。まずはこっちだ」
「!」
レオナルドはフランチェスカを起こすと、そのままふわりと横抱きに抱き上げた。
フランチェスカの赤いドレスの裾が、金魚の尾びれのように揺らめいて広がる。お姫さま抱っこをされたのなんて、前世も含めて初めての経験だ。
レオナルドのそんな振る舞いは、舞台のワンシーンのように美しかった。周囲を取り巻いていた通行人たちが、思わず見惚れて溜め息を漏らすほどに。
けれども足首がずきりと痛み、フランチェスカは身を竦めた。
「……っ!」
「――……」
声は完璧に殺したけれど、怪我をしているのは知られてしまっただろう。
痛みに呻いてしまいそうで、すぐには口を開くことが出来なかった。レオナルドはフランチェスカを一瞥したあとに、人気のない路地まで入っていく。
そして片隅にぽつんと置かれたベンチまで行くと、フランチェスカをそこに座らせた。
レオナルドは小さく溜め息をついて、フランチェスカの前に跪く。
そしてフランチェスカの靴に触れると、上目遣いにこちらを見上げた。
「脱げるか?」
「……く、靴……?」
「靴もそうだが――……」
「うう……」
彼の意図を汲み、恥ずかしさにぐぐっと言葉が詰まった。
それでもレオナルドが目を瞑ってくれたので、フランチェスカは観念し、ドレスの裾をたくし上げる。
太ももに取り付けているのは、ストッキングを留めるためのガーターベルトだ。
フランチェスカの場合、そこに武器などを隠したりもする。けれど、いまはそれに用がある訳ではない。
ベルトに連なる留め具を外し、左足のストッキングをずらした。
妙に緊張してしまい、途中で手を止めて息を吐く。レオナルドは瞑目したままで、何も言わない。
(恥ずかしくない、恥ずかしくない……!)
自分に言い聞かせつつ靴を脱ぎ、左のストッキングをつまさきまで下ろす。
こうして晒されたフランチェスカの素足は、足首が真っ赤に腫れていた。
「ぬ、脱いだ……」
「……」
報告すると、レオナルドが緩やかに目を開ける。




