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5 悪役のおねだり

 レオナルドは、ふっと息を吐くように笑う。

 そのあとで、馬に横乗りするような体勢のフランチェスカをぎゅっと抱き締めた。


「わあっ!?」

「ほら、帽子をちゃんと押さえてろ。また飛ばすぞ?」

「まっ、待って待って!」


 なにがなんだか分からないのに、そんなことを言われても追い付けない。


 挙句、フランチェスカを馬から落とさないためなのか、密着状態だ。彼は香水をつけているらしく、なんだか良い香りがするのが余計に困った。


 レオナルドはまったく構う様子もなく、フランチェスカを片手で抱き締めたまま、馬の速度を上げさせた。


「わっ、わわわああああああ!!」

「はははっ! 元気が良いな。久々に、生きた人間の相手をしてるって感じがする」

「怖い怖い怖い! この人、笑顔なのに言ってることがなんか怖いーーーー!!」


 フランチェスカの悲鳴を気にもせず、レオナルドはそのまま馬を走らせるのだった。




***




 ようやく解放されたその場所は、王都の外れに建てられている、煉瓦造りの小さな家だった。


「さあ、到着だ。お手をどうぞ」

(……つ、疲れた……)


 先に馬を降りたレオナルドが、馬上のフランチェスカに手を差し出す。

 紳士ぶった振る舞いをしても、いきなり馬に乗せて攫ったのはこの男なので、こんなことでは帳消しにならない。


 とはいえ、もはや何か言う気力も失せていたフランチェスカは、その手を借りて鞍から降りた。

 レオナルドは、その美しい顔に笑みを浮かべる。


「急にこんなところまで連れて来られて、怖かったよな。どうする? 逃げようとしてみても構わないが」

「しないよ。そんな疲れそうなこと」

「へえ」


 大体、ここまで連れて来た本人が、「怖かったよな」なんて言わないで欲しい。フランチェスカは溜め息をついて、レオナルドを見た。


「そんなことより、さっさと本題に入りましょ。レオナルド・ヴァレンティーノ・アルディーニさま」

「……やっぱり、俺の素性に気付いてたんだな」


 彼はどうしてか嬉しそうに笑うと、門の柵に手を掛けた。


「中へどうぞ、お嬢さま。初めて顔を合わせた婚約者同士、互いの理解を深め合おうじゃないか」

(絶対に、心にも思ってなさそう)


 そんなことを考えつつも、フランチェスカは彼の後についていった。

 外から見ると蔦に覆われていたその家だが、室内は意外にも綺麗にされている。通された部屋にはソファがあり、フランチェスカはそこに座るよう指示された。


(えへ、ふわふわ。……ゲームよりも、ちょっと良い環境で捕まっちゃった……)


 そう思い、なんとなく得してほっこりする。


 なにせゲームでは港の倉庫に連れていかれ、地面に直に転がされて、怖いお兄さんたちに恫喝されたのだ。ゲーム的な理由なのだろうが、そこで怪我のひとつもさせられないのが奇跡である。


(ここ、レオナルド個人の隠れ家なのかな? ゲームには出て来なかったよね。もしかしたら、私が死んだ時点では配信されてなかった六章以降に登場したのかもだけど)


 この十二年間の癖で、ついついゲームと現実の状況についてすり合わせを始めてしまう。

 空っぽの暖炉の前に立ったレオナルドは、ふむ……と顎に手を当てながら、そんなフランチェスカのことを眺めていた。


 かと思えば、ごく自然にこちらに歩いて来て、当然のように隣に座る。


「なあ、フランチェスカ」


 肩同士が触れ合うほどの、初対面にあるまじき距離感だ。

 レオナルドは、どこか色っぽさを感じさせるような微笑みで、間近にフランチェスカを覗き込んで来た。


「この状況が怖くないのか? 普通の人間なら、訳も分からずに連れ去られて運ばれたんだから、絶叫して『助けて』って泣き喚くものだろう?」

「それ、攫った当の本人が、にやにやしながら被害者に聞く?」

「ははっ!」


 いきなり機嫌が良さそうにされたので、フラチェスカは素直にドン引きする。だが、彼が怖いとは思わない。


「誘拐されるのは慣れてるの。対処方法の心得はあるし、相手の殺気を読む程度なら出来る」

「『殺気を読む程度』ねえ……」

(落ち着いていられる理由には、ゲームシナリオを知っているからっていうのもあるけど……教えてあげない)


 フランチェスカは、小さく息を吐き出した。


「だけど良かった。あなたに会えたら、話したかったことがあるんだ」

「へえ? 言ってみな」

「私と婚約破棄してほしい」


 そう告げると、レオナルドは楽しそうに喉を鳴らす。


「面白いことを言う。じいさん同士の勝手な約束とはいえ、利点しかない結婚なのに?」


 かつて盟約を交わした祖父たちは、両家の未来を考えていたのだろう。


 フランチェスカの家門であるカルヴィーノ家は、五大ファミリーの中でもっとも王家と縁の深いファミリーだ。


 家は『忠誠』を重んじる信条で、王室と強く結ばれている。だが、そういった性質を持つ以上、人道から大きく外れた荒稼ぎは出来ない。


 一方、レオナルドの家門であるアルディーニ家は、『強さ』を重んじる信条だった。


 そのやり方は豪快で、華やかだ。圧倒的な武力をもって、あらゆることを実現してみせる。


 五大ファミリーの中で、もっとも莫大な利益を生み出し、将来性もあるのが彼の家だった。


 その代わり、家門が起こされてからの歴史は最も浅く、それだけで他家から軽んじられることもある。


 由緒正しいフランチェスカの家と、華やかで稼ぎの良いレオナルドの家が結ばれるのは、両家にとって必要なこと。

 それが、いまは亡きお互いの祖父の考えだったのだろう。


(……だけど)


 フランチェスカは口を開く。


「あなたはそんなこと、思ってないでしょ?」

「――……」


 その瞬間、レオナルドが今までの笑みを消し、無表情でフランチェスカを見下ろした。


 この男が、『由緒』などという形だけの名誉を欲しがるはずもない。

 ゲームでのレオナルドのやり方は、もっと現実主義で合理的だ。


「どうせお互い要らないものなんだから、婚約なんて破棄しちゃおうよ。ね?」


 月の色をした彼の瞳が、静かに細められる。


「……駄目だ」

「っ、だけど……」

「それに、俺の本題はそんな内容じゃない」


 レオナルドは、淡々とした声音でこう言った。


「――……いまから、可愛い君に暴力を振るう」

「!」


 彼の手が、フランチェスカの首に伸ばされる。

 そしてレオナルドは、再びそのくちびるを微笑ませ、瞳に暗い影を落としながら囁いた。


「君は大いに傷付くだろう。その後でちゃんと解放してやるから、辛かったことを父親に話してくれないか? なるべくなら泣きじゃくって、より悲壮な雰囲気を出してくれると嬉しい。女の子が可哀想な目に遭っていれば、他家もきっと同情する」

「……」


 レオナルドの指が、フランチェスカの喉元に押し当てられ、つー……っと肌の表面を上になぞった。



(――――あ。この人)



 その仕草が、ナイフの動きを連想させる。



(自分の手で、意図して人を殺したこと、あるんだ)



 ただ首に触れられているだけなのに、そんなことまで悟らされた。

 ゲームでははっきり明言されていなかったことなのに、彼の持つ雰囲気は雄弁だ。


「君の役割はそれで終わりだ。その後のことはどうでもいい。まだ使い道がある可能性を考慮して、婚約破棄はしないんだが」

「…………」

「理解できたか? こういう説明は、君がまだ正気のうちにしておかないとな」


 レオナルドは、長い睫毛に縁取られたその目を伏せるようにして微笑む。


「ここからは、良い子にしていなくても構わない。……むしろ、なるべくたくさん抵抗して……」

「――あなたの計画は上手くいかない」

「!」


 フランチェスカが言い放つと、レオナルドがぴたりと言葉を止めた。


 そして彼は、僅かに面食らった顔をして、フランチェスカを見下ろすのだ。


「……いま、なんて言った?」

「私を攫い、危害を加えることで、均衡を保っている五大ファミリーの関係を滅茶苦茶にすることが狙いでしょ? だけど、その計画は失敗するの」

「……」


 レオナルドが『説明』をしている間、フランチェスカは表情を一切変えなかった。


 恐怖で動かせなかったのではない。

 ただただ、無意味だと感じていただけだ。


「私はあなたに何をされたって、パパに泣き顔のひとつも見せない。たとえ実の父親であろうとも、私にされたことへの報復で、人を頼るような真似は絶対にしないから」


 告げながら、フランチェスカの首を緩く締めようとしていたレオナルドの片手を払う。


 そしてその仕返しに、今度はフランチェスカが手を伸ばし、レオナルドの顎を指で捕らえた。


「自分に降り掛かることへの責任は、自分で取る」


 それこそが、前世の祖父から教わった仁義だ。


 まるで口付けをするときのように、レオナルドの顔をこちらに向かせる。

 フランチェスカは、月色の瞳を逃さないまま、真っ直ぐに睨んで言い切った。


「――あなたに復讐をするときは、私ひとりの手で下すわ」

「…………っ」


 レオナルドはこれで激怒して、残虐な本性を見せるだろうか。


 フランチェスカが内心で考えた、その次の瞬間だ。


「……ふふ。ふふふっ、はは……!」


 突然レオナルドが笑い始めたので、フランチェスカは顔を顰めた。





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― 新着の感想 ―
あ、こりゃ今のところは好きになれない野郎ですな。 これからどうなって行くのか... 楽しみと不安が混在しております
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